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今宵はどんな薬をお求めですか?  作者: うみの水雲
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2、丑三つ時

 知らない方が幸せなことは沢山ある。

 例えば夫の浮気とか、ファミレスの裏側とか、死ぬ間際にゴキブリは卵を拡散させるという事実とか。とにかく世の中には知らなければよかったと後悔するものがたくさんある。

 そしてうちの一つこそ、まさしく今この場所にある薬局─桃源堂だ。

 

 まあ、それが知らない権利があればの話だが。


 赤城の家に生を受けた時点でその権利はすでに剥奪されている。つまり、璃子りこ壮馬そうま。この二人は生まれた瞬間から時期はともあれ知らなければならない運命にあった。


 バタンと音がしてドアが開く。

 顔を向けると、夏休みの小学生よろしく虫取り網と虫籠を持った壮馬が立っていた。

 待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。


 「取れた?」

 「おう、大量。ほら」


 差し出された虫籠を受け取る。

 中に入っているのはピカピカと光る時期外れの蛍、ではない。天火虫てんかむし─一般的に鬼火と呼ばれるものだ。天気の悪い日はこいつがよく姿を表す。

 璃子は慣れた手つきで虫籠を開け瓶に移した。中に霧吹きで酒を振りかけ、すぐさま蓋をする。

 

 『ピィギャァァァ!』


 つんざくような声に壮馬が顔を顰める。

 

 「ッ・・・何度聞いても慣れねぇな」

 「そう?喜んでるんだからいいじゃない」


 音声だけ聞けばどんなサディストだよとツッコミを入れられそうだが、実際籠の中では水を得た魚のように狂喜乱舞している。

 しばらく待っていると奇声を上げ続けていた虫がピタリと動きを止め、下に落ちる。

 発光している体がとろりと溶け、底には黄金色の液体が溜まった。蓋を開けそこに竜骨りゅうこつを粉末にしたものを手早く追加し、軽く振る。


 「よし、できた」

 

 瓶の中にはキラキラと輝く金粉のような粉末が完成していた。

 璃子は早速粉を少量乳鉢に入れると、先に入っていた生薬と一緒にすり潰す。


 「・・・それ、本当に儲かんのか?」


 その様子を傍観していた壮馬が呟きに、璃子がむっと眉を顰める。


 「今更なに言ってんの?これ、《《双方》》からすっごく評判がいいんだから」

 「へぇー。ただの理気剤りきざいなのにな」

 「ただの理気剤だから儲かんのよ。病は気からってのは、こちらさんもあちらさんも変わらないんでしょ。特に現代は足りないよりも、余ってて滞りやすいのよ」


 口を動かしつつ、手も動かす。

 綺麗に混ざり合わさったものを掌で小指の先ほどに丸めれば、金糸雀堂特製、暁虫配合の理気剤の完成である。

 値段はそんじょそこらの市販品とは比べ物にならないが、その分効果は抜群だ。

 できた丸薬をテキパキと二人で袋詰めしていると、カランコロンと鈴を鳴らしたような音がした。


 「いらっしゃいませ」


 昼間と変わらぬ営業スマイルを浮かべる璃子。

 しかし、その瞳は笑っていない。この時間帯は気を抜いたらお終いなのだ。


 「あの、ここに心を落ち着けてくれる薬があると聞いたのですが・・・」


 璃子はぱっと客の顔色を見る。

 顔色自体は悪くない。


 「はい、ございますよ。たった今出来上がったばかりです」


 璃子は客の前に薬を出す。


 「・・・じゃあ、それ一粒ください」

 「はい、かしこまりました。ところで・・・あなたはどちら様になられますか?」


 鞄を開けようとしていた女がピタリと動きを止める。

 

 「・・・どちら様?」

 「ああ、すみません。この店ではお客様によって頂くものが変わるんです。見受けたところ、水神様かと思うのですが・・・」


 一瞬戸惑ったような反応を見せた女だったが、すぐに小さく頷く。


 「かしこまりました。それでは、お客様からは材料を頂きたいのですが」


 璃子の言葉に、壮馬が一覧表を取り出す。

 水神は目を通し、すぐに一箇所を指差した。


 そこに書かれていたのは、河童の皿。


 思わぬ上物に顔が崩れそうになるのを必死に堪える。


 「今、お持ちでいらっしゃいますか?」

 「ええ、ちょっと待って」


 水神は鞄の中から黄ばんだ陶磁器のようなものを取り出す。


 「これでいいの?」

 「ちょっと拝見しますね」


 拳大の大きさで、ややヒビが入ってるものの、状態はすこぶる良い。


 「・・・これはとても良い物ですね。一粒と言わず、二粒分お譲りしましょう」

 「わあ、それは助かるわ」


 水神は初めて明るい声をあげる。


 「ただ注意点がありまして、この薬は鮮度が命です。今二粒お渡しするよりも、また後日必要な際に受け取りに来ていただいた方がいいと思うのですがどうしましょう」

 「では、そのようにしてもらえます?」

 「かしこまりました」


 袋詰めした薬と、真っ赤な紙に金色で書かれた札を手渡す。


 「この札が引き換え券となります。その時に他のお薬の方がよければ要相談で変更できるので仰ってください」

 「わかったわ。親切にどうもありがとう」


 にこりと笑った水神が姿を消す。それと同時にカランコロンと戸につけた鈴が鳴った。どうやら店から出て行ったようだ。


 「・・・ほらね、売れたでしょ?」

 

 得意げに鼻を鳴らすと、壮馬が罰悪げに頭をかいた。

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