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油断大敵

 片目を潰した魔物が怒り狂って暴れているが、化け物相手に同情心が湧くことはない。うるせぇなと思うだけだ。

 この後の事を考えながら親指の汚れを気にしていると、遅まきながら異変に気づく。


「ぐっ!? うおおおおおおっ!」


 悠長に棒立ちしていた俺はまさかの攻撃をまともに受けてしまった。

 意外すぎる遠距離攻撃だ。目の前に突然現れた炎の固まりを、なす術もなくモロに食らってしまう。

 激しい炎に体が包まれ、一瞬で服が燃え上がり塵と化す。


 焦り驚き、思わず情けない悲鳴を上げてしまうが、同時に強烈な違和感を抱く。

 酷い火傷で感覚が麻痺してしまったのか、大して熱くないし痛みも感じない。

 違和感はあるが、対処はしなければならない。燃え盛る炎に包まれて眩しさに目を瞑りながらも、火を消すべく地面を転げまわった。


 無様に転げる俺に襲い掛かるさらなる攻撃。このチャンスを化物も逃しはしなかったようだ。

 突如炎を突き破って迫りくる化物の足を避けることができずに、またもや攻撃を受けてしまう。


 ボールのように軽々と蹴り飛ばされると、スローモーションの世界の中で流れる景色を見た。

 蹴られた衝撃と風圧か、それとも時間制限でもあるのか、いつの間にか火は消えている。蹴られた衝撃はそこそこあったが、痛み自体は大したことはない。感覚が死んでしまったのか?


 その割に意識ははっきりしているし、飛ばされながらも体勢をコントロールする余裕まである。


 綺麗に着地を決めると、すぐに体の具合を確かめる。

 全裸だ。服は燃え尽きているから、ひと目見ただけで怪我の具合が分かるはず。


「……どうなってやがる」


 おかしい。あれほどの火に焼かれて無傷のはずはない。

 だが、俺の体に火傷はないし、他にも傷らしいものは全くない。髪を触ってみても、チリチリになっていることはないし、いつも通りの感触だ。


 幻かと思いきや、服が燃え尽きたのは間違いない。どういうことだ?

 それに、あれほどの巨躯を誇る化物の蹴りをまともに受けた割には、痛みらしい痛みも感じなかった。


「訳が分からんな。これも勇者の力なのか?」


 なにはともあれ怪我がないのなら別にいいか。

 確証がない状況でもう一度同じ攻撃を受けてみる気にもなれないし、あとで騎士団の連中にでも聞いてみよう。

 そういえばさっきの炎は魔法か? 化物の分際で魔法を使うとは恐れ入る。


 魔法、魔法か。俺にも使えるのだろうか?

 まあ、いい。続きといこうか。今度はこっちの番だ。


「さあ、仕切り直しだ。今度はもうやらせねぇ」


 化物に言葉は通じないが、気合を入れるために口に出す。全裸になったせいか、不思議と体も軽く感じる。

 とはいえ、殴り殺すのは時間が掛かりそうだし、時間を掛ければまた思わぬ攻撃に晒されるかもしれない。

 なにか武器が欲しいところだ。だが、こんなところに都合よく転がっているはずもない。


「しょうがねぇ、原始的にいくか」


 手ごろな大きさの石を掴み上げると、振り下ろすような素振りをしながら感触を確かめる。


「これでいいか」


 この間、化物は猪突猛進を止めたのか、こっちの様子を伺っていた。もしかしたら、畜生よりも多少は知能が高いのかもしれない。


 石を握り締めたまま今度はこっちから接近する。

 彼我の速度差は絶対だ。逃げるどころか、まともに反応する事さえ許さない。


 易々と化物に接近すると、硬い石を脇腹に叩き付けてやる。

 本当は顔面や頭を殴りたいが巨体のこいつが立った状態では届かないから仕方ない。

 一発だけではない。連続で、何度も何度も息が切れるまで殴りつける。途中で石が砕けると、適当なのを拾い上げて続ける。

 全裸で石を握り締めて戦う自分の姿を想像したら、なんだか笑いが込み上げてきた。


 化物は苦し紛れに炎を撒き散らすが、そんな雑な攻撃には当たらない。

 辺り一面が燃え盛る地獄のような光景になりつつあるが、どうやら俺に火は効かないらしいし、熱と暑さは感じても戦闘に支障が出るほどではない。


 しばらく攻防を続けていると尖った石でも当たったのか、いつの間にか化物の硬い皮膚は破れドス黒い血に塗れている。

 返り血を浴びて俺も血塗れになるが、全裸で服の汚れを気にする必要がないのは良かったのかもしれない。集中できるからな。



 どれほど滅多打ちにしてやっても倒れない化物に対して、ムキになって殴り続ける。恐るべき耐久力だ。

 疲れて息が上がり、少し休もうかと思って最後に握り締めた石を思い切り顔面に向かってぶん投げた。


 それは思いのほかいい所に当たったのか、脳震盪でも起こしたのかのように、ふらついて倒れる化物。さすがに消耗はしていたか。

 なんでもいいがこれはチャンスだ。


 うつ伏せに倒れた化物に歩み寄ると、慎重に猿のような頭を掴んで意識が朦朧としていることを確かめる。だがまだ死んだわけではない。


「下手に頭を殴っても、すぐには死にそうにねぇな。むしろ殴って起こしちまうほうが面倒か」


 あの耐久力だ。胴体よりも顔面や頭を殴ったほうがダメージは与えられるだろうが、こっちも疲れているし殴るのも嫌になっているところだ。

 もういい加減に終わらせたい。


 そうだな、殴ってダメなら折ればいい。立ち会った状態では無理だが、倒れて大人しくなった今ならできる。


 掴んだ頭を抱き込むように抱えて力を込める。素肌に当たる感触が気持ち悪いがここは我慢だ。

 痛みか苦しさかで目を覚まして暴れようとする化物だが、ここまでくれば逃しはしない。

 そのまま強靭な筋肉に包まれた首をねじ切るようにして圧し折ると、ようやく暴れる化物も静かになった。


「ぜぇ、ぜぇ、ふぅ……やっと終わったか」


 戦闘の熱が冷めると急に我に返る。

 全裸で返り血に塗れた俺のなんと滑稽な姿だろうか。

 取りあえず服を着たいが、手ぶらではどうにもできない。街門も閉まっているしどうしたらいいんだ。外壁の上からこっちを見ている奴らもいるし、そのうち迎えがくるんだろうか。

 しょうがねぇ、とにかく待ってみるか。

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