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過酷な馬車移動

 城下町から門を越えて完全に外に出ると石畳の街道を走るのだが、そこは門の内側で感じた揺れよりもさらに輪を掛けて酷い。

 少しでも気を抜けば戻しそうになる悪環境だ。その中で必死に吐き気をこらえながら、副団長が語る話の半分も聞いていられない。


 辛うじて理解できたのは、小型の魔物が近隣の村に押し寄せたこと。

 魔物ってのが気になるし詳しく聞いてみたかったが、今の俺はそれどころじゃなかった。口を開けばそれだけでどうなるか分からない。

 本来は勇者が出張るほど大した事件ではないらしいが、戦闘経験が全くない勇者たちに経験を積ませるにはちょうどいい機会であるということ。

 騎士団は勇者をサポートするため、いざという時に村や勇者を助けるために出撃しているらしい。


 そして療養中というか、休養中だった俺にも、いい機会だからと声が掛かったんだとか。

 独りだけ出遅れてしまうのもバランスが良くないし、せっかくの機会が失われてしまうとの配慮もあるらしいが、まあいきなり強敵とやれと言われるよりはマシなのだろう。


 道すがら装備品の支給ということで、剣や鎧なんかを渡されたが、急いでいたせいか鎧はまったくサイズが合わないから着られないし、剣なんか握ったこともないから使えないだろう。こう言っちゃなんだが、適当すぎないか。


 馬車に同乗する副団長は平謝りしていたが、それはもうどうでもいい。

 初めて見る魔物とやらと、初めての戦闘なんだ。所詮は素人の俺だ、どうせ使い物にならん。それに、まさか最前線に立つわけではあるまい。もう開き直りながら到着を待った。


 それよりも何よりも、吐き気をこらえるのに必死で、ほかの事に気が回らないといったほうが正しいかもしれない。



 無心で馬車に揺られること、どれほど経っただろうか。

 悟りの境地に至るのではないかと思うほど、敬虔で静謐な心持のなか、馬車が走る音とは別に、素人でも分かるような剣戟の音が聞こえてきた。


 続けて人の声だ。悲鳴や怯えたような怒鳴り声、気合を入れるために上げたと思わしき雄叫び。多分、勇者たちだろう。

 叱咤激励するような勇ましい声も聞こえるが、声質からして大人の男だから、こっちは騎士団だろう。ようやく到着したか。


 そう思った直後、整備された道を外れたのか急に激しい揺れに見舞われる。すぐに停止して副団長が飛び降りるが、俺もそれを追い越さんばかりの勢いで飛び降りた。


「勇者殿!? いきなり飛び出しては危険だ!」


 魔物がいる状況で危険ということだろうが、今はそれどころじゃない。

 馬車から降りると、すぐ近くの茂みまで走って、胃の中のものを思いっきり吐き出した。


「……勇者殿、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ、はぁ……。ああ、心配ない。馬車に揺られて気持ち悪くなっただけだ。悪いが少しだけ休ませてくれ」


 口元をぐいっと拭う。

 魔物の群れが近くにいる中で悠長に休憩などと、なんて思わなくもないが今は無理だ。騎士団がいることだし、持ち直すまでは待ってもらおう。

 副団長が俺の背中をさすりながら、竹筒のような入れ物に入った水をくれる。

 ありがたい。人の優しさに触れることに慣れていない俺は、こんなことにでも過剰に感動してしまう。


 少しだけ口に含んだ水は、レモンのような柑橘類が入っているらしく、思った以上に爽やかで最悪の気分を和らげてくれた。

 そのままレモン水を何度か口に含んで、深呼吸すること幾ほどか。

 ようやく持ち直すと、やっと周りを観察する余裕が生まれた。



 副団長は俺の傍に控えながら、勇者たちの戦いぶりに眉をひそめている。

 その勇者たちといえば、話に聞いていたとおりの若者ばかり。俺からしてみれば、まだまだガキだ。

 子供たちが懸命に似合わない剣を振り回して、へっぴり腰で醜い小人のような魔物と戦っていた。


「あれがゴブリンだ。刑死者の勇者殿も初めて見る魔物か?」

「俺たちの世界に魔物なんてものはいないからな。あいつらと同じで初めて見るよ」


 ほう、ゴブリンか。醜悪で嫌悪しか感じない生物だ。あれなら殺すのにためらいも感じないな。

 勇者たちは『勇者』などと大層な肩書きを持っているとは思えないほどの情けないぺっぴり腰だが、マンガのように大きな剣を軽々と振り回している。

 動きは速いし、力もある。だが、まともに喧嘩もしたことがないだろう、お坊ちゃんお嬢ちゃんならば、殺害前提の戦闘など精神的には無理がある。


 剣が魔物の体を切り裂くと、まるで自分がやられたかのように悲鳴を上げる奴までいる。これではいくら体のスペックが高くても、使い物にならないだろう。

 肝が据わっているのか、そこそこ戦えている奴もいるにはいるが、圧倒的に少数だし所詮はそこそこ止まりだ。まあ期待が持てる奴らではあるか。


 ほとんどの奴が逃げ腰だが、騎士団のサポートを受けながら辛うじて踏み止まって戦い続けているらしい。

 よく見れば騎士はサポートをしているが、積極的に攻撃はせず、勇者たちに止めまで刺させるようにしている。

 大きな生物の殺生など、普通の子供たちが経験しているはずもないし、ここで経験しておくことはこれからを考えれば重要なことだろう。だが、それは理屈の上でだ。


 当の本人たちは、まだまだ魔物がウヨウヨいるというのに限界に近い。少なくとも俺にはそう見える。

 副団長も同じように感じているのか、前途多難さにため息の一つもこぼしそうだ。

 当然、俺にとっては他の勇者と同じく他人事ではないのだがな。

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