物知り役人
部屋に戻っていつものおばさんメイドに給仕をしてもらうと、遅くなった昼メシを流し込むように食べる。思えば今日は朝飯抜きだった。
品の良さとは縁遠い環境で生きてきたから、テーブルマナーなど心得ているはずもない。むしろ、いつも追われるようにして食事を摂っていた時の癖は簡単には抜けず、我ながら酷いものだと思う。こうして改めて振り返ってみればだがな。
良く教育されたメイドはそんな様子にも不快そうな顔など見せず、いつも甲斐甲斐しく給仕してくれる。
このおばさんメイドがあと二十歳若ければ、本当にどうにかなったかもしれないな。
しかしいつまでもこの環境に留まるのも落ち着かない。
ずっと高級ホテルに滞在しているような感じで待遇には文句の付けようもないが、どこか気が休まらないのも確かだ。
どこかのタイミングで自分のヤサでも確保して、そっちに住むようにしたいところだな。
今はまだそんな気になれないが、いずれは誰かを連れ込んだりもするだろうし。
だがそうすると生活費や金の問題が出てくるな……。
食後の茶を飲み干して、だらしなく寝そべって休んでいると、またもや訪問者がやってきたらしい。
どんなに面倒でも居候の身では居留守も使えない。やはり自分のヤサが必要だな。
呼び掛ける声とノックの音を煩わしく感じながら仕方なしに応じる。
「……開いてるよ、勝手に入ってくれ」
ドアを開けて姿を見せたのは、俺と同じ年頃の穏やかで賢そうな男だった。
初めて見る顔だが、ゆったりとした高そうな服から、どこぞの貴族の若様といった印象を受ける。
こっちの顔を見るなり一瞬だけ硬直したのを見逃さなかったが、何事もなかったように振舞って見せた。
俺は人相が悪いからな、よくある反応だ。今さら別に気にならない。
ソファーに寝そべった体勢から座り直すと、男は律儀に挨拶をしようとしたが止めさせた。
こいつらの文化なんだろうが、とにかく挨拶がいちいち長くて回りくどい。
季節や時候の挨拶から始まり、こっちを褒め称えてご機嫌伺いをし、遠まわしに言葉を並べ立てながら、言いたい事へ徐々に迫っていくスタイルだ。
漠然と聞いているだけでは、結局何が言いたいのか分からない。
当初、休養している時に偉そうな身分の奴から何度も同じ様な言い回しをされて頭にきたから、はっきりとものを言って止めさせることにした経緯がある。
分かりにくい上に時間の無駄だ。はっきりと言えば、俺が異邦人という事で不満そうにしながらも理解はしてくれる。
ついでに他の勇者たちも俺と同じに思っているだろうから止めるようにと忠告までする優しさよ。俺はノーと言える人間なんだ。
ともかく、それ以降は俺に向かって無駄な挨拶をする奴は居なくなったはずだが、こいつは知らなかったのかもしれない。
「申し訳ない勇者殿。話には聞いていましたが、初対面ゆえきちんとした挨拶のほうがいいかと思ってしまいました」
「そこまで気にしなくていい。堅苦しいのは苦手なんだ。それで、お前は?」
「私はマクスウェル・ゴーリエルと申しまして、王宮で内務の職に携わっています」
役人だったか。なんの用だろうな。せめて今日はもう面倒なことを押し付けるのは止めて欲しいが。
「そうか。俺のことは知っているだろうが、刑死者の勇者と呼ばれているな。名前は大門トオルだ。好きに呼んでくれ」
「では大門殿と。大門殿は王国騎士団不在のなか、第二種指定災害討伐の偉業を成し遂げられました。本日はこの偉業を称えるべく、我が王が謁見されるとの知らせを持って参りました」
なにやらまた面倒くさそうな話だな。
「謁見だと? 堅苦しいのは苦手なんだがな。それより、第二種なんとかってのはなんのことだ? それだけじゃなく聞きたいことが色々とある。少し時間はあるか?」
「ええ、問題ありません。謁見に際して守って頂きたい作法をお伝えする目的もありますし、時間は十分に確保してありますので」
「悪いが知らないことだらけでな。せっかくなんで頼むわ」
貴族は取っ付き難い印象があったが、このマクスウェルは同年代だし穏やかな雰囲気があるからか話しやすい。騎士団が戻ったら聞こうと思っていたことも、ついでに聞いてしまうことにした。
マクスウェルは話好きなのか、聞いてもいないことまで色々と教えてくれる。
貴族らしく話術が巧みで飽きさせないし、俺のようなざっくばらんな態度にも大らかで思ったよりも有意義な時間となった。