望まぬ召喚、希望の召喚【Others Side】
大混乱に陥り収拾の付かない儀式の間を落ち着かせたのは、涼やかに鳴り響く鈴の音でした。
シャン、と一度だけ鳴らされた鈴に誰もが目を向けます。
鈴は錫杖のように長い杖の頭に付けられていて、金と宝石から出来ている非常に高価な物です。
注目が集まると、続けて良く通る声が響きました。
毅然としたその声の主は混乱を物ともせずに指示を下します。
態度、声音、身に付けた装飾品から、高貴な身分であることが察せられます。それに加えて特別なカリスマの持ち主でもあるようです。
「皆の者! 粛々と対処なさい。医師は怪我人の手当てを至急、慌てずに。文官と武官は召喚された皆様を謁見の間にご案内なさい。くれぐれも失礼のないように、慌てず落ち着いて。あとの説明は陛下が直々になさってくださいます」
どうしようもない混乱の最中にいる若者たちを『勇者』などと呼べばさらに混乱させてしまうだけです。その言葉を避けたのは賢明な判断でしょう。
聡明な女性はこの国、バルディア王国の王妃でした。
王妃の毅然とした声と、平身低頭の文官、武官の対応によって、混乱から立ち直ったとまでは言い難い若者たちですが、意味不明の言動をすることはなくなりました。ひとまず落ち着いたとはいえる状態です。
到底納得などできる状態でも状況でもありませんが、わめいても事態が好転しない事は若い身空であっても理解できるでしょう。
若者たちは湧き上がる疑問や不安を押し殺して、大人しく案内にしたがって付いていきます。
低い物腰で丁寧に接する文官、武官の態度が良かったのかもしれません。あるいは剣を佩いた鎧の騎士に本能的な恐れを感じたのかもしれませんが。
移動した先では国王による説明が始まりましたが、若者たちは気もそぞろです。
現実感に乏しい見慣れぬ城のなかで、御伽噺に出てくるような王様からの説明など、果たしてどれほど頭に入っていくでしょうか。
半分以上の若者にとっては全く頭に入っていかなかったでしょう。理解できたとしても、納得できた者はもっと少ないでしょう。
柔軟性があり理解の早い若者であっても、信じ難い現実を受け入れ始められたのは、夜が明けた翌日になってからのことでした。
彼らにとって誘拐よりもタチの悪い異世界への召喚は、個人によって受け止め方は様々です。
絶望と感じるか、それとも希望と感じるか。
個人個人の環境や事情、性格によるのはもちろんですが、どうあがいても今すぐ元の生活に戻ることは叶いません。すでに否応なく勇者としての使命が授けられてしまったのです。
あとはどうするか。
無理強いしたところで大した成果は残せないでしょう。
召喚した側にできることは、彼らをどうにかしてやる気にさせる何かを考えることです。
飴と鞭の使い分けです。権謀術数に長けた百戦錬磨の貴族や官僚は、年端も行かない若者を望む方向に進ませるなど造作もない事だと考えているのは間違いありません。現実はそう簡単にはいかないものですが。ましてや、異世界の少年少女なのですから。
しかし、見方によっては惨い行いも、彼らにとっては必要不可欠なことなのです。
勇者が期待通りの働きをしなければ、それこそ死活問題となるのですから。