塞がれた退路
謁見の間から一度自室に戻ったが、すぐに騎士団の駐屯所に招集を掛けられた。
今回は騎士団も帰っていることだし、単独で戦わされることはないだろう。それに前回ハードなのを経験したお陰か、割かし気楽に構えていられる。さすがに前回よりもマズイ事態なんて起こらないだろうからな。
慌しい空気の中、一応は空気を読んで急ぎ足で馬車に乗り込み、騎士団の駐屯所に向かった。
前の時と同じく、馬車の停留所のようなところでは騎士が待ち構えていた。
挨拶もそこそこに案内にしたがって付いていくと、そこは以前と同じく副団長がいた部屋だ。
「アルノー団長、勇者さまをお連れしました」
副団長ではなく、今度は団長か。謁見の間にもいた奴だな。
部屋に通されると副団長の姿はなく、団長の姿があるのみだ。しかし、どうしたことか、団長は長椅子にうつ伏せになって横たわっていた。
「このような姿ですまない、刑死者の勇者殿。それにしても我が騎士団の者どもが怯むほどの面構えだな。はっはっはっ」
「顔のことはよく言われる。それはいいが、いったいどうしたんだ? それに副団長はいないのか?」
俺の悪党面のことなんてどうでもいい。それより、こいつは一体なんで寝たままなんだ。
「グリューゲル副団長は所用で出かけていてな、しばらくは戻らん。わしはその、腰の調子が急に悪化してな。立ち上がるのがやっとの状態なのだ」
「……あの不吉な鐘を鳴らすほどの大事じゃなかったのか? 副団長不在に団長のあんたまでそんなんで、どうすんだよ」
呆れるのも当然だろう。腰痛持ちの騎士団長ってなんだよ、全然使えねぇ。
「はっはっはっ、こちらには刑死者の勇者殿がいるではないか! 今回も頼むぞ」
なに言ってんだ、こいつ。
まさか、また俺だけにやらせる気か?
「ちょっと待て、他の勇者はどうした?」
「他の勇者殿はまだ合宿で王都にはおらん。それに若い勇者殿では、あれと戦うのはまだ無理がある」
突っ込みどころが多すぎるな。
初対面の団長だが礼儀など知ったことか。その辺にはうるさくなさそうだし、俺もざっくばらんにいかせてもらおう。
「状況が分からんから順番に整理させろ。まず敵とはなんだ?」
「うむ、言わずと知れた第二種指定災害だ。それもまたグシオンが出おった。今回は小型ゆえ、勇者殿であれば問題なかろう」
またかよ、あの化物か。
「そういう問題じゃねぇ。俺以外の勇者がいない、副団長もいない、団長のあんたも無理、それでも他の騎士や兵士がいるだろう。なんでもかんでも俺だけにやらせるな!」
「そうは言っても、あの脅威に対抗するのは並大抵ではないぞ。騎士や兵士が戦えば犠牲は避けられないが、刑死者の勇者殿であれば全てが上手くいくのだ」
合理的な考え方は嫌いではないが、それで俺が苦労をせねばならんとなれば抵抗もしたくなる。
「良く考えてみろ。あんな恐ろしい化物と正面切って、しかもたった独りで戦わされる身にもなってみろ。いくら勇者の力があっても、死ぬときゃ死ぬ。別に不死身になったわけじゃねぇだろ。はっきり言って、冗談じゃねぇぞ」
「確かに、そう言われてみればそうだが……。しかし騎士と兵士には、別方面での魔物に備えて既にそちらの警戒に出してしまっている。今更変えることはできんのだが」
こいつ、退路を塞いでやがる。わざとやっているのか、偶然なのか、この国の奴らは詐欺師みたいのしかいねぇのか!
そういや、王様にも直々に手伝ってくれと言われているし、結局はやるしかねぇか。クソッ!
「分かったよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあよ! そうだ、せめて武器を寄越せ。メリケンサックはあるか?」
「メリケ、なんだ?」
「メリケンサックだよ! なけりゃ他の武器でもいいから寄越せ。もう素手でやる気はねぇぞ」
前回は全裸で石ころを握り締めて戦ったからな。我ながら今思い出しても笑えてくるが、笑い事じゃない。武器は必須だろう。
「それなら武器庫に行って好きなのを持って行ってくれ。わしは動けんから、表で控えているのに案内させるとしよう」
「遠慮なく持ってくぞ。もうなんでも掛かってきやがれ!」
団長の部屋を出ると、すぐに武器庫に案内させた。
見たところ武器の類は沢山あるが、剣と槍がほとんどだ。剣や槍など貸してもらったところで、訓練もなしにまともに使えるはずがない。
なにかないか……。ナイフくらいなら使えるか。
ざっと見て回っていると、木箱の中に目的のナイフがたくさんあった。他に使えそうなものはないし、これでいいか。素手よりはマシだ。
できれば防具も欲しいところだが、騎士甲冑なんかを着てまともに動けるとは思えないし、他に良さそうなものもない。
前回の経験から問題ないと判断して、ナイフを二本だけ拝借して武器庫を後にした。