不俱戴天の共闘〜妖狩りの少年は仇敵と力を合わせるようです〜
焦げ臭さ、煙から匂う薄荷の香り。木漏れ日の差す仄か暗い森の中、俺は少女を背負いながら木々の間を縫うように駆け巡る。
「どこに居やがるあのクソネズミィィィ!」
「なぁに無駄口叩いとるんじゃ、ミコト。そんな暇があったらとっとと走れ! あっちからもこっちからも薄荷の香りがしちょる、放っておくと火事になるぞ!」
黒一色のワンピースに白髪の少女が、俺の名前を呼びながら頭をペチペチ叩き、そう促す。それくらいお前に言われなくてもわかってる。
てか、降りてほしいんだが。背負いながら走るの辛いし、さっきからビリビリって外套が鳴っちゃいけない音しててるし、中に来ている軽衣も癖が付きそうなくらいに伸びてる。
まあ今はこっちが優先なので言われるがまま走り回り、燻っている枯れ草などを見つけては消火する。
「チィッ、やはりハズレか。ヤツらの毛針もあったことじゃし、ハッカネズミどもめがこのあたりに居るはずじゃが」
背中の彼女がそう言う。今俺たちが探しているのはこのハッカネズミというやつだった。
そもそもこんな森にいる理由はというと、今朝この付近の森で火災が起きていたからだ。それもかなり大規模な。
そうして訪れてみたらこのボヤ騒ぎだ。
「それ、鎮火できたならさっさと次じゃ、薄荷の匂いを辿ればボヤかネズミのどっちかにぶち当たる。……しっかしお前さんの頭、チクチクして痛いぞ。ちっと髪伸ばしんしゃい」
「長いのは鬱陶しいんだよ……って、それは叩かなかったらいい話だろ! そもそもなんで俺が背負って走ってるんだよ。降りてお前が走れ、むしろ消火手伝えよ!」
俺がそう言うと少女の叩く手が止まる。代わりに冷たい吐息混じりに声が聞こえてくる。
「ほう……年寄りに走れと言うか」
「お前らの時間じゃまだまだ年寄りでもなんでもないだろ。その姿ならなおさら年寄りとは程遠いし」
「クックックッ、言うねえ。しかし幼体になっちょるのはお前さんへの負担を減らすためじゃ。なんなら感謝してほしいねぇ」
そもそも背負わさせられている時点で感謝もクソもないんだが。
「ほれ、香りと一緒に気配も近づいてきた。次はアタリじゃぞ。そろそろじゃけえ準備せえ!」
「……了解」
その指示に、俺は左手で腰に携帯している鞄に手を入れ人差し指と中指で三枚の紙を取り出す。
「そのまま真っすぐ進んで…………そこじゃ!」
少女がビシッと指差した方向に紙を全部投げる。長方形の紙は空気抵抗をものともせず、真っ直ぐに飛んで地面に張り付く。
その周辺には、人の頭ほどの大きさのネズミ――ハッカネズミが一、二、三、……七匹。
突然飛んできた紙に驚いたのだろう。ネズミたちが一斉にその場から離れようとする。
だが、そうはさせない。逃しはしない。
「植符:鶏手」
俺の声に呼応するようにして紙、もとい御札が光る。そこを中心として、突然に円状に柏の木が生える。本物より小さくはあるが、狭い間隔で、そして互いに絡み合うように成長し壁を形成する。ネズミはその中に囚われる。
が、運よく壁から逃れることができたネズミが一匹。それから、たまたま壁の生成地点にいたのだろう。柏の木の上でジタバタしているネズミが一匹。そのままなんとか外に出られたようだった。
そのままその二匹は合流して、俺から見て右側に逃げていく。追加の御札に手を伸ばしそうとしたが、その手が止まる。
「全く、世話がかかる子じゃねえ」
後ろからそんな声がしたかと思うと、今までかかっていた重みが一気に消える。ネズミの逃げた先を見てみると、黒い服に身を包んだ白髪の女性が物凄いスピードで木々の間を抜けていった。
アイツが行ったのなら、向こうは大丈夫だ。俺は柏の木に近づきつつ、次の御札を取り出す。今度は左手の平で軽く握る。
「思ったよりも早く出てきたようだな」
ある程度近づいた頃に壁の中からネズミが一匹這い出てきた。それに続くようにして一匹、もう一匹。しばらくすると全て出てきた。だが、今度は逃げる様子もなく、毛をピンと逆立てて歯を打ち鳴らし、臨戦態勢といったところか。
まあ、逃げられるよりかはこっちの方がよっぽどありがたいのだが。
右手を軽く握り、左手の御札に親指と人差指の側をピッタリとくっつけてやる。
ネズミの一匹がこちらに向かって駆け出してきた。それに触発されるようにして一匹、また一匹。
先頭のハッカネズミは高く飛び上がり、キッとこちらを睨んだ。そして空中でくるくると回りだす。
これはハッカネズミが毛針を飛ばす前モーションだ。もうすぐ薄荷の香りがする火がついて、周囲四方八方に飛び散る。
だけどそんなことやらせるわけないよな。消火だって結構手間なんだぞ?
「植符:薙草」
そう唱えると、今まで何もなかったはずの右手の拳の中になにか異物を感じる。俺はそれをしっかりと握る。
右手で異物を引き抜く、まるで御札が異次元に繋がっているかのように銀色の薄い板が現れる。木漏れ日を暗く跳ね返す刀身。妖刀薙草。
「運が悪かったな。見つかった相手が妖狩りだったとは」
妖、ハッカネズミはそう呼ばれる類の生き物だった。
通常の動物たちとは違ったコミュニティを持ち、その多くは人と対立している。そして俺は妖を倒す妖狩りだ。
地面を思い切りに蹴って接近、ハッカネズミに薙草を振るう。
ハッカネズミはそこまで硬くない。針のようになった毛が多少硬いくらいで基本はネズミとそんなに変わらない。故に、簡単に斬れる。
ヂュギュアァァァ、悲痛な断末魔をあげて絶命する。しかし、斬るのが少し遅かった。拡散こそしなかったが火を纏った毛針が右腕を襲い、熱さと痛みに襲われる。
だがしかし、その程度で留まっているわけにはいかない。一匹がほぼ何もできずに殺されてしまった姿を見て、残されたネズミたちは戦意喪失し戸惑っているようだった。
今のうちだ。
腰から一枚御札を引き抜き、地面に叩きつける。ネズミたちは、今にも逃げ出しそうだが、まだそこに居た。
「植符:網蔓」
御札から前方に向けて、放射状に網目状になった蔓が飛んでいく。あまり遠くまでは飛ばないが、この距離なら十分。逃げようとしたネズミを捕らえる。
ヂャアヂャアと抵抗する声が聞こえるが、もう動けないようだった。
生きたいという意志なのだろうが、妖狩りとして妖をほっとくわけにはいかない。危害を加えないのならともかくとして、コイツらのせいでそこら一帯ボヤだらけだったし。
一匹一匹に薙草を突き刺して確実に殺す。断末魔は聞いていて気持ちのいいものではないがもう慣れた。
最後に薙草を地面に突き立てて手を離す。しばらくすると鶏手、網蔓、そして薙草が地面に還り消えた。
動かなくなった死骸をそれぞれ手に取る。臭みこそあるが処理すれば食べることができる。仇敵とはいえ奪った命だ、極力無駄にはしない。
さてと。向こうはどうなっているだろうか。まあアイツがやられることはありえないからそれについては心配はない。あるとしたら、どちらかというとネズミの方か。
こちらを始末した後からというもの、静かな森の奥から悲痛な鳴き声が聞こえているのだ。
その鳴き声を頼りに近づいていくと、この森には不似合いな茨、そして女性がいた。
「……相変わらずお前のやり方はエゲツないな、キキョウ」
「お前のが温いんじゃ。妖のエグさ知らんからそんな温さなんじゃろうが、そんなやったらそのうち返り討ちにおうて死ぬぞ?」
キキョウが指を鳴らす。すると茨がいきなり締まり、ハッカネズミたちが「ギャッ」と鳴いてこと切れる。
「ほんっと容赦ねえな。同族だろーが」
「同族として、じゃ。迷惑をかける者に情けはいらぬ。それは人も妖も同じじゃろうが。それとも、人は同族の尻も拭けぬほど情けないのか?」
カチン。頭にくる。
「やり口が野蛮だってんだ。あんまり人を貶すなら殺すぞ、妖」
「やるか? 小童。貴様程度にやられるわっちではないぞ?」
キキョウの目が青く光る。あたりに風が吹きすさぶ。
俺とキキョウはしばらく睨み合って。そして俺が両手を上げる。降参だ。
「まあ、わっちを殺りたいってんならまずは借りもんの力無しで狩れるようになってからじゃんね。持ち主相手に借りもんで勝てると思ってるんならそれは驕りじゃぞ」
悔しいが言い返せない。さっきまで使っていた植符、これは人が扱えるような術ではない。
俺がこの妖、キキョウから借りている妖術だ。
「頑張りんしゃい。できるようになるとは思っとらんけどね」
「うるせー、わかって――」
ふてくされ、その場にあぐらで座ったその時、今までは聞こえてこなかったような微妙な振動が伝わってきた。
ドスン、ドスン、明らかに重々しい。普通の動物ではそうそう起こらない足音。
「……そういえば今朝の火災、コイツらのせいだと思うか?」
「いんや、それにゃ規模がでかすぎる。もっと匹数か、そうか時間がいる」
「この様子なら匹数はそこまで、突然の火災だから時間も足りない」
つまり――、
少しずつ足音がはっきりしてくる。同時に熱波が襲いかかってくる。
「さて、お前さんの思っとるんの登場らしいぞ? 一人でやれるか?」
「おう。任しとけ。……こんな低級狩れないようじゃ、いつまでたってもお前を殺せねえからな」
立ち上がり、腰から数枚御札を手に取る。
――絶対にいつか超えてやるから。
さて、狩りの時間としようか。