ドラゴンのかいだん
これは我の友人Aから聞いた話だ。
当時新しい住処に越したばかりだったAはある悩みを抱えておった。
なんでもやつが住処に決めた神殿に続く階段には夕刻になると登りと下りで
段数が変わるとかいう変な噂があったらしくてな、そのせいで用もないのに肝
試しと称して野次馬どもがやってくるせいでうるさくてかなわなかったそう
だ。
引っ越そうにも竜族ならではの図体のでかさゆえに新しい住処なんぞすぐに
見つかるわけもなく、くだらない噂のせいで折角見つけたばかりの住処から引
っ越すのも癪だと悩んでおったAは、酒の席で仲間内にそのことを愚痴ったと
ころBというやつが噂の真相を確かめようと言い出した訳だ。
我もそいつのことは知っておったが、あまり聞く耳を持たない粗忽もので、
Aも立場的に逆らうわけにもいかず、渋々了承したそうだ。
件の時間に、階段の麓にAとB、そして酒の席に同席していたCとDの計4
体が集まった。全員がそろったら当然誰が試すのかという話になるわけだが、
CとDはそもそも乗り気ではなかったらしく、Aも自分の住処ながら気味が悪
いと尻込みをしてしまい、すったもんだの末Bの一喝でC,A,D,Bの順で
全員がやることになった。
Cが階段を上り程なくして下りてくる、それほど段数はなかったそうだから
当然か。最後の段を踏んだCは深く息を吐いて表情を和らげた。どうやら何事
もなかったようだ。
続いてAが階段を上り出す。光を取り込む穴はあったが夕刻故に薄暗くなっ
ていた階段は、自分の住処ながらとても不気味に感じてしょうがなかったそう
だ。
38、39と数えたところで上るべき段がなくなった。頂上まで登り切った
Aは深呼吸するとくるりと向きを変え、階段の麓にいる仲間達を一瞥するとゆ
っくりと足を動かし始めた。再び一段ずつ下っていきながらAは自分の足が震
えているのを感じた。根も葉もない噂とはいえ怖いものは怖いのだ。やがて、
下るべき段もなくなり、心の中で数え続けていた数字は
「39」
何事もなかったことに安堵したAは同時に怒りがふつふつと沸いてきた。根
も葉もない噂のせいで快適な住処が奪われただけでなく、そんな噂に振り回さ
れてしまった自分に腹が立ったそうだ。
「そういえば、あの噂続きがありましたよね」
今度階段目当て野次馬が来たらどうしてくれようかと考えていたAを現実世
界に引き戻したのは、いつの間にか階段の上り下りを終えていたDの一言だっ
た。
「えっ……ああ……すまない私は覚えてない」
「そりゃあれだろ、増えた段を踏んだら駄目ってやつ」
途中で割り込んできたCが答えた。
それを聞いてAは思い出した。増えた段を踏むと良くないことが起こるとか
そういう文言を噂の締めくくりとして以前沸いていた野次馬どもが言っていた
のだ。
噂の恐怖をあおる文言としてはよくできているが、それも今となっては馬鹿
馬鹿しいとしか言えなかった。
「ふん!今度そんなことを言う輩がいたら二度と無駄口たたけぬようにしてや
る」
「そのときは僕も混ぜてくださいよ」
「なんなら、今から人里の一つでも襲っちゃうか?」
などと、馬鹿話を始めたのだがそんな話をすれば真っ先に割り込んできそう
な一Bが一向に入ってくる気配がない。
不審に思ったAが階段の方を向いたらBがいた、なぜか最後の段を踏もうと
せずその場で硬直した状態でだ。
「何やってんすか先輩、今から人里を襲う計画立てるんですから早くこっち来
てくださいよ」
Dが呼ぶがBは一向に動こうとしない
「お、おい、この階段の段数は何段だ?」
「何段って、39段だろう?」
何を馬鹿なことを聞くのかとAは半ばあきれながらそれを表には出さず答え
ると、Bはどんどん顔色を悪くしていった。
「増えてる」
「へ?」
「だ、段が、増えておるのだ」
AもはじめはBがふざけているものと思ったらしいが、Bの様子から嘘を言
っているようには見えない。
「ふざけてないで下りてこい、段数が増えるわけねえだろ!」
「そうですよ、数え間違えたんじゃないんですか?」
CとDもBを呼ぼうとするがBはガタガタと震えるばかりで動こうとはしな
かった。いや、動けなかったというほうが正しいか。
Aの脳裏に噂の最後の言葉がよぎる
『増えた段を決して踏んではいけない』
おそらくAだけでなくその場にいた全員が言い寄れない恐怖を感じており、
誰一人として言葉を発するものはいなかった。
「ふふ、はは、読めたぞ貴様らの魂胆」
Bが沈黙を破り、唸り声を上げた。
「そうやって、我をからかっておるのだろう。その手には載らんぞ!!」
どうやらBはA達が悪ふざけをしていると思い込んだようだった。
この状況で悪ふざけなど出来るわけないのだが、恐怖をどうにかして紛らわ
せようとしたBは、それを怒りに変換することにしたのだろう。
「ふざけるな!!この状況でそんなこと出来るわけがないだろう!!」
「そうですよ!!そちらこそ私たちをだまそうとしているのでしょう!!」
A達は負けずに応戦したが、怒りのせいですでに冷静な判断が出来なくなっ
ていたBは腰を落とし、翼を広げるとA達をギッと睨み付けた
「村を襲うとか抜かしておったな、いいだろう。ただしそれは貴様らを八つ裂
きにした後だ!!!」
「ば、馬鹿止めろ!!」
A達の必死の制止も届かず、BはA達を襲うべく最後の段に足を乗せてしまっ
た。
――一瞬の出来事であった。
Bの体はそのまま地面に沈んでいった。まるで底に地面がはじめからなかっ
たかのように。
「B?」
呼びかけてみるが当然返事などなく、不気味なほどの静寂があたりを支配す
る。徐々に日が暮れてきて薄暗くなってきた神殿は先ほどの出来事も相まって
余計に不気味に感じられた。
A達は手分けしてあたりを探したが、Bはやはり見つからない
「B!!ふざけんな、悪ふざけもいい加減にしろ!!」
Cがたまりかねて怒鳴る。もしこれが本当にいたずらだとしたら悪趣味にも
ほどがあろう。
ただ、Aは目の前にある階段が得体の知れないものに見えて仕方がなかっ
た、先ほどまで見ていたはずのものなのに、今までのものとは違う、そう思え
て仕方なかった。
何も出来ずにいると、何を思ったのかDが階段をゆっくりと上りだした。
「お、おいなにやってんだよ!!」
Cが悲鳴に近い声で止めるがDはお構いなしに上っていった。
Dが下りてくるまで無限の時間がかかっているような気がした。しかし、同
時に下りてきて欲しくない、そんなことまで考えてしまう。とてつもなく嫌が
予感がした。
やがて、麓にたどり着いたDはそのままへなへなと地面にへたり込んだ。
「どうした!」
Aが慌てて駆け寄るが、Dは何も言わんかった。ただ、ガタガタと震えるば
かりで。
このままだとらちがあかないのでAはCと相談してDを抱えてその場を離れ
ることにした。ここに1秒たりとも居たくはなかった。
洞窟を抜け、広い場所にたどり着いたAとCは、Dをゆっくりと下ろした。
Dも少しは落ち着いた様子であった。
「何があった?」
「……」
依然として口を開かんDに若干いらつきながらAはもう一度聞いた。
「何があったのだ!」
「…てた」
Dは絞り出すような声で叫んだ。
「段が増えてたんですよ!上りと下り40段に!!」
Bは今でも見つかっておらん。
お読みいただきありがとうございました。
以前Twitterに載せた小話も載せておきます。
夕刻、仲間達とともにギルドに向かって歩いていると
前から歩いてくる男がいることに気がついた。
薄汚れた鎧を着て足取りもおぼつかない感じでフラフラと
近づいて来る姿になんとなく恐怖を覚えた俺は
見えていないふりをすることに決め、
仲間達のたわいもない会話に相づちを打ちつつ、
内心、何事もないことを祈りつつその男とすれ違った。
「見えてるくせに」
ギルドで受付を長くやっているといろいろな出来事に遭遇する
当然、良くないことも含めてだ。
今回は、魔物を討伐しに行った冒険者のグループが
返り討ちに遭い、死者も出てしまったそうだ。
なんとか生きて帰ってきたメンバーも無事とは言えず、
しばらく活動は出来ないだろう。
意気消沈するメンバーにねぎらいの言葉をかけると、
魂の抜けたような顔をしていたメンバーの一人がぽつりと呟いた。
「あいつが死ぬ瞬間、目が合っちまったんだよ」