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35 あなたとわたし、花降る季節に。






尖ったような冬の清廉な陽射しは落ち着いて、暖かく柔らかい春の陽光が降る。



身に付けられた衣装も陽に照らされて、ふんわりとその裾の辺りが光って見えていた。



空は快晴。

薄水色は山際の方に行くほど白く霞むよう。

その下に広がる森は黄緑に輝く。


部屋の外から聞こえるたくさんの声は賑やかさを増している。絶えず明るい声が聞こえ、そこに威勢のいい声も重なっていた。

着々と準備は進んでいるようだ。


一方で部屋の中は、落ち着いており、厳粛とも言えるような空気に満ちている。


なんだか汚してしまいそうな気がして、ぎりぎりで触れないように、衣装に手を伸ばす。撫でるように空気の上を滑らせた。


純白は気合が入り過ぎのようで恥ずかしいからと、少しだけ黄色味がかかったような、優しい風合いの色。


着る人の性格に合わせて、派手さは無く、質素に見えながらも、よく見ると手の込んだ細工が施されている。


活発な雰囲気を損なわないような短めの裾の、下にいくほど共布で作られた小花が増えていく意匠だ。


髪飾りも衣装と同じ布で、こちらも小花がぎゅっと集まって、かといって派手になり過ぎずとても可愛らしい。



お披露目なんて恥ずかしい、必要ないと、そうと話をしたのに、身近に居る誰もがそれを許さなかった。

どれだけ楽しみにしていたと思っているのかと、祝福しながら怒られるという奇妙な展開になった。


美しく晴れ上がった空の下。


ふたりで新たな道の始まりに立つ。

これからも、この先も、ずっと一緒に歩いていくと皆の前で誓う、今日この日。




準備中にも上がる感嘆の声に、花嫁は勘弁してと恥ずかしそうに笑っている。

花婿よりも先んじて、ぎゅうと抱きついていくと、穏やかで優しい笑い声が返ってくる。


「テイルーすごくきれい」

「……う……ん、ありがとうリアン」

「すごく! きれい!」

「分かった分かった。もうそれくらいにして」

「だって! すごく!」

「はいはい、恥ずかしいからもうやめて」

「兄さんのお嫁さんなんてもったいない……」

「うーん……私は嬉しいんだけど」

「わたしも嬉しいよ! テイルーー!!」

「リアンーー!!」


ぎゅうぎゅうと抱きしめ合うと、少しだけ膨らんだお腹が当たって、締め付けられるような胸の中で、喜びがなお一層大きくなっていく。





アドニスが仕事の段取りを考えて、周囲にあちこち振り分けていく。

とはいえお館様不在の状況で、それなりに長期に渡って砦を空けるのは難しい。

いくら国の仕事が減ったとはいえ、なかなかアドニスの帰郷の目処が立たなかった。


そうこうしているうちに暦の上で冬の季節は終わり、雪に埋もれているような砦にも、ほのかに春の訪れを感じるようになった頃。


嬉しい知らせがリアンの元に届く。


ディディエがテイルーを妻に迎えること。

テイルーに新たな命が宿ったこと。

春になったらお披露目をすること。

そしてできればそれに合わせて帰って来られないかと手紙には書かれていた。


嬉しくて跳ね回りながらアドニスの元に行き、体当たりをしながら手紙を渡した。


あっという間もなく全ての仕事をコンラッドに打ち投げて、ふたりは全速力で馳せ参じる。


ふたりと二頭きりの旅は、初めてのことなのにとても順調で、今までずっとこうしてきたかのような感覚がした。


リアンが少しも体調を崩さないことも、そうだと分かってはいたが、アドニスは改めてひとりこっそりと驚いた。


「俺の方が先に呼び付けてやろうと思ってたのにな」


まさか先を越されるとはと、顔を合わせた途端のアドニスの第一声に、笑顔全開だったディディエの顔が、一瞬にして危難の相に変わる。


「親友のディディエ君に紹介しよう。俺の妻になる人、リアンだ。よろしく」

「……ぁあ?! なんだてめぇ、もっかい言ってみろ!」

「……俺なんか間違えたこと言ったか、リアン?」

「…………間違えて……ないョ」


アドニスの後ろに半分隠れるようにして、怒られる前の子どものようにディディエの様子をうかがっていた。


ディディエの後ろではテイルーが手を打ち鳴らして、あらあらと嬉しそうにしている。


「うぅ……うううう嘘だろリアン! 嘘だって言ってくれ!! 騙されてやんの、チョロいね兄さんって!!馬鹿丸出し!!って!!」

「馬鹿は丸出しだぞ」

「うるさい黙ってろこの腐れ外道!」

「えー……義理の弟にそんなぁ」

「ぎ……おと……誰がだ! お前ぶっ飛ばすぞコラ!!」


また一方的に始まりそうなケンカを納めたのは、テイルーの一声だった。




手紙のやり取りはあったので、お互いに大きな出来事は知っていたが、手紙に書ききれない小さなことは山のようにあった。


一年ぶりのリアンの帰郷に、酒を飲むぞと息巻いた仲間たちを無理やり店から追い出した。


その日の男どもはしょっ中怒鳴り合い、女子ふたりはその様を見つつ、ゆっくりと話をしながら過ごした。





お披露目の会はとても賑やかだった。

竜狩りの仲間だけではなく、ご近所の人たち、果ては顔は見たことがあるけど名前を知らない人まで混じっている。


店の前のちょっとした広場から、道を塞ぐまで宴の場は大きくなっている。

各家庭から持ち寄った卓や椅子、料理が並んで、あちこちで笑い声が聞こえ、小さな子どもたちが走り回る。


ディディエもテイルーも町の人。

町の誰もがどんなふたりだかは知っている。


なので難しい挨拶も何もなしに、主役の登場から祭りのような賑やかさだった。




リアンはその一団の端にいて、始終にこにことしていた。

時々食い入るように笑っているふたりを見て、眩しいものを見たようにぎゅうと目を閉じることを繰り返していた。


どうしたのかとアドニスが観察していると、反対側の端ではテイルーの両親が同じような表情になっている。


「ほら、これ美味そうだぞ。向こうから取ってきた。食べるか?」

「……ありがと」

「なんだ、その顔」

「……油断すると涙が出ます」

「おい待て……かわいいかよ」


料理の皿を目の前の卓に置いて、身を屈めて顔を近付けようとすると、目敏いディディエの怒声が飛んでくる。


へらりと笑って手を振り返す。

隣でテイルーがディディエをなだめる。

帰ってからこの数日、ずっとこれの繰り返しだった。



その日の太陽が沈みかけると、徐々に人は減っていき、最終的には仕事仲間ばかりが残っていた。


少し冷えてきだしたので、場所も店の中に移される。


男同士で固まって飲んでいた中心で、ディディエがわんわん大声を上げて泣きだした。

周囲の全員が妹離れの言葉を頭に浮かべながら、まあまあと慰めている。アドニスもしれっとその中に加わっていた。


「テイルー、休んでて。わたしがやるよ」


空の皿を何枚も重ねて運ぶのを、リアンは横から手を出して受け取った。


テイルーがお礼の言葉を喉に詰まらせる。


「……いつも私が言ってたのに」

「うん? なぁに?」

「リアン、本当に体が良くなったんだね……」

「うん。ほんとだよ」

「う……うぅぅぅぅ……良かったね」

「ありがとう、テイル……うわっ」


がばりと抱きつかれて、皿を落とさないように気を付けて抱え直す。

テイルーの背に手を回して、ごしごしと撫でた。


「どうしちゃったの、兄さんもテイルーも……そんなに涙もろかったっけ?」

「……だって! どんなに、どんなに! 心配してたか!! それが……うぅぅ!」

「わたしもまだ生きてるのが不思議」

「リアン!」

「まぁ、今だから言えるけど。……こうやってまた会えると思ってなかった。こんな嬉しい日に、ふたりにおめでとうを言える日が来るなんて、思ってなかった」

「やめてやめてリアン……は、鼻水が」

「わあぁぁ……」


慌てて厨房の奥に入って皿を置き、手近にあった綺麗そうな手巾をテイルーに渡す。


前がまともに見えなそうなテイルーの手を引いて、休憩用の丸椅子に座らせた。


「アドニスが居なかったら、わたしも今ここにいないの」

「ぅぅぅ……良かったねぇリアン」

「うん……でもそれよりずっと前から、兄さんとテイルーが大事にしてくれたから、アドニスとまた会えたんだよ。だから、ありがとう、テイルー」

「これ以上泣かせないで…………明日、目が腫れて大変なことになる……」

「兄さんもね」

「……やだもぅ」

「似た者夫婦だね」

「……ふふ」

「赤ちゃんが産まれたら、似た者親子かな…………出てきたら会いにくるね」


テイルーのお腹に手を当てて、そこに語りかける。


「……絶対だからね」

「うん、約束する」

「リアンーーーー!!」

「テイルーーーー!!」


ぎゅうぎゅう抱きしめ合う内に、ふと思い付いて、そうだとリアンは体を離した。

テイルーはどうしたのと鼻をすすっている。


「テイルーが家に来たばっかりの時どうだった?」

「なぁに、急に」

「お母さんとどんな話した? どうやって仲良くなったの?」

「……リアンでもそんなこと気にするのね」

「そりゃちょっとは考えますけど!」


ぷくりとふくれた頬をテイルーは指でつつく。


テイルーが家に住み出したのは、両親が亡くなって、家のことが回らなくなった後からだった。


気の抜けたようなディディエの支えになって、何くれとなくリアンの面倒をみた。


それでもふたりが亡くなる以前からお付き合いはしていたので、しょっ中顔を見せては家の中の手伝いをしていた覚えがある。


「お母さんと仲良かったよね?」

「うん、まぁ……良くしてもらったよ。色々教えてもらったし」

「……ふむふむ……教えてもらう……」


下がってきたお皿を片付けながら、その日の夜遅くまで、テイルーから話を聞いた。


途中で飽きて抜けてきたアドニスが、洗い終わった皿を拭きながら、三人がかりで『両親陥落大作戦』を練り上げる。


「……まぁ誰が厄介って、姉さんの方だけどな」

「あら、大変。そんなに難しい人なの? お姉さんて」

「……当主になるように育てられたからな……まぁ、強えったらないな」

「そんなに強えの?」

「とにかく強え」

「あらぁ……でもまぁリアンなら大丈夫よ」

「そうかな?」

「そうよぉ。だって砦のお館様に気に入ってもらえたんでしょ? その人も大概強そうだもの。いつものリアンでいたら大丈夫よ」

「……おお。確かにアレが平気ならイケる気がしてきた」

「ウチの子はどこに出しても恥ずかしくない、とっても良い子ですからね!」

「母親の練習に余念がないな」

「そりゃそうよ!」


和やかに話をして笑い合う様を、出入り口の陰で小さくなって見ていたディディエが、声を殺して泣いていた。





数日過ごした後は砦には戻らず、その足でアドニスの生家に向かった。




広大な領土を誇る領主邸。

どのような立派なお城かお屋敷かと思っていたら、驚くほど大きくもないし、華美でもなかった。


なんなら旅の間にもっと大きく派手な屋敷はいくつか見たような気さえする。


それにしても自分の家とは比べものにならないけど、とリアンは屋敷を見上げた。



アドニスが前もって知らせを送っていたので、家族全員、揃って出迎えられる。

王都に出ていたリアンと同い年の三男まで、この為だけに戻っていた。


初めて会った頃のアドニスと面立ちは似ていたが、弟たちはふたりとも理知的でしっかりとしている雰囲気だった。

素直にそう言うと、アドニスにぐりぐりに頭を締め付けられる。


両親とも経営からは身を引いているので、苛烈な部分は抜けきって、悠々とした余裕が感じられる。

アドニスが年を取るとこんな風になるのかと素直に言うと、顔をぎゅうぎゅうに挟まれた。もっと男前に年を取る予定らしい。

少なくともあんなに腹は出さないと高言する。


件の領主様は、リアンの想像とは違い、物静かで厳格な雰囲気だった。言葉ひとつ、動作ひとつ丁寧で上品に感じる。


城にいた侍女たちも同じようだったが、彼女たちは加えて柔らかく滑らかな印象がある。

高位の女性はこういったものなのかと、リアンは侍女たちの言動を真似ようと気を付けることにした。


この屋敷の女主人は、アドニスには時々厳しく、叱責に近い言葉をかけていたが、リアンには打って変わった優しさを見せてくれる。

アドニスが家に帰るきっかけを作ってくれたと、感謝の言葉までもらった。


言葉尻がきつくなりだすと、その夫が優しく嗜める。

誰にでも隔てなく温柔な態度で接し、その様を観察したリアンは、この姿こそ必要なのだとこれもまた素直に口にした。

姉に良く似たアドニスにはこの感じが丁度なのだと言うと、鼻で笑われ、無理するなと止められ、頬をぐいぐい引っ張られる。


「さっきからなにもう! やめてアドニス!」

「……ほらな、こんなことで怒ってるようじゃ先は長いぞ」

「貴方こそ慎みなさいアドニス。まるで仔犬みたいに扱って……彼女を何だと思っているの。失礼だわ」

「…………へい」

「返事!」

「まぁまぁ。仲が良さそうで微笑ましいよ」

「何故そうしてアドニスを甘やかすの? いつもいつも……今回のことだって随分苦心したのに、そのことはひとつも言わないで」

「……やっぱりそうだったか……済まない義兄さん」

「ああ、いいんだよ気にしないで」

「ほら甘やかす」

「わたしも、ごめんなさい」

「リアンが謝る必要は無い」

「そうよ、リアンさん。どうせこの子が勝手に決めたんでしょう」

「……いえ、そんな」

「でも王に仕えるよりも、やっぱり大陸一の魔術師様に仕える方が家としては助かる。それに格好良いよ、とてもね」

「不敬だわ、なんということを言うの。やめてちょうだい」

「ふふ……ここだけの話だ。内緒だよ?」

「ああ、道理で姉さんがすっ飛んで来なかった訳だ」

「…………そういうことです。我が家ではそう結論を出しました。アドニス、今後とも良く仕えなさい」

「……仰せの通りに」

「言い方! ……本当に生意気なんだから……もう、いいわ。長旅で疲れたでしょう。お茶でもいかがかしら」

「はい、ではわたしが」

「私が?」

「あ、リアンの淹れたお茶すごく美味いぞ。いつも淹れ……」

「いつも?」

「……てもらってますけど、あれナニ俺なんか悪いことした?」

「確かに嗜みのひとつではあるけれど、いつもとはどういう意味なの。いつもリアンさんに淹れさせているの? 貴方の立場なら人を雇うべきではないの?」

「あの……なので、わたしそもそも……」

「いい! 止めろリアン。それ以上言うな、立ち直れなくなるくらい怒られるぞ。俺が」

「予想の通りにしてあげてよ?」

「はいはい、そこまで。僕はリアンさんの淹れたお茶が飲みたいなぁ。ねえ? どうでしょう、お義父さん」


少し離れた場所でおとなしく成り行きを見ていた家族全員が、微笑ましいものを見ている顔をしていた。




「お茶を淹れてもらっておいて言うのもおかしいけれど。お客様ではないからいいのかしら。ようこそ、グラスローダ家へ。我が家はリアンさんを歓迎します」

「…………はい! 嬉しいです!」

「…………でもリアンさんは本当にコレで良いの? なんなら貴女に年の近い弟があとふたり……」

「いやちょっと待って姉さん何言ってんの? いやお前らなに照れてんの? あげないよ? 『俺の女だから触るな』よ?」

「えぇぇぇえ? その紹介の方言うの?」





婚姻の届けはすぐ、グラスローダ領内の神殿に提出された。




お披露目は翌年、初夏の花降る季節に行なわれると決まる。

















これにてこのお話は終了です。


ここまでお読み頂きまして、本当にありがとうございます。


ブクマや感想、誤字報告。

様々で応援頂きまして、最終話までたどり着けました。

どんなにお力を得たことか。

感謝以外ありません。


改めて、本当にありがとうございます!!




さて。


ここでこのお話は終了ですとかなんとかほんの少し上のところで堂々と宣っておきながら。


この後にもお話が少し続きます。




後に続くのは一話目よりも前のお話でございます。



是非どうぞ、引き続きよろしくして下さいますように。












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