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物思いの夜【Others Side】

 時は深夜。月明かりが照らす静かな夜です。

 低い山の上にある埃っぽい屋敷の部屋では、月の勇者たる十六夜いざよいキョウカが眠れぬ夜を過ごしていました。


「どうなっちゃうんだろ、あたし」


 小さな呟きに答える者は誰もいませんが、そもそも答えを期待して発された言葉ではありません。

 彼女は様々な葛藤に苛まれながらも、それでも身一つで異世界にきてしまった割には吹っ切れているほうでした。

 異世界への召喚などという異常事態に対して、冷静に自己と周囲を評価するべく努めてもいました。

 まだ女子高生である年齢を考えれば、強靭な精神力の持ち主と評しても良いでしょう。


「これで良かったのかな」


 魔神と戦い世界を救う。それが勇者として召喚された彼女たちの役割です。

 しかし、それは最も危険な最前線に立つことでもあります。縁もゆかりもない、異世界のために。拒絶する者が出るのは当たり前です。

 血生臭い戦いなどに関わるつもりのない彼女にとって、勇者としての訓練はただ苦痛でした。


 そんな折に別の道を示されたのです。

 その内容は、騎士団や他の勇者とは離れ、比類ない功績を挙げた刑死者の勇者に学ぶこと。そしてできる限りの指示に従い、勇者としての力を伸ばすこと。


 刑死者の勇者の元に行けば、苦痛な他の勇者との訓練漬けの毎日からは解放されます。

 しかしこれが建前であり、実際のところはただの厄介払いであることは彼女自身分かっていました。

 何しろ、その別の道を打診をされていたメンツがメンツです。自分も含めて問題児しかいなかったのですから。


 打診を受けてから、刑死者の勇者についてはもちろん彼女なりに調べていました。

 彼女からしてみれば、年上のおっさん。しかも凶悪な鬼のような顔つきで、同じ日本人であるのに、若い勇者たちとは一切関わろうとしない変人です。

 さらに召喚時にはおぞましい姿をしていたことは忘れられない出来事です。


 しかし刑死者の勇者と交流のある騎士やメイドに話を聞いてみれば、印象はかなり変わります。

 凶悪な顔に似合わず、悪魔の勇者のような暴力沙汰を起こしたことはないのです。

 騎士からの評判は良好で、日常生活の部分もメイドによれば随分と真っ当です。

 多少のガラの悪さはあっても、無意味な暴力や暴言の類は一切なく、私生活に問題らしい問題は見受けられません。

 更には果たした仕事の評価は王族までもが絶賛するほどです。



 問題どころか大きな功績を積み上げている刑死者の勇者とは違って、月の勇者である彼女は問題だらけです。

 同年代の勇者たちの中にいると、月の勇者は意地っ張りなところもあって、険悪な空気になることは日常茶飯事でした。

 誰も彼もが気に食わないわけではなかったのですが、そんな人間関係の中でこれからも毎日過ごしていくのかと考えると、うんざりするのはどうにもしようがありません。


 そこで彼女は決断しました。

 気に食わない人間とは距離を置き、大人の男である刑死者の勇者の元に身を寄せることを。


 一人であれば決断できなかったかもしれませんが、幸いにも死神の勇者が一緒でした。

 死神の勇者である瀬戸シノブは、彼女とは全く異なるタイプの女子でしたが、不思議と馬が合いました。

 それに月の勇者たる彼女は、いざという時に役に立つ逃走手段を持っていました。もちろん、勇者としての特殊能力です。

 ゆえに、年上の男との同居を決断できたのでした。


「でもあいつ、ツマンナイこと言わないし、案外悪くないかも」


 今までは何かといえば、食事中でも休憩中でも勇者としての使命だの訓練の進捗だのと、彼女にとっては楽しくない話題ばかりが付いて回りました。

 ところが今夜はまるで違ったのです。


 あんなにも気楽で、いわゆる普通の会話をしながらの食事は久しぶりだったのです。

 もちろん刑死者の勇者は気を使ったわけではなく、ただ単に勇者の使命やらがどうでも良かっただけであったのですが。

 図らずも結果的に好ましい食事の時間となったのでした。


 月の勇者は気難しい女子でしたが、出会った初日の印象はそう悪いものではなかったのです。


「はぁ~あ。明日からあいつも居ないし、どうしよっかな」


 環境の変化。

 寝心地の悪い長椅子のベッド。

 窓が破れたままの埃っぽい部屋。

 要因はたくさんありそうですが、十六夜キョウカの眠れぬ夜はまだ続きそうです。



 眠れぬ夜を過ごす月の勇者に対して、死神の勇者はどうでしょうか。

 瀬戸シノブは常におどおどとして、非常に気弱な少女に見えていましたが、眠れぬ夜どころか、ぐっすりと気持ち良さそうに眠っていました。

 こちらは意外と図太い神経をしているのかもしれません。

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