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不動産の譲渡

 馬車での移動は過酷を極める。魔物との戦いよりも、よほど死にそうになりながら王宮に到着すると、文字通りにぶっ倒れて寝た。

 空気を読んだように厄介事も起こらず、余計な用事を押し付けてくる奴もいない。丸一日存分に休養をとることができ、無事に復活を果たせた。


 疲れも抜けて爽やかに目を覚ますと、朝風呂まで堪能し、のんびりと朝メシを食べる。優雅な時間だ。自分でも意外だが、案外こういったハイソな生活が俺には合っているのかもしれないな。ははっ。

 自嘲気味に笑いながら食後の茶を飲んでいると、タイミングを計ったようにマクスウェルの訪問を受けた。まさかとは思うが本当にタイミングを計っているのかもしれない。


「おはようございます、大門殿。またご活躍されたそうですね」

「ゴブリンごとき今更だろ。俺がいなくても騎士だけで十分だったと思うぜ。で、今日はどうした?」

「大門殿に下賜される屋敷のことですよ。書類上の手続きが終わったらしく、いつでも引き渡せる状態になったそうです。よろしければ午後から見に行きませんか?」

「おおっ! ついに決まったか。俺はいつでもいいから、お前の準備ができたら呼びにきてくれ」


 マクスウェルも実物を見たことはないらしいが、記録によれば王家の別荘だけあって広さもあるし、調度品も良い物が揃っているらしい。

 場所は王都から歩いて半刻ほど移動した所にある、低い丘のような山の頂上にあるんだとか。

 王都から出ることにはなるが、行き来するに支障があるほどの距離でもない。これだけ近いと、王家にとっては別荘というよりは別邸といった感じだったのだろう。


 別荘は魔物除けの設備も整っているらしく安全に配慮がなされているし、なにより静かで環境が良いらしい。

 しかもだ。その山自体が王家の所有する別荘の一部であるらしく、今回の褒美としては山ごと譲ってくれるのだとか。太っ腹なことだな。

 今日は時間があるというマクスウェルと話しながら、そのまま一緒に昼メシまで食べた後で、移動する前にやることをやっておくことにした。



 長いこと使っていなかったとはいえ、王家から譲渡される別荘だ。きちんとそれが俺の物になったという証を残したい。

 王宮でも書類上でそのような措置を施したというが、俺がそれを見せてもらえるわけでもないし、それをわざわざ要求するのも要らぬ軋轢を生むだろう。信用できないのか、なんてな。


 しかしそれで納得する俺ではない。この国の奴らがいい加減な仕事をするのは何度も経験済みだ。ここは勇者の威光を使ってでも多少のごり押しをしておくべき場面だろう。


 そこで以前から考えていたことを実行する。

 互いにイーブンな関係としての契約を交わすんだ。譲渡の契約を勇者である俺が用意した書面によって確かなものとする。ないとは思うが、難癖つけて後から屋敷を取り上げられたりしないように。


 功績を挙げた勇者たっての要望となれば、無下にはできまい。

 対等な取引というのを強調するのは、王国にとってもメリットはあると思う。考え方次第だがな。

 マクスウェルに話してみれば、交渉の余地はあるとの後押しもあった。



 案内された王宮の内務を司る部署では、真面目な顔した貴族の連中が書類を前に仕事中だった。

 何をしているのか見当もつかないが、国を動かす一機関ともなれば、色々とやることもあるのだろう。

 待っているとほどなく、以前に挨拶をしたことがある内務大臣が現れて応接室っぽいところに誘われた。


 腰を落ち着けると、さっそく切り出す。

 もう王族や公式な場以外での言葉遣いは、相手方も表面上は気にしていないようなこともあって諦めた。かしこまった言葉遣いをしていると、どうにも背中がかゆくなる。こちとら一応は勇者なんだ。多少の無礼は大目に見ろ。


「おう、忙しいところ悪いな」

「これは刑死者の勇者殿、こんなところにおいでになるとは。どうかされましたか?」


 内務大臣は少し怪訝そうに口を開く。


「なに、俺に下賜されるっていう褒美のことだ。手続きでは世話になったみたいだしな。マクスウェルに聞いたんで、ちょっくら挨拶しにきたぜ」

「おお、わざわざそのようなことを。部下も喜ぶでしょう」


 庶民からの平凡な贈り物などいらないだろうが社会人としての礼儀だ。クッキーのような焼き菓子の詰め合わせを渡してやると、一応は喜んでくれた。

 まあ、これもマクスウェルが買ってきてくれた物なんだがな。俺は金持ってねぇし。


「そこでな、ひとつ頼みがあるんだ。マクスウェル、お前から頼む」

「ええ、ここは私から話しましょう。シルベルマン様、大門殿の頼みとは譲渡契約の締結なのです」


 王国と勇者とが対等な取引によって契約を結ぶという行為を、なんだか壮大にこじつけて上手いこと説明してくれたお陰で、内務大臣は感心した様子で俺を見ては快く了承してくれた。

 決して騙しているわけではないはずだが、こうも素直に信じられると案外やりにくい。内務大臣にしても思惑あってのことだろうが、それにしてもマクスウェルの奴、やけに口が上手かったな。


「大変に結構なことだと思います。ぜひ私にも協力させてください。それから、ついでといってはなんですが、支度金も預かっていますので、後ほどお渡ししましょう」


 なんと、王様は俺が城を出て暮らすにあたっては、金も要るだろうとのことで支度金をくれるらしい。

 生活費をどうするかと考えていたこともあって、これは嬉しい。まあ俺が果たした仕事に見合う額かどうかは分からんが。


 さて、同意が取れたのなら、さっそく契約といこうじゃないか。

 気が変わらないうちにと、すでに準備してきた契約書を差し出した。

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