脅威との遭遇
まだ惰眠を貪っている早朝に、勇者と騎士団の大部分は出発して行った。
王都に常駐する騎士団は、国境に配備された騎士団とは違った役割があるが、比較的フレキシブルに動かしやすいらしい。時々に応じた任務が与えられるということだ。
さて、残った俺は何をすればいいのかと思いきや、またもや近隣に魔物が湧いたらしく、非常時用に残されていた騎士団も出かけてしまったのだとか。
今回は急ぎだったらしく、俺は起こされることもなかったらしい。不吉な鐘が鳴らなかったことからして、それほどの事件ではないと思われる。
本来なら残った騎士団の彼らと俺とで何か訓練をするらしかったのだが、残念ながらそれはまた後日になるようだ。
特にやる気のない身としては、のんびりとできることを歓迎する。せいぜいゆっくりとさせてもらおうじゃないか。
朝食後に暇そうなメイドを捕まえて城下町のことなんかを聞いていると、先日もあったばかりの不吉な鐘がまた鳴り響き始めた。
不吉で不安を煽る鐘の音だ。こんなのがしょっちゅう鳴り響くなんて最悪だな。いくら危険を知らせるためとはいえ、これだけでこの街に住むのが嫌になりそうなものだ。
「おいおい、今は騎士団が不在じゃなかったか?」
「勇者さま……」
不安そうに一応は勇者の俺を見るおばさんメイドだが、いったいどうしろと。
自分から勝手なことをするつもりはないから気休めの言葉を探していると、慌しい訪問者がやってきた。
「勇者殿! 刑死者の勇者殿はおられるか!?」
うるせぇな。騒がしい奴だ。
「部屋にいるよ! デカい声出さなくても聞こえてるから入ってこい」
「おお、良かった! 勇者殿、助けてくだされ!」
額に汗を浮かべたおっさんが勢い込みながら唐突に助けを求める。
少なくとも楽しい話でない事は間違いないが、話くらいは聞いてやらないと収まりそうにない。
「……はぁ。俺にできることならやってやるが、まずは訳を話せ。何がどうなってる?」
「さすがは勇者殿だ! ぜひ頼みます。あれは我々の兵士では対抗するのが難しいのです。闘志の高いあなたのような勇者殿にならお任せできる!」
話を聞かない奴だな。若干苛立った視線をぶつけるものの、なんとか大臣だったと思うこいつは、余程慌てているのか全く気づかない。
さらには急き立てるように連れ出そうとする。
「おい、話を聞け! なにがあったんだよ?」
「今は時間がありませぬ! 魔物です、騎士団や他の勇者殿がおらん今、頼れるのは刑死者の勇者殿だけなのです!」
ダメだこりゃ。話にならんな。
どんな魔物がどれくらいってのが知りたいんだが、まあ実際に見れば分かるか。聞いたところでどうせ魔物のことなんか大して知らないしな。どの道やらざるを得ないのだろうし仕方ないか。
諦めてなすがままに付いていくと、外に出たところでまた例によって馬車に乗せられた。これだけは本当に嫌だな。
名前も知らない、なんとか大臣と一緒に馬車に揺られること、どれほどの時間か。
猛スピードで走る馬車の揺れは、ちょっとしたアトラクションを遥に凌駕する迫力で、逆に面白く感じたせいか気持ち悪さはそれほど感じなかった。
少しは揺れに対する耐性が付いたのかもしれない。
「さ、勇者殿、あとは頼みましたぞ!」
着いたのか。馬車を降りると、そこは城下町を通り過ぎた先の街門から少し離れた場所だった。完全に街の外だ。
意外と目的地は近かったなんて思っていると、なんとか大臣は馬車から降りず、そのまま街の中に帰っていった。
そして、ゆっくりと閉じられる街門。
独りだけで、ぽつんと外に取り残される結果になってしまった。なんだ、この状況は。
事態も把握できず、当惑するだけだったが、魔物とやらの近づいてくる音で我に返った。
まばらな林の中を歩いてくるソレは、この位置からでも良く見える。
それは先日見たゴブリンと同じ様な人型の魔物だ。
ただし、体躯が圧倒的に大きい。遠目から見て、縦も横も俺の体の三倍くらいはありそうだ。デカい。
「……なんだありゃ、化物かよ」