凄まじきは勇者の力【Others Side】
勇者は類稀なる身体能力を持つと同時に常人を遥に越えた特殊能力を持っていますが、この特殊能力がまた格別です。
常人が何年もの研鑽の果てに至るような境地を、努力もなしに最初から超えている場合すらあるのです。
しかも持ち得る能力の種類も多彩で、やり方にもよりますが、ほとんど隙がないといってもいいほどバリエーションに富んでいます。
そんな勇者たちの中にあって、白兵戦に特化している者がいます。
合宿地の訓練場では若き勇者が騎士との模擬戦を実施し、その持てる力を存分に見せつけていました。
「どうした、どうした! まだまだこれからだろ!?」
スポーツ少年こと戦車の勇者は、百人組み手のように次から次へと挑み掛かる騎士との模擬戦で勝利を重ねていました。
彼は槍を武器として戦っていますが、その槍捌きはお世辞にも上手いとは言えません。
しかし騎士との模擬戦では連戦連勝で、それができる理由は単純明快。勇者の力があればこそです。
攻撃面では力も速さも圧倒的だからこそ、技が未熟でもごり押しで勝つことができます。
防御面では彼の特殊能力が大きな助けとなっていました。
数いる勇者の中でも戦車の勇者だけが持つ特殊能力『物理耐性』は、その名のとおりに全ての物理的な攻撃に対するダメージを大幅に減じることができました。無効化まではできませんが、通常の人間が発揮できる程度の攻撃ではビクともしないのです。
斬ろうが突こうが叩こうが平然と反撃をしてくる相手では、ベテランの騎士であっても物理攻撃だけではなす術がありません。
対指定災害用の兵器や魔法を使えば違った結果を出すことも可能だったかもしれませんが、あくまでも魔法を使わない一対一の戦闘訓練において、戦車の勇者は反則じみた強さを発揮しました。
未熟な技術を補って余りある勇者の体のスペックの高さと、特殊能力の優位性による強さでしかないのですが、若き勇者は多かれ少なかれ不相応な自信を身に付けつつあったのです。
特に一部の勇者は調子に乗り始めており、騎士団から注意を受けていましたが、彼らがそれを聞き入れる様子はありません。
戦車の勇者は、その良くない兆候の見られる一人だったのですが、当の本人はどこ吹く風です。訓練でも技術を磨こうとするのではなく、ただ単に力を振るうだけに終始しました。
無論、ただ暴れるだけでも恐ろしい強さがありますが、王国や騎士団が求めているのはそれではありません。
持てる能力を十全に発揮できるようになることが肝要なのですが、現状で不満がない中で努力をすることはなかなかに難しいのかもしれません。
模擬戦を行うべく順番待ちをしていた、力の勇者たる少女は冷めた目で戦車の勇者の戦いを眺めていました。
彼女は戦車の勇者と同じく白兵戦を得意とする能力を有していましたが、元からレスリングをやっていたこともあって技術に磨きを掛けることに余念がなかったのです。
勇者としての基本的な能力の高さに手ごたえを感じてはいましたが、騎士の戦闘巧者ぶりには舌を巻いてもいたのです。
そもそも騎士団とは、国の精鋭が集まった一団です。
剣術や槍術のみならず、徒手空拳での格闘に秀でた者も多く在籍しています。その彼らの技術は、高校レスリング部で頂点を目指していた彼女から見ても明らかに強者のそれであったのです。
勇者の力がなければ小娘扱いされても仕方がないほど技術に差があったことを認識していました。
望外に与えられた勇者の力を別にすれば、彼女は騎士たちに劣っています。力の勇者たる少女は、謙虚にその事実を受け止めていました。
しばらく暴れて満足したのか、戦車の勇者は模擬戦を切上げて力の勇者と交代します。
「どうだ、見たかよ? あんなんじゃ、俺の相手にならねぇな!」
言い放って笑う戦車の勇者でしたが、話し掛けられた力の勇者は冷めた目線を返すのみです。
「ちっ、無愛想女が。あ~あ、つまんねぇ」
力の勇者は完全に無視して騎士との模擬戦に臨みます。
そこには技術の研鑽を重ねた騎士に対する尊敬があり、さらなる強さを手にしようとする意欲がありました。
戦車の勇者とは違って、力の勇者には便利な『物理耐性』の特殊能力はありません。
彼女が備えている物理攻撃に有効な耐性は、汎用的な特殊能力である『上級打撃耐性』のみです。斬撃や刺突に対する特別な耐性は持っていないのです。
しかし彼女は勇者として新たに獲得した身体能力や反射神経、持ち前の技術によって騎士の攻撃を的確に捌き、その最中にも騎士の強者から技術を学んでいます。ただ単に勝つだけではないのです。
騎士団がどのように両者を評価し、接していくかはおのずと知れましょう。
同じ騎士団との訓練でどれだけ勝利を積み重ねようと、戦車の勇者には叱責と厳しい評価が。力の勇者には、ただ賞賛が与えられました。