ドラゴンリブート~転生者サラミス、転移者を狩る~
魔法の国アルトリンデ王国に住む貴族の少女サラミスは、ある日時空龍ディブルコーンと名乗る半神存在に前世の記憶を返され、この世界に転移し世界の形を歪めようとする者を倒すことを言い渡される。サラミスは過去を捨てたと言い反対したが、少し後に父と妹への襲撃事件が発生。これの正体が転移者であると知ったサラミスは依頼を受託、転移者狩りを始めるのだった。
襲撃犯の転移者ミルドを倒したサラミスは、彼になぜ暴れ回るのかと聞くと、元の世界で抑圧され不満を持っていたと話した。サラミスは過去に囚われる彼らを倒し、未来へ進むため戦うと改めて決意する。
転移者を狩り続けるサラミスの前に、今度はハオスと名乗る時空龍が現れる。彼はサラミスが住む世界に別世界の人間を流れ込ませ、崩壊させる『実験』を行っていた。サラミスはディブルコーンの力を借り、サラミスが大事にする現在を奪おうとするハオスを倒すことで今を守った。
「戦闘準備! 奴をとっ捕まえなさいな!」
「了解!」
わたくしは三、四人の若い騎士たちの前を走りながら、更にその前を逃げる太った男に対し剣を向けます。
ルーストリンデ地域圏最大の都市トルドーのど真ん中、両脇に出店が並ぶ商店街を堂々と逃げ回る男は、指名手配中の連続窃盗犯ですわ。
奴を捕らえることが、今のわたくしたちの任務。騎士であるわたくしが出てくるハメになるほどの相手ではないはずですが、自警団がふがいないせいで出てきたようなものですわね。
「全く、今日は虫の居所が悪いんですの。さっさとくたばりなさいな!」
怒りに任せ、加速魔法「リウル」を発動。背後に青い魔法陣が出現し、一気に加速。超低空を滑るように移動し、男のすぐ背後まであっという間に近づきました。
「ひいっ!?」
「これで終わりですわ!」
男の襟首を引っ掴み、顔を石畳に叩きつけます。追撃として三発ほどエネルギー弾を撃ち込んで、デブ男が倒れたところで駆け寄り、完全に沈黙したのを確認します。
ですが、それで許すわけにはいきませんわ。腹部に蹴りを食らわせ、仰向けにした上で水筒の水を全てぶっかけてあげました。
「ぶほっ!?」
「観念しなさい。あなたがアレを盗んだのはわかっていますのよ」
「な、なんのことだ」
「シラを切るつもりですの? ウェインライト家から奪った『プリンセスティアーズ』を返してもらいますわ」
デブ男はその名を聞くなり、眉根を寄せてわたくしを睨みつけました。
プリンセスティアーズ。百五十三カラットの巨大なブルーダイヤモンドで、その名の通り涙滴型のシルエットが特徴の、ウェインライト家最高の家宝ですわ。
わたくしがこの男を追っていたのは、別に治安維持のためではありませんわ。この至宝のダイヤを奪った輩が、素直に許せませんでしたの。
「く、くそ、ただの金髪ねーちゃんだと思ったら!」
「ただの金髪少女ではありませんわ。ルーストリンデ地域圏を治めるウェインライト侯爵家令嬢、サラミス・ウェインライトですわ」
「はぁ、もううんざりですわ」
誰かが聞いているわけでもありませんのに、ふと頭に浮かんだ恨み言を口に出てきました。
夜も更けた邸宅の寝室は、淡い月光に照らされて静謐な雰囲気を生み出しています。
それなのに、わたくしは不機嫌そのもの。大事な宝石を奪われたのはお前のせいだと、いわれのない文句を言われて雑務に駆り出されれば、誰だってそうなるに決まっていますわ。
何とか宝石は取り戻せたものの、制裁を恐れてか衛士の一人は逃げ出す上、何故か叔母や妹が騒ぎ始めたせいで家は混乱。先ほどまで相手をしていたせいでクタクタですわ。
「あのバカ共、どうにかなりませんこと?」
叔母と妹はしきりに次期ウェインライト家当主を狙っているようですわ。代々女系で継がれてきたこの家は、隣国レオード王国に相対する辺境貴族故に、財力や中央への影響力は桁違いに大きいんですの。権力欲が強い叔母や妹が地位を狙うのも頷けるというものですわね。
そして、わたくしこそ正統な次期ウェインライト家当主。敵視されるのもしょうがありませんわ。
月明りを頼りに、窓の近くに置かれた全身鏡に自身を映します。
胸元まで届くブロンドの長髪に、赤い瞳を宿したシャープな目、貴族の娘に相応しい精悍な顔立ち、百七十センチ近くある背丈と、少しばかり控えめな胸の膨らみ。
腰回りもしっかり引き締まり、モデル体型を維持できています。今は青みがかった白いネグリジェで覆い隠されていますけど。
確かに自分の姿ではあるものの、たまに自分ではないかのような感覚を覚えます。
まるで、年下の異性を見ているかのような感覚に。
「……って、何を考えているのかしら。というか、センチとかモデル体型ってなんですの?」
時たまに、自分でも意味がわからない単語も頭に浮かびますわ。
その都度、自分は頭がおかしいのかと考えますけど、そうしたところで何の意味もありません。ただ放置して、また同じことの繰り返しです。
今日は特にそうですわ。鏡の前にいる自分が自分でないような、そんな感覚が特に強いんですの。
心の中にいる本当の自分と、外での自分の違い。それがわたくしの悩みです。
気持ち悪いしモヤモヤします。どうにかしたい。そう何度思ったことか。
「一体、どうなっているんですの……」
「気になりますか? そうでしょうね」
突然、聞き覚えのない声がどこかから聞こえました。若い女の声でしょうか。
「誰ですの!? 侵入者なら容赦しませんわよ!」
「まずは落ち着いてください」
また同じ声がしたかと思うと、部屋の中央に白い光の塊が出現しましたわ。
明らかに尋常ではないことが起こっている。それなのに、わたくしはその場から動けませんでした。
やがて、光の塊が人の形を取ったと思うと、そこには白いドレスローブを身にまとった少女が現れていました。
プラチナブロンドのロングヘア、玉のように美しい輪郭と瞳。わたくしの姿よりはるかに美しい、完璧を体現したかのような少女でしたわ。
「あなた、何者ですの!?」
「我はディブルコーン、あなた方が『時空龍』と呼ぶ者」
「時空龍……?」
時空龍というと、世界や人族を生み出したという伝承を持つ、神に等しい存在と言われるドラゴンのことですわね。
ただ、時空龍の名の通り、その正体はドラゴン。少女の姿ではないはず。それがなぜ、時空龍なんかと名乗ったのでしょう。
「バカな嘘はやめておきなさいな。時空龍はドラゴンですわ」
「時空龍は全ての世界を渡る存在。証拠を見せれば、我が時空龍であることはお分かり頂けるでしょう」
ディブルコーンと名乗った少女がわたくしに手をかざすと、瞬く間に紫の光で満たされました。
目を覚ますと、元の寝室に戻っていた。
天蓋つきの白いベッド、ロウソクの炎が消えた銀の燭台、そしてディブルコーンと名乗る少女。僕は現実に戻ったのだろうか。
「さっきのは、一体……」
「それより、まずはあなたのお名前を聞きましょう」
「僕……僕は、島津利行」
「そうでしたか?」
「いや、わたくしは、サラミス・ウェインライト……あれ?」
「まだ混乱しているようですが、これが全ての記憶を引き出したあなたです」
「僕の、記憶ですの……?」
ディブルコーンは僕に近づくと、綺麗な顔を近づけて頬を撫でた。
異性の女の子とこんなに近づいている。そんな感覚が急速に頭の中を満たした。胸の鼓動が高まっていく。
「さあ、あなたの前世の記憶を、全て思い出してみなさい」
言われるがまま、僕は何とか記憶を掘り出して口にする。
「僕は、海上自衛隊の一等海尉、島津利行。一九八六年生まれ。十八歳離れた妹と同い年の妻、それから小さな娘がいて、ペルシャ湾で任務中に、乗っていた護衛艦いなづまが民間機から対艦ミサイルを受けて……」
「そして、この世界で貴族の令嬢として生まれ変わった、というわけです」
「貴族の、令嬢……わたくしが、貴族の……!」
別々の記憶がこんがらがって出てくる。自衛官・島津利行としての記憶、侯爵令嬢・サラミス・ウェインライトとしての記憶。
どちらも僕でわたくし。もう何が何だか分からない。
「どうしてですの。なぜ、わたくしの前世の記憶を返したんだ」
「あなたにお願いがあるからです。この世界に関わる、とても重要なことです」
「重要なこと……?」
「そう。この世界は現在、あなたが元いた世界から死を経ていない人間が流入し、この世界に悪影響を及ぼそうとしているのです。そして、軍人だった前世の記憶を持ち、今も騎士の役目を果たすあなたが最適だと考え、封印されていた記憶を返したのです」
「……なるほど、僕に彼らを討伐してほしいと、そういうことですの?」
「端的に言えば」
ディブルコーンは表情を変えることなく、僕の目をじっと見つめた。これ以上は何も言わないらしい。
けれども、わたくしはもう決めていますわ。
バルコニーに出てから深呼吸。外の新鮮な空気を味わいます。
「申し訳ありませんが、お引き取りくださいな。わたくしの前世がどうであろうと、今は貴族の娘。もはや前世に未練はありませんわ」
「何を言っているのです。今言っているのは、この世界での話なのですよ」
「関係ありませんわ。わたくしはわたくし、サラミス・ウェインライトですわ。他の何者でもありませんの。お引き取り願いますわ」
「何を──」
「帰れ、と言っているのが聞こえないようですわね」
両手をディブルコーンにかざし、赤い魔法陣を展開。魔法の発動に合わせ、こぶし大の火球がいくつも眼前に出現しました。
わたくしの意思が届いたのか、ディブルコーンは流麗な眉をひそめながら、背中を見せてバルコニーの方に歩いていきます。
「これ以上は無駄なようですね。ですが、世界が脅威にさらされているのは、頭の片隅に入れておいてください。前世のことではありません、今の話です」
「おととい来やがれですわ」
わたくしがさっさと手を払うと、ディブルコーンはそれ以上何も言わずに白い光に包まれて消えましたわ。
これでよかったのですわ。わたくしはわたくしで、この世界で精一杯生きていくだけですわ。
ただ、一つだけ心残りなのは、向こうに残してきた妻と妹、そして娘のことだ。もう干渉することさえ叶わない、大事だった人々。僕には、いえ、わたくしには、もう関係ないはずですのに。