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05 つきのいろのりゅう。






おまえはだあれ?


最初に目を見て言うのはこの言葉。


この問いにすぐに答える竜は、すでに人と共に過ごしているものが多い。


自然の中で生きているものは、なかなか自分は誰だかなんて考えて生きてはいない。

己は己。

それ以外なく、ただ生きるために生きている。


どこで生まれたのかを聞く。

どんなふうに大きくなって、どんなふうに暮らして、今どこにいるのか。

仲間はいるのか、痛いところはないのか。


その合間合間に、お前はだあれと何度も聞く。



竜と話ができるのは、たぶん生まれた時から。


生まれる前は竜だったんだから、人になるよりも竜でいた時間の方が長かったんだから、当たり前だと思う。不思議なことだと思いもしなかった。


人と話すよりも気を遣わずに話せる。



おまえはきれいだね。

空を駆けるのが上手だね。

空は好き? わたしは大好き。


しばらくひとり、一方的に話しかけていると、だんだん返事が返ってくる。


きっとずっと返事はあるけど、わたしが聞こえていないだけ。

少しずつその子の声の聞き方が解ってくる感覚が近い。


みんなそれぞれに見た目が違うように、それぞれに音の高さや出し方が違う。


わたしの方が慣れていく。


竜を呼ぶ笛のように、人には聞こえない音で、それぞれの呼び方で呼ぶように。


おまえはだあれ。

何度目かに聞いた時に、頭の中に小さく響いてくる音がある。


シシリィ


それがこの竜の名前。

本当の名前は自分を無くさない為に持っておかないといけない。いくら主人といえど、全ての名を渡すのは良くない。


この国では昔から短い音で竜の名をつけるので、聞いた名前に似た響きの名にする。


わたしのように竜と言葉を交わせなくても、だいたい直感で付けた名はその竜の名に近いことが多い。


引き継いだ名や、適当に名を付けたりすると、うまくこちらの意図が伝わらなかったり、あまり長生きできなかったりする。

主従の関係が安定せず、暴れたりなんだりで大抵うまくいかなくなる。

まぁ、ずっと似ても似つかない名で呼ばれ続ければ、信頼もなにも無い。そうなっても仕方がない。


竜だってただ命令を聞いて動くだけの道具じゃないんだから。




シシリィ……うーん……じゃあ、シイにしよう。


おまえを今から『シイ』と呼ぶよ。


よろしく、シイ。

わたしはリアンだよ。

シイはわたしの友達だからね。

みんなそう。

だから、みんな、仲良くね。




「あれは……対話をしていると思っていいのか?」

「リアンは竜の言葉が解るらしい」

「お……おう……」

「信じないか?」

「話だけじゃな。信じてなかったよ……しかしあれを見たら信じるしかない」


火を囲んで食事の用意をしながらも、アドニスはリアンから目が離せなかった。


向かい合って座り、時々笑い声を上げたり、頷いたりしている。


何を話しているのか、言葉を話してはないので一向に分からないが、意思の疎通は出来ているように見えた。

しかも良好そうだ。


「……なんか、感じは良さそうだな」

「いつもより時間が掛かってる」

「そうなのか?」

「和やかに見えて手強いのかもな、早い時は半刻も要らない」

「へえ……」


なにしろアドニスにとっては初めて見る事ばかりなので、今が常なのか、常あらざる状態なのかも判断がつかない。


アドニスの経験からしたら、出発をする前から。もっと言えば、リアンが露台にぶら下がっているのを見たあの時から、ずっと常あらざる状態だ。


ディディエたちの様子で判断するしかないから、返事もなおざりになってしまう。


「チタはリアンから離れようとしないし、俺たちの竜は遠く、近寄りもしない……ずいぶん強い個体だろうな」

「……なるほどなぁ」


ディディエが言った通り、チタはリアンの後ろで丸くなって目を閉じている。

寝ていないのはふらふら動きっぱなしの尾の先と、時折ぴくりと動く頭でよく分かる。

余裕ぶってはいるが、警戒しているの丸出しの素ぶりだ。


「いつもこんな狩りの方法を?」

「リアンがいる時だけだ。俺たちだけならまぁ、なんだ。昔ながらの……」

「……まぁそうだよな」

「チタがいたから、リアンもここまで強引だったんだろう」

「飛んでいるところを引き摺り落とすか? どうかしてる」

「どうかしてるな」

「戦じゃあるまいし」

「……そうだな」

「でもすごいな」

「ああ……いつ見ても惚れ惚れする」


情けなさそうな顔をして、ディディエはため息を細長く吐き出した。


あんな狩り方をされては、人と時間を割いて、命がけで行っている狩りが馬鹿らしく思えるだろう。

しかも狩っているのは、儚げなひとりの女の子だ。


手際が良くて、誰も彼も無傷なのだから、感心する以外にない。


仕事を取られて? 腕が良くて嫉妬?

それは無いと言っていたディディエの気持ちが今はよくわかる。


リアンとはなにひとつ比べようがない。

なにひとつとして昔ながらのやり方とは違うのだから。




食事の支度が終わったあとは、ただ座ってぼんやりとリアンを見ていた。


相変わらず楽しげに話しているようだったが、正午を少しばかり過ぎたとき、リアンはよろよろと立ち上がり、銀色の竜に歩み寄っていった。


「お……い……」

「うん? ああ……終わったみたいだな」


ディディエはちらりとリアンを見て、温かいものを出してやろうと、鍋に水を入れて火にかけた。


リアンはそろりと手を伸ばして、銀の竜の嘴をゆっくりと撫でた。

そのまま体を触りながら、竜の背後に回り、翼に絡んでいる網を丁寧に外しだした。


チタが体を起こして、食い入るように目を光らせている。


今が一番気の抜けない場面らしい。


すぐに網は取り払われた。

ひどく絡んだ場所は刃物で切って落とされた。


ゆっくりと羽ばたくように動かすと、きれいに折りたたんで、そのまま体に貼り付けて落ち着かせる。


リアンは前に回って、銀の竜の頭を抱きしめた。


ついでに振り返ってチタの太い首にも抱きついた。


そして更についでにアドニスが呼ばれる。


「ゆっくり来て! でも堂々と!」

「はいはい……よっこいせ」


言われた通りに近付いていくと、リアンはアドニスの手を取り、竜の前に導いた。


「この人がアドニス。お前を大事にしてくれるからね。いい子にするんだよ」


銀の翼竜はくと目を細める。

値踏みするように瞳孔が細くなり、空色の光彩が濃い色になった。


「……よろしく頼む」

「アドニス、名前を呼んであげて。この子の名前はね……」


こそりと耳打ちされたことに頷き返して、アドニスは再び翼竜を見上げた。


「お前を大事にするよ、シイ」


きゅるとチタよりも高い声で一度だけ返事をした。


そのあとはふいと別の方向を見て、目を合わせる気もないらしい。


今まで自然に生きていた竜の成体が、初めて見た人に、攻撃するでもなく、食べようとするでもなく、ここまで大人しいこと自体とんでもない話だ。


信頼関係を築くには時間がかかる。


そんなことは分かっているから、アドニスはひとつも気分を悪くすることはなく、ふはと軽く笑うと手を上げてシイの首をぺしぺしと叩いた。


なぜかリアンが驚いた顔をしている。


「なんだ? どうした」

「うん……いや、よくシイに触ったなと思って」

「いけなかったか?」

「じゃなくて……怖くないの?」

「おお。……確かに、怖いな。……怖いな」

「ふふ……変なの」


ああ、と声を上げると、リアンは両腕を突き上げて伸びをした。


「疲れた! お腹減った! 寒い! ひもじい!!」

「ディディエの言った通りだな」


ぶはと笑ってアドニスはリアンの膝を抱えあげる。


「もうすぐ温かいお茶が入りますよ、お嬢さん?」

「牛乳と蜂蜜たっぷり?」

「たっぷり」

「やーったぁー!!」


竜にするのと同じ要領で、リアンはアドニスの頭をぎゅうと抱きしめる。


ディディエだけがリアンを大きな声で怒っていた。




遅めの昼食を終えたあと、ディディエたちは帰り支度に追われていた。

完璧に火を始末して、荷を作り直し、離れた場所にいる翼竜まで往復している。


リアンは地面の上に膝を抱えて座り、ぼんやりとしてシイを見ていた。


「さあ……今のうちに聞いておこうか?」


リアンの横にアドニスも腰を下ろし、胡座をかいた。


「うん? なに?」

「どうして狩りに出ると押し切ったのか、教えてくれる約束だろう」

「ああ……覚えてた」

「忘れるか」

「うーん……少しでも色々たくさん見たかったんだけど」

「何を?」

「この世界を」

「この世界?」

「リアンリアンが生きてきたほとんどは、あの町の中で、そのほとんどはわたしの家に、でまたそのほとんどは部屋の中だったから」

「……ふん。まぁ、そうだな」

「わたしの見た世界は小さい」

「……でも大体の人はそんなもんだ」

「そうなの?」

「竜とは違う」


空を駆ける翼竜や、季節ごとに国を跨いだ距離の移動をする陸の竜もいる。


狭い範囲で過ごす種もいるが、あちこち移動する竜の世界は広い。


「人は生きる時間が短すぎる」

「……そう思うか?」

「わたし、この森で父さんと兄さんに拾われて」

「……リアン、お前」

「あれ? 兄さんに聞いてない?」

「……いや……覚えているのか?」

「はは。覚えてるよ」


痩せ細った子どもは、言葉も解さないほど幼かった。

切れ端のような布を巻いて、森の中を歩いているリアンを、狩りに出ていたディディエたちが発見した。


すぐさま保護して、我が子、我が妹として暮らすのは即決だったとディディエは言った。


森に捨てられた子どもが、それまでどうやって生きてきたのか。

言葉が無いので、想像するしかなかった。

少しずつ人との暮らしに慣れて、そのうち言葉を覚えて、いつの間にか森で生きていたことを忘れたようだと言っていた。


竜と話ができるのは、リアンが森で竜と過ごしていたから。

赤ん坊のうちに森に捨てられ、しばらくは竜がリアンの養い親だったからではないかと、ついさっき、リアンが竜と向かい合っているその間に、ディディエから聞かされた。


「……そうかぁ……。人の世界は狭いもんなんだね」

「お前は広い方じゃないか?」

「うん? そうなの?」

「そうだろ……翼竜で空を駆けるなんて限られた人だけだ。お前、空からこの森の端から端まで見たことがあるだろう?」

「うん、ある」

「ほとんどの人は、地図でしか森の全部は見られないぞ」

「ああ、そうか……そうだね」


ふへへと嬉しそうに笑って、リアンはやっと横にいるアドニスを見上げた。


「アドニス、良い奴だな」

「おっと、知らなかったのか?」

「思ったよりも」

「なんだ、評価が低かったのか?」

「高くなったんだから良いでしょ」

「……そうか? そうか……」


ううんと唸っている間に、リアンは立ち上がる。


ディディエから帰るぞと声がかかったのに応えていた。


「……おい、ちょっと待て、はっきり答えてない。まだ俺は納得してないぞ」

「……考えたら?」

「は? ずるいぞリアンリアン」

「すぐに分かるって」







リアンはシイに声をかけて、その体を撫でている。




ぎゅうと抱きついて、ぐりぐりと頭を擦り付けた。








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