大司教と聖堂騎士【Others Side】
渓谷へと続く森の入り口。その近くの岩場に身を潜める者たちがいました。
「大司教、ここで様子を見ることにしましょう。時間を置いて、安全を確認して参ります」
「それで構いません。隠れ里には今日中に訪れておきたいので、同じことの無いよう十分に気を付けてください」
「本国に戻りましたら、如何様な処分でもお受けします」
彼らはオーガの群れに襲われ、刑死者の勇者たちに助けられた馬車の一行です。その正体はバルディア王国の貴族ではなく、他国の人間たちでした。
刑死者の勇者は全く気が付いていませんでしたが、想定外の人との遭遇には肝を冷やした彼らです。
騎士の装備の特徴などに詳しければ、即座に他国の者だと看破したでしょう。怪しい外国人がいると。
人里から離れたシーズンオフの観光地は魔物が多く、通常は近寄る人は少ないです。観光シーズンになれば、それに合わせて騎士団や魔物退治を生業とする人たちによって魔物の排除、そして警備まで行われますが、現在それはありません。
シーズンオフの観光地へと続く、魔物が多数出ると予測される一本道。そんなところを通る目的は、もちろん観光ではありません。目的は大司教が語る『隠れ里』にありました。
「ここまで危険な場所とは思いませんでした。処分はともかく増員は必要ですね」
「はい。こうなると里に被害がないかも気になります」
「あそこは歴史もありますから、一般の魔物への心配はないでしょう。それよりも計画の進捗に影響がなければ良いのですが」
他国の大司教と呼ばれる人物とその護衛が訪れようとしている隠れ里。如何にも怪しげです。
「ところで。もし助けが入らなかったとしたら、あの場面は切り抜けられましたか?」
「……なんとかできたとは思います。ただ、犠牲は避けられなかったかと」
護衛の騎士は全部で八名。助けられたことによって全員が軽傷程度で済みましたが、危ない場面の騎士がいたのは事実です。
「そうですか。私からは良く見えなかったのですが、若い女性もいたのではないですか?」
「はい、凄まじい魔法でオーガを一網打尽にしていました。男のほうも只者ではありません。我々の素性を怪しいとは思ってはいないようなのは助かりました」
「言い分はどうとでもなります。それよりも何者かは気になりますね。勇者様であることを否定はされていましたが。どう思いますか?」
「我らとて聖堂騎士です。あっさりと救われたことに忸怩たる思いはあります。正直に申し上げれば、あれほどの実力者であの若さ、噂の勇者とでも思わなければとても……」
「いいでしょう。本国に帰ってから、具体的な情報を集めます。先ほどのこと、委細漏らさず報告書にまとめてください」
大司教の言葉に従って聖堂騎士の半数が即座に報告書のためのメモを始めました。記憶が新しいうちに書き留めておき、あとで全員で記憶を照らし合わせながら清書をする予定です。
残りの半数が周辺警戒と森の入り口の監視をしていました。
それから四半刻程度の時間を置いて、森から出てきた者たちがいます。月の勇者と死神の勇者です。
どこか慌てた様子で馬を走らせる姿には、見張りをしていた騎士も気づきます。
「隊長、女が二人だけ出てきました。男の姿は見えません」
「全員ではないか。まだ戻ることはできないな。なにか変わった様子はあったか?」
「具体的には分かりませんが、なにかトラブルがあったのではないかと。慌てている様子でした」
「こんな場所でトラブルといえば魔物くらいだろうが……まさか、な。お前は引き続き監視を続けろ」
「はっ」
聖堂騎士の隊長は何事かに思い至ると、再び大司教に報告に行きました。
「なにごとですか?」
「先ほどの女が出てきましたが、どうやら逃げて行ったようです。男のほうがどうなっているのかは不明ですが、おそらくトラブルでしょう。大司教、まさかとは思うのですが……」
「……そのまさかの可能性はあります。勇者様と思われる存在が逃げ出すようなトラブルです。逃げた女性はともかく、残った男性のほうは気になりますね。森の中を逃げている可能性もありますが」
「では偵察を出します」
「止めなさい。もしアレが原因だとすれば、生きては戻れません。あなた方を使い捨てにするつもりはありませんよ?」
「大司教、我らは如何様なご命令も喜んで拝命します。マグ・メル・ラナンキュラスには、いつでも行く覚悟はできていますので」
「いつかは行けるように祈りますが、まだ早いでしょう」
勢い込む聖堂騎士に向かって、呆れたように返す大司教でした。
マグ・メル・ラナンキュラスとは、聖堂騎士にとっての喜びの楽園です。勇敢な騎士が死後に招かれるとされる場所になります。バルディア王国とは異なる宗教観ですが、かの国では広く信じられていました。
「隊長! ご報告です!」
大司教と聖堂騎士の隊長が雑談のような話を始めると、見張りをしていた騎士が走ってきました。
「何事か」
「先ほど逃げて行った女が戻り、再び森に入っていきました!」
「戻った? 増援を連れてか?」
「いえ、変わらず二人だけです」
「……どういうことだ? なにか武器でも取りに行っていたのか?」
「見た目では分かりませんでした。距離を開けて追いますか?」
隊長は少し考えて決断します。
「……足の速い馬を使って、二人行け。彼らには見つからないよう、離れて事態の把握だけに務めろ。もし見つかった場合には、恩人の様子が気がかりだったとでも言っておけ」
「はっ、では行って参ります!」
見送ると大司教が呟きました。
「隠れ里のアレが解き放たれたとは思いたくありませんね……。計画が大幅に狂ってしまいます」
「はい、しかし嫌な予感がしてなりません」
諸外国の思惑や謀略が少しずつ現実として起こり始めていました。




