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拳闘無比の力

 召喚の儀式における異世界への適合。

 それは魔物退治の出発前に、暇を持て余した王妃が俺をお茶に誘って話してくれた馬鹿げた話だ。


 勇者召喚という秘術がバルディア王国にしか成し得ないのは、それだけ難易度が高いからだ。ほいほいと真似ができるような簡単なものではない。

 秘術の概要はともかく詳細は当然だが極秘で、王とその直系の後継者にしか伝えられないらしい。


 考えてみれば当然のことだが、常識的に言って世界が変われば、何もかもが変わる。


 魔法が存在するように物理法則すら曖昧になるし、そもそも空気の成分だって全く同じとはいかないはずだ。脆弱な人間の体で、普通それには耐えられない。

 無論、空気だけではない。様々な惑星の居住条件だって、地球と完全に同じであるはずがない。


 気温は体感的には元の世界と違和感がないが、目に見えない放射線や細菌、天体からの影響などなど、俺程度の知識ではとてもではないが考え付かないほどの、人間が生存するための必要条件が無数にあるはずだ。

 この世界の人々のとっては普通のことでも、異邦人である勇者にとっては普通では決してない。



 ならば、召喚と同時に死亡するか?

 いいや、そんなことを起こさせないための秘術だ。


 召喚の儀式における異世界への適合とは、俺のチンケな常識など笑いながら蹴飛ばすような、正しく『魔法』であり『秘術』だ。

 秘術により異世界から召喚された体と精神は、強制的に新たな世界に適合される。

 それは生まれ変わると称するのも控えめなほどの変化、激変だ。


 勇者と呼ぶに相応しい身体能力の劇的向上、経験に基づく特殊能力の獲得、コミュニケーション不全を起こさないための言語の自動習得まで含まれる。

 元の常識なんざ、ゴミ箱に投げ捨てろ。まともに考えるだけバカバカしい。



 馬車に揺られながら信じられないが信じざるを得ない話を反芻し、気がつけば魔物討伐のための目的地に到着していた。

 半分以上現実逃避なのだが、長距離の馬車の移動でなにがあったかは、語らずにおこう。思い出したくないだけともいう。


 わずか一日半の旅程で数キロは痩せただろうか。胃の中には何も残っていない。

 今日は騎士団と合同で魔物退治だ。気合を入れなおさねば。


 げっそりとしながら馬車を降りると、地面に寝転んで深呼吸だ。まだ揺れているような気がしてならない。

 少しの距離なら問題なくなったが、長距離はまだ無理があったようだ。馬車はもう嫌だ……。


「大門殿、大丈夫ですか? すぐに出発したいのですが」


 こいつは今回の遠征の指揮を任されている騎士だが、心配げに俺を気遣う。

 最も期待されている戦力がこのザマでは心配にもなるだろう。


「……少し休めば大丈夫だ。すまんが、水をくれないか」


 差し出されるレモン水に口をつけると、スッとするような爽やかさに少しは気が紛れた。

 今回の遠征に参加している騎士は、その半分以上が新人だ。今後出現するだろう魔神の眷属や、活性化している魔物に備えて増員された新戦力ということらしい。

 騎士であるからには、それ相応の実力を備えているはずだが新米は新米だ。俺も勇者として多少は面倒を見てやらなけりゃならんわけだ。


 そういえば初めてグシオンを倒した時の褒美以外では特に褒美やら報酬やらの話はないな。

 命を賭した戦いの対価が、王宮でのメシ代と宿代だけなら話にならん。その辺の話もきっちりと付けておかなければ。


 俺と同じく長距離の馬車移動で参っている騎士もいるにはいるが、ぶっ倒れるほどではないようで、少しの休憩後にさらに俺の回復を待って作戦の開始が告げられた。



 問題のゴブリンの亜種どもは群れを作って洞窟に住み着いているらしい。

 目的の洞窟までは街道を外れた山中を隊列を組んで進む。

 隊長を先頭にして、俺は最後尾を付いていくだけだ。


 しばらく山歩きをして中腹に至る頃、行軍が停止する。呼ばれて先頭に行くと、開けた場所を見下ろす位置に出た。


「あれがそうか?」

「情報どおりの場所ですね。しかし本当によろしいのですか?」


 作戦と呼べるか分からないが、この隊長と相談して決めたやり方は脳筋そのもの。


 俺が単身で洞窟に突撃して群れのボスを始末する。

 逃げ出した雑魚は洞窟の入り口を囲んだ騎士団で殲滅する。

 これだけだ。


 ゴブリン如きが少々強力になったところで、今更俺の敵ではない。油断していいものではないが、誰にも邪魔をされずに新たな力を存分に試したいのだ。


「お前は新米どもの心配だけしてろ。逃げて出てくるのがいるはずだから、そっちは任せる。無理はするなよ」


 分かれて戦うことになるが、最初だけは合同で戦う。

 洞窟の前の開けた場所にはゴブリンが思い思いに過ごしているから、そこだけは全員で仕掛ける算段だ。



 一度仕切り直してきた道を戻ると、騎士の隊長が偉そうに新米に向かって訓示を垂れる。それが終われば突撃開始だ。

 短い訓示の後は、さっき覗き見ていた斜面を駆け下りて急襲を仕掛ける。


「総員、進軍!」


 隊長の号令と共にゆっくりと進み、広場が見えたら一気に行く。


「行くぞっ!」


 到着するや否や勇者らしく先陣を切り、誰よりも早く広場に駆け下りると、手当たり次第にゴブリンを殴りつけては葬り去る。

 相変わらずの素手だが、これには事情がある。


 訓練中の実験で分かったことだが、ナイフのような刃物だけではなく、革のベルトを拳に巻きつけただけでも拳闘無比の恩恵は著しく下がる結果になった。グローブのようなものでも駄目で、あくまでも素手でなければならないらしい。


 防具についても同じで、それが何であれ防具と認識できるような何かを身につけると、拳闘無比の能力はほぼ受けることができなくなった。

 通常の服であれば問題は少ないが、上半身だけでも裸になると能力がより高くなる。さすがに裸でいるのは嫌だから服は着るが。


 とにかく最初から全力で動く。能力を発揮できる時間とインターバルに慣れるためにも、雑魚が相手でも全力でやっておくべきだ。

 遅れて突撃してきた騎士団を横目にしながらも、遠慮なく三分間は全力でやる。

 そして、洞窟前の広場は三分もかからずに制圧できてしまった。


 拳闘無比のスイッチを早めに切れば、インターバルも相応に短くなる。

 この辺のオンオフも訓練を重ねていけば、いずれはインターバルをあまり気にせず戦えるようにもなるかもしれない。それにはまだまだ経験が足りないが、今後に期待が持てる。


 騎士団が邪魔なゴブリンの死体を片付け、配置に付くのを見届けると単身で洞窟に飛び込んだ。

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