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謁見

 王との謁見当日。

 慣れない、というよりも向いていない礼儀作法や丁寧な言葉遣いの訓練は熾烈を極め、一応の形になるにはなったところで、疲労困憊のまま時間を迎えた。


 今日は分厚い雲が空を覆う薄暗い空模様だ。雨が降ろうが外に出る用事はないから個人的にはどうでもいいことだが、どことなく憂鬱な気分は増す。


「……バックレてぇ」

「ばっくれ?」

「いや、なんでもねぇよ。それよりいつまで待たせるんだ?」


 謁見のための控え室で付き添いのマクスウェルと一緒に開始を待つが、予告された時間になっても始まる様子はない。

 長い待ち時間に苛立ちが募り帰りたくなるが、呼びつけておいて人を待たせるとは太ぇ野郎だ。

 王様だからって下々の者に無礼を働いていい理由にはならんだろうに。


「謁見は順番に行われますから、もしかしたら前の方の謁見が長引いているのかもしれません。大門殿にはお待たせしてしまい申し訳ないのですが」

「お前が気にする事じゃねぇよ。こっちのほうこそ、お前も暇じゃねぇだろうに、こんなところまで付き合わせて悪いな」

「いえ、ここまでが私の役目と思っておりますので」


 謁見にはマクスウェルは同席しない。独りで知らん奴らの前に出るのも心細い気もするが、ガキじゃあるまいしそこまでは言えない。

 さらに時間は過ぎ、用を足してきたところで、ようやくお呼びが掛かった。

 世話になったマクスウェルに軽く手を振ってから、仰々しい扉の向こうに、いざ進む。



 初めに感じるのは、映画の空間に迷い込んだかのような錯覚だ。

 これまでにも現実離れした見慣れない景色ばかりだったが、ここは別格だ。


 絵に描いたような謁見の間。

 高すぎる天井と大きく荘厳なステンドグラスが非日常感を強く演出する。

 中央で長く伸びる真紅の絨毯の先は階段状に高くなっていて、最上段には巨大な玉座がある。


 贅の限りを尽くした飾りの王冠にマント、錫杖、どれもが国宝だろう。それを身に纏う王は、威厳に満ちた貫禄を備えている。


 教わった事前情報から考えて、王の脇にいるのが王妃と王子、王女で、さらに一段下には宰相と思われる老人と王国騎士団団長と近衛騎士団団長も控える。そういや騎士団長は合宿に行っているはずだと思ったが、戻っていたのか。


 玉座に向かって伸びる真紅の絨毯の横手には、貴族や騎士が列を成して控え、俺の事を凝視している。視線が鬱陶しい。

 教わったとおりに前にゆっくりと進み、階段の少し手前でひざまずくと、頭を垂れて王の声が掛かるまではじっとする。

 面倒な手順だ。とにかく早く終わらせたい一心で、余計なことはせず教わったとおりに、あるいは言われたとおりにやっておく。


「……刑死者の勇者、大門殿。面を上げてくれ。それから勇者殿は我が国の大事な友人でもある。我が身が王とは言え、遠慮などすることはない」


 この言葉をもって、いわゆる直答を許す、という感じになるらしい。台本どおりだが特に文句もないし慇懃に答える。


「感謝致します、国王陛下。お目に掛かれて光栄に存じます」

「……ふむ、良い面構えをしておる。年が上のせいか、他の勇者殿とはどこか違う印象を受けるな」


 お褒めに預かり光栄だが、俺のように人生終わっている奴には怖いものなんてないからな。王様だろうが、なんだろうが、いちいち緊張なんてしやしない。

 無闇に堂々とした態度から違いを感じ取ったのだろうが、本来それはいい意味ではないはずだ。今回は偶々いいほうに解釈されたようだが。


「此度の働き、誠に見事であった。第二種指定災害の単独討伐など記録にもなかろう。メルバーンよ、どうだ?」

「左様でございます、陛下。調べさせましたが、初の快挙で間違いありませぬ」


 淀みなく答えたのは宰相だ。こっちも王に負けず劣らず威厳を備えた人物だが、少し神経質そうな感じがする。


「多くの民と兵に代わって礼をせねばならんな。勇者殿、此度の功績への感謝の印として、褒美を取らせたい。何か希望はあるか?」


 これも想定内だ。マクスウェルからも、内々に褒美の話は聞いていた。その答えも事前に認められている。

 台本どおりだが、こっちの希望が叶うようで、こればかりは素直に喜んでおこう。


「はっ、王国の民として生きていくにあたり、屋敷を賜りたく存じます」

「我が国の民としてか。その言葉、嬉しく思うぞ。メルバーンよ、刑死者の勇者殿に見合ったものを用意せよ」


 気に入らなければ国など関係なく出て行くが、今のところは不満も少ないし、外国のほうがいいとも限らない。

 王様といい関係が築ければ、俺の生活も楽になるだろう。

 ずっと根無し草だったり逃げ回り続けていた俺は自分の家というものに憧れがある。そうでない時期に住んでいたのも、汚いアパートだったしな。

 お国がわざわざ褒美として用意してくれる物件なら、きっと想像以上のものになると期待できる。



 その後は王子や王女から浴びせられる質問を面倒に思いながらも丁寧に答えていると、またもや例の鐘の音が鳴り響いた。

 謁見も終わりが近づき、それが済めば今日はゆっくりできるはずったのだが、そうも言っていられないだろうな。


 騒然とする謁見の間に落ち着きをもたらす、王の威厳のある号令。


「皆の者! 粛々と対処せよ。刑死者の勇者殿には手伝いを頼みたい」

「……御意にございます」


 似合わない返事をするのも、こういった場面だけだ。笑ってしまいそうになるが、なんとか我慢しよう。

 それより、今度は何が起こったのやら。

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