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09 夏の暮れ、雪ふる。





新章『お山の砦編』開幕です。




お楽しみいただきますよう。



では、



どうぞ。













『緊急の事案が発生 直ちに砦へ帰還のこと』


魔術で飛ばされた書簡にはそれだけが書かれてあった。


書簡は最も早く飛べる鳥、ハヤブサの形をしていた。

速度を重視しているのだから、余程のことだろう。


要請に応えるべく、最速で砦に戻った。


こちらの緊急事案を後回しにして。




「特使の到着に間に合って良かったですね! 助かりました、 ありがとうございます。もしかして怒ってます? まさか怒ってませんよね?」


そこまで広くないはずの執務室で、ずいぶんと端の方から声がする。

壁に貼り付いた位置にいる男は、にこにこと胡散臭い笑い顔で、わかりやすく自分の上司のご機嫌を伺っていた。


「なぜ俺が呼び戻される」

「この砦の責任者ですから……」

「それは俺じゃない。お館様はどうした」

「団長が呼び出されて中央に出かけた直後に、息抜きだとか、憂さ晴らしだとか言いながらご静養に行かれましたよ」

「なぜ俺が出かけた後に出かける」

「面白いからでしょうね」

「普段は引き篭もって部屋から出ないくせにか」

「面白いからでしょうね」

「どうして代表が砦からひとりも居なくなる事態を作る気になる」

「それも面白いからでしょう」

「……俺はこの怒りをどこにぶつけたらいいんだ」

「あ、やっぱり怒ってます? とりあえずお館様がお戻りになるまで我慢してもらっていいですか」


部下はにこにことしたまま、それを見ろとアドニスに向けて指をさした。


目の前の、美しく整頓された机の上には、薄い紙の束がきちんと真ん中に、真っ直ぐに置かれている。


アドニスは素直に手に取って、ぺらりぺらりとめくって目を通す。


1枚目には隣国の特使の名前がつらつらと並ぶ。従者も合わせて総勢で二十名。

なかなかの大所帯だ。

あとは特使の肩書きや旅の行程、予定の内容が細かく書かれていた。


「ひと月滞在するらしいです」

「ひと月?!」

「長いですよねぇ。もうすぐ雪も降り始めるのに」


この砦は中継地点の役割が主で、大概がひと晩、長くて三日ほどの滞在がほとんどだ。


確かに今は短い夏の盛り、この砦が一番良い時期ではあるが、部下の言う通り、ひと月滞在しているうちに降り始め、そのうちすぐに雪に閉じ込められてしまう。


アドニスは気が遠くなるのを、頭を支えることでなんとか堪える。




特使はまぁ、いい。面倒だが、好きなようにすれば良い。むしろ雪に閉じ込められて後悔すればいい。どうでもいい。


そう、そうだ。

この時期を逃したら、自分の緊急事案が一年越しになってしまう。


それはどうしても避けたい。

避けなくてはいけない。




「コンラッド副長」

「なんでしょうか、アドニス騎士団長」

「不本意が不本意の服を着て、その上に不本意の鎧をまとって不本意の大剣で不本意にも大立ち回りだが、副長」

「わぁお。とんだ風雲児ですね」

「………………お前に俺の緊急事案を任せる」


アドニスの部下、コンラッド副団長はにこにこと楽しげな声で、はい喜んでと答えた。





アドニスが王都を発って二十日目、リアンを訪ねて、騎士服をきちりと着こなした男がやってきた。


男は自らをアドニスの直属の部下であると話し、名前をコンラッドと言った。


きれいに修繕されて、以前よりも良くなった店をくるりと見回して、にこにこと人当たりのいい顔で笑う。


店の奥から現れたディディエの肩に刻まれた『竜狩り』の証を見ると、いっそう笑みを深めて歩み寄った。


「あなたですね! 初めまして、よろしくお願いします。コンラッドと申します」


差し出された手をディディエが握ると、ぐと力を入れて握り返す。


「とても優秀な『竜狩り』とお伺いしています。是非とも我々に協力して頂きたい」

「え? あ、ちょ……ちょっと待ってくれ」

「ええ、もちろん。我々と共に働くかどうかは、ご本人の意思に任せろと聞いておりますので……」

「いやいや、そうじゃなくって……」

「分かっていますよ、リアンさん。返事はすぐでなくとも……」

「ちょっと! 待てって! ……あんた……」

「あぁ、コンラッドと申します」

「……コンラッドさん」

「はい、なんでしょう、リアンさん」

「……俺は、リアンの兄の、ディディエだ」


ふは、と笑うとコンラッドは自分の手で額をひと撫でした。


「……申し訳ありません。あなたのその『竜狩り』の証を見て、てっきりリアンさんだと……では? 弟さんはどちらに?」

「…………お前本当にアドニスの部下か?」

「もちろんです。直接私がアドニス団長から、この件を任されて参りました」

「どう聞いてきたんだ?」

「王都にものすごく優秀なリアンという名の『竜狩り』が居るから、迎えに行けと。こちらに来るかどうは、本人の意思に任せて、決して無理強いはするなと……それから丁重に扱うように、と」

「…………間違ってない。何も間違ってないんだけどなぁ…………テイルー、ちょっとリアン呼んできてくれないか」


カウンターの奥で口元とお腹を押さえ、必死で笑いを堪えていたテイルーが、こくこく頷いて、よろけながら店の奥に入った。


遠くから大きな笑い声が聞こえる。


「……すまん。気を悪くしないでくれ」

「……はぁ」

「あいつはなんで一番肝心なことを言ってないんだ?!」

「といいますと?」

「……まぁ、こっちに座ってくれ……酒でも飲むか?」

「いえ、お構いなく」


コンラッドが勧められた席に大人しく腰掛け、苦笑いをするディディエを見上げる。


「騎士団長とはご友人でしょうか」

「ああ、うんまぁ。昔、しばらくの間、ここに居たことがあって」

「団長が?」

「……そうだ。あいつが騎士に成りたての頃な。王都に出て、すぐに今の場所に配置されただろ? この間会ったのが久しぶりだな。何年だ?……十年以上ぶりか?」

「そんなに昔からのご友人でしたか」

「ご友人なんてそんな良いもんじゃねぇよ。……ていうか、なんでアドニスが来ないで、コンラッドさんが迎えに」

「どうしても団長でないとならない仕事がありまして……本人も不本意を連発してたんですけどね。私に任すしか無かったという訳です」

「その仕事が終わってからでも良かったんじゃないのか?」

「団長はしばらく砦を離れられません。それに加えて今の時機を逃すと、こちらに来るにも、あちらに行くにも難しくなりますから」

「今の時期?」

「雪が無いのが今だけなので」

「そんな辺鄙な場所なのか?」

「ああ……まぁ。そうですねぇ……」

「そんな場所にリアンを……」

「ご心配はごもっともですが、快適に過ごせる工夫はされていますから、それはもう」

「……快適に、ねぇ……」

「ご説明しましょうか?」

「……ああ、いや、説明はリアンと一緒に」

「そうですね、そうしましょう」




折良く現れたのは、物語に出てきそうな儚げな少女で、精霊とか妖精とか、もし本当にいるとしたらこんな姿をしているだろうと思えるような人物だった。


がたり、とコンラッドは椅子から立ち上がる。


少し強張った顔で、リアンはディディエの横に並んだ。

兄はその肩に手をかけて紹介する。


「これがリアン。見ての通り、妹だ」

「こんにちは……はじめまして」

「どうも、はじめまし………………あれ?」

「あれ?」

「リアンさん?」

「はい、リアンです」


コンラッドは全速力で回転する思考に、ひとり勝手に返事をしながら、あれ? とか、なるほど、とつぶやいていた。


額に拳を当てて、ぶつぶつ言ったあと、全てを理解したように、悟りきった顔で頷いた。


「申し訳ありませんが、お酒を頂いてもよろしいですか?」

「あ、ああ。テイルー?」

「はいはーい」

「うんと強いヤツでお願いします」


ふうと息を吐き出すと、コンラッドは席に着き直して、向かい側をどうぞと指し示した。


促されて、リアンはコンラッドの真ん前に座る。

ディディエは一歩引いた位置に椅子を引いてどかりと腰掛けた。ふんと鼻息を吐いて、腕を組む。


テイルーが運んできた酒を、コンラッドは一息に煽り、とんとグラスを卓に置いた。


「……リアンさん。貴女をストックロスの砦にお迎えいたします」

「…………はい」

「環境は厳しいですが、ご不便は無いと思います。もしも何かあれば、ご希望に沿うように対応いたしましょう」

「…………はい」

「ご実家を離れるのは不安でしょうが、いつでも書簡のやり取りをお手伝いします。お兄様も安心できますでしょう」


リアンはちらとディディエを振り返る。

気難しそうにむすっとした顔に、ふふと笑い返した。


「……どんなに私がお話ししたところで、実際に来られて、見てみられないことには、なにも始まらない」

「……そう、ですね」

「イヤだと思ったらこちらに帰ってくれば良いのです」

「それでも構わないのか?」


腕を解いて身を乗り出したディディエに、コンラッドはにこりと笑い返した。


「もちろん。そうなれば私が責任を持って、リアンさんをこちらまでお送りします」

「……そ……うか……うーん……」

「リアンさん、いかがでしょうか」

「わたしは……」

「はい」

「わたしは、アドニスに話を聞いたときから、行ってみたいなと思っていました」

「そうなんですか? では来ていただけるんですね!」

「はい。…………兄さん」


リアンはディディエを振り返って、座る方向を変える。

両手でぎゅっと兄の手を握った。


「アドニスのところで、どこまでできるか、やってみたい」

「……リアン」

「がんばってみたい」

「…………結局また押し切られて負けるのか」

「妹がかわいいもんね?」

「…………泣きそう」

「テイルーに、ちゃんと奥さんになってもらって?」

「は?! なんで今その話……」

「わたしがいなかったら、色々楽になるでしょ?」

「そんなつもりで!」

「わかってるよ。わかってるけど……この話はあとでゆっくりね。コンラッドさん」

「……はい。ゆっくりお話しして下さい。今日のところはこれで。また明日、同じ時間にお迎えに上がります」

「……はい」





店を出たコンラッドは、しばらくしゃっきりとした姿勢でいたが、道の脇に大きな木を見つけると、そこまで早足で歩いた。


片手を突くと、ぶはと息を吐き出す。

ぐってりと木に抱きついた。


寄りかかった振動でくるくると回りながら落ちてくる白い花を目で追う。



「一番肝心なことを何で言わないんだ、あのクソ団長……驚いた……なんだ? 嫌がらせか? わざとか? やられたからやり返せとか思ってるのか? 面白いか? コレ…………面白いな!」


何度も何度もリアンを丁重に扱うように念を押され、留守なのを逆手に取って、無許可でお館様の侍女を連れて行けと言い、お館様の豪勢な馬車まで出した。


田舎町の『竜狩り』に何でここまでするのか分からなかった。


不本意そうだった訳も、急かされた訳も、あんなに怒っていた訳も、今なら分かる。


ただ単に一杯食わされたお館様に仕返しをしてやる気だろうとしか思ってなかったが、実際にリアンと会って、全てに合点がいった。


「……ふーん。団長……ふーん? あぁ、そう。へぇぇぇぇ? ……おやまぁ」


こうしてはいられないとコンラッドは、宿に戻ることに決める。


こんなことは予測もしていなかった。

ガタイの良い男を連れ帰るのだと思っていたから、何の準備もしていない。


お館様の侍女も、馬車も、一つ手前の大きな町に置いてきたから、こちらに呼ばなくては。


あれこれ段取りを考えながら歩き出して、ふらついている自分に気が付いた。




やっと今ごろになって緊張が解けて、酒が回ったらしい。


「やばい……楽しすぎる」


団長と、仲間と、砦と。

これから面白いことになるに決まっている。


コンラッドは気持ち悪く笑いながら、宿に向かって走る手前の速さで歩き出す。








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