超モテる勇者【Others Side】
勇者を含めた懇親会のようなパーティーが開かれている会場は、多くの参加者で騒々しく賑やかです。
若者が多いこともあり、自然と男女の会話で盛り上がっています。
楽しげな会場で三々五々に散っている勇者ですが、全員が心底から楽しめているわけでないのは、ある意味で当然でしょう。
特に女帝の勇者である藤原ヒメカは、参加したこと自体を後悔していました。
勇者が異世界からやってきてより、幾度目かのパーティーだったのですが、全員が毎回必ず参加しているわけではありません。
人付き合いが苦手な者や余計な人間関係を築きたくないと思っている者、体調などの理由によって欠席していた者もいるのです。
お嬢様然とした女子高生、そして女帝の勇者である藤原ヒメカは、見た目に違わず上流階級のお嬢様でした。
彼女は社交界における人々の腹黒さを重々承知していたこともあって、これまではパーティーの類への出席を一切拒否していました。
救世主たる勇者の立場を鑑みれば、利用しようとする輩から面倒事に巻き込まれる可能性が高いうえ、何よりも彼女は自身の美貌を自覚していました。それは異世界においても注がれる熱い視線から、容易に気がつくことができます。
若く美しい異世界よりの救世主。女帝の勇者である藤原ヒメカには、子供から老人に至るまで全ての男の視線を引き寄せるだけの魅力がありました。
ここには色気づいた血気盛んな若者が多くいます。
無論、美貌の勇者とお近づきになろうとする男は枚挙に暇がありません。
勇者としての価値に加えて、若さと美貌。藤原ヒメカは、政治的、軍事的な価値のみならず、男として興味を抱かずにはいられない存在なのでした。
「……噂に名高い美貌の勇者か。聞きしに勝るとはこの事だな」
「フッ、散々もったいぶっておいて、少々美しい程度あればガッカリするところでしたが、まさかあれほどとは」
「彼女のハートを射止めるのは誰になるかな?」
注がれる好ましくない視線を感じている女帝の勇者は、常に他の勇者の傍にいるようにしていました。
単独でいるところを見られたなら、面倒なことになるのは間違いありません。
この様な事態を想定していたからこそパーティーへの出席は拒否していたのですが、王宮から一度くらいは顔を出してくれないか、とたっての要望もあって断りきれず、今回限りのつもりで出席していたのです。
王宮としては評判の美人勇者には出席して欲しい事情もあります。
女帝の勇者を筆頭に、幾人もの美形の勇者は偶然にも出席率が良くなく、彼ら目当ての出席者からは不満が多かったのです。
彼、彼女たちはまた出席しないのかと、担当者が槍玉に挙げられるといった勇者には関係のない、つまらない事情です。とはいえ、パーティーで王国の人間と仲良くなった勇者が、婚姻によって王国に根付くことへの期待もあります。
ある程度の思惑や事情などは察している女帝の勇者でしたが、意外と律儀な性格のために出席した以上は途中退席をすることはしませんでした。
一度だけでも出席すれば義理を果たした実績は作れますし、パーティーが終わるまでの辛抱と思えば我慢ができないほどではなかったのです。終わりまでの時間を他の勇者と固まって凌げれば、特に問題も起こらないはずでした。
「ちょっと、ヒメちゃん。大丈夫?」
「……ええ、問題ありません」
「そんなに嫌ならサボっちゃえばいいのに」
なにも言わずにサボっている勇者は何人もいます。王宮に暮らしていながら平気でサボりを決め込む若き勇者たちは、ある意味では大したものです。
王宮の外で暮らしている刑死者の勇者と、そこに居候をする月の勇者、死神の勇者の元にも招待状は届いていましたが、彼らは完全に無視していました。
こんな時ばかりは女帝の勇者も、いい加減な彼らを羨ましく思いはしましたが、性格上できないことはできません。
「そうだ、冷たいお水持ってきてあげるよっ」
「あっ」
止める間もなく駆け出す太陽の勇者。
他に一緒にいた勇者たちも、誰かに呼ばれて移動してしまったり、別の何かをしようとして席を外したりで、不幸な偶然が重なったのか、揃って皆が動いてしまいました。
あっという間の出来事で、ただ一人取り残されてしまったのは女帝の勇者です。
僅かに時が止まったかのような間を経て、怒涛の如く押し寄せる王国貴族や商人の男性陣。
「ヒメカさん、ご機嫌麗しゅう」
「馴れ馴れしいぞ、貴様っ」
常に他の勇者と一緒にいて話し掛けられるのを明らかに嫌っていた女帝の勇者には、これまでは男たちも尻込みしていました。
しかし、千載一遇のチャンスとなれば動かないわけにはいきません。彼らとて、ただ遊びにきているのではないのですから。
藤原ヒメカにとって苦痛の時間は、少しの間ですが続くことになります。