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風雲急を告げる

 まだ朝も早いうちから広々とした風呂に浸かる。あまりにも贅沢なひと時だ。

 体を目一杯に伸ばして、寝転がるようにしても広さにはまだまだ余裕がある。さすがに泳げるほどではないし、やれてもそんなことはしないが。


 ゆったりと熱い湯に身を浸していると、常にはない音が響き始めた。しかもかなり大きい。


「うるせぇな。なんだってんだ、騒々しい」


 優雅な朝の時間が台無しだ。落ち着かない気持ちになって風呂から上がる。

 この音がなんなのか知らなくても、危機意識を喚起する音に自然と身支度を整えた。

 鐘を鳴らすような音がずっと響き渡っているし、慌しく走るような音や声も聞こえてくる。異常事態なのは間違いない。


 すると、ノックと共にいつものメイドが部屋に入ってきた。

 朗らかなメイドのはずだが、今は焦っているのか落ち着きがない。どう見ても朝食の準備ができたとか、そんなことを言い出す雰囲気ではないな。


「あの、勇者さま、騎士団からお呼びが掛かっているようなのです。勇者さま方は全員が集合ということですので、おいでになってくださいませんか?」

「何が起こってんのか知らねぇが、行くしかねぇんだろ? だったら案内しろ」


 どうせロクなことではないだろうが、命を助けてもらった上、贅沢させてもらった礼はしなければならない。

 世の中、タダより高いものはないのだから、ある程度の覚悟はできている。それに義理は大事だ。

 メイドは深刻な表情を変えないまま道案内を始めた。どこに行かされるのか分からんが、黙って従っておこう。すぐに分かる。



 長い廊下を歩いていると、途中で別のメイドに呼び止められた。


「申し訳ありませんが、すでに騎士団と他の勇者さま方は時間がないため出発されたそうです。そちらの勇者さまには直接現場においでいただきたいとのことです」

「どこに行くのもいいけどよ。何が起こっているかくらいは教えて欲しいんだがな」


 秘密主義でもあるまいに。分かる範囲で答えられないものなのか。


「私たちメイドでは詳しいことは……」

「ああ、分かったよ。別にあんたらが悪いわけじぇねぇから気にすんな。ほら、早く行こうぜ」


 恐縮するメイドに文句を言っても仕方がない。

 何が起こっているか、何をやらされるのか、それを知るためにも現場とやらに行ってみるしかないようだ。


 歩みを進めて裏口と思われる扉から外に出ると、明るい日差しが照りつけて目を細める。

 扉のすぐ傍に用意されていた馬車に急かされるように乗り込むと、メイドに見送られて出発だ。


 御者が一人に、乗客は俺だけ。馬車に乗るのなんて初めてだから緊張したが、乗り心地は想像よりも悪い。長時間乗っていれば、間違いなく吐く。好奇心よりも体調の悪化が気になるレベルだ。


「なあ、ちょっと聞いていいか。この馬車はどこに向かっているんだ?」

「はい、勇者さま。騎士団の駐屯所に向かっております。然程お時間は掛かりませんので、それまでどうぞお寛ぎください」


 酷く揺れる馬車で寛げるはずもないが、文句を言っても始まらない。それよりも気持ちが悪くてしょうがない。吐くのはカッコ悪いが果たして我慢できるかどうか。


 益体もない心配をよそに、しばらく我慢しながら揺られると、そろそろ目的地だと告げられた。

 どうにか吐かずに済んだか。



 馬車が止まって到着を告げられると、飛び降りて深呼吸だ。


「すぅー、はぁー……おぇ」


 できれば二度と乗りたくないが、きっとこの世界で生きていくのなら慣れなければいけないのだろう。

 まだ何も始まらないうちから憂鬱な気分になるが、そんな事でどうする。気合を入れ直そう。


 深呼吸を繰り返す俺を待っていてくれたのか、落ち着いたところで騎士に声を掛けられた。

 やはり様子を見つつ待っていたらしいが、吐きそうでそれどころじゃなかったんでな。


「勇者さま、よろしいでしょうか。副団長がお待ちですので、ご同行ください」

「おう、待たせて悪かったな」

「いえ、参りましょう」


 先導する騎士の姿に密かに感嘆する。なんたって騎士だぜ?

 昔、映画か何かで見たことがある騎士甲冑と似たようなフォルムだ。鉄とは違うのか、映画の甲冑よりもっとガッチリとした作りのようだが、重さを苦にする様子はない。

 腰に佩いた剣も男のロマンそのものだ。正直、滅茶苦茶カッコいい。俺の中にある少年の心を刺激されるようだ。

 城の部屋から遠目に見たことはあったが、近くで見るとより素晴らしいな。


 妙な感動に浸りながら騎士についていくと、間もなく目的地に到着した。


「グリューゲル副団長、刑死者の勇者さまをお連れしました」

「ご苦労、入ってくれ」


 騎士が開く扉に通されると、事務机を前に書類と格闘中の壮年の渋いオヤジがいた。

 オヤジは甲冑姿ではなく甲冑の下に着るような服の地味な装いだったが、盛り上がった筋肉といい、如何にも屈強な戦士然としたオーラがあった。

 これが騎士団の副団長か。強そうだな。そういや団長はいないのか?


「刑死者の勇者殿、よくきてくれたな」


 硬い表情を崩さないまま、手を差し出す副団長。お堅い性格なのか、勇者を呼び出す事情が原因なのか。

 考えていてもしょうがない、なるようにしかならん。とにかく握手を済ませると、さっそく副団長が呼び出しの事情を語り始めた。


「わざわざ呼びたててしまって済まないな。申し訳ないが、急遽勇者殿の力が必要になったのだ」

「なんか困っているなら、力を貸すぜ。右も左も分からない俺じゃ、大した役には立てないだろうがな」


 訳が分からないし、どうしていいのかも分からないが、どうせやるしかないのだろう。だったら、それが何であれやってやるさ。

 それに、命を救われた義理があるからこその快諾だ。悪党を自認する俺でも、義理を果たすくらいの気持ちはある。


「ありがとう。そう言ってくれると思っていた。時間がないから、話は馬車の中でしよう」


 また馬車か……。

 思わず無言になってしまうが、副団長はそれには気を止めずに鎧を着込み、準備を済ませると部屋を出て行った。

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