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26 まわり道の途中で。






大暴れする袋に話しかけることしばし。




中に詰め込まれた竜から返事は返ってこないが、徐々に落ち着いてきたように見える。警戒音も鳴き声も途切れがちになっていく。


ばったんばったんから、もそりもそりと動きが変わると、リアンはその布袋に優しく手を当てた。


分厚く荒い布目ばかりが当たり、触り心地では、竜のどの部分に手を置いているのか分からない。


「このまま中にいる方がいい? それとも外に出たい?」


あまりに小さな声は短く、リアンにはよく聞き取れなかったが、袋の中は嫌なのだと感じ取ることはできた。


「……うん、じゃあ出してあげるからね、いい子にね」


口を縛っている縄を解こうにも、大変な力で結んでいるのか、堅すぎてちっとも外れる気がしない。


持ってきていた鞄の中から小刀を取り出すと、リアンはそれで縄を切った。


「はい……出てきても大丈夫だよ」


そろりと外の様子を覗うように、まず頭の先が出てきた。

まん丸の大きな目がぱちぱちと瞬いている。


ゆっくり出ておいでと語りかけると、言葉通りゆっくりと袋から這い出した。


四本の足で地を歩き、岩の隙間や木の上で暮らす、蜥蜴と同じような見た目だ。


身体は傷だらけ、後ろ脚の片方は変な方向に折れ曲がって、それを引きずってでも動かそうとしている。


「あらあらあらこりゃ大変だ……痛いねぇ……ちょっと見せてごらん?」


リアンが手を差し出すと、素直にのそりと上がってくる。

頭の先から尾の先までの長さがリアンの片腕と同じくらい。体の太さも腕とそれほど変わらないように見えた。


腕を登ろうとするその竜をするっと膝の上に置く。


竜は尾をくるりと巻いて、きれいに膝の上に収まった。


「おお? この尻尾はステキだけど、先っちょは危なそう……ちょっと隠してもいい?」


頭から尾にかけて棘のようなものが規則正しく二列に並んでいる。その棘は尾の先の部分だけが鋭くて少し長い。


しかも身体の色、薄暗い厩舎の中で見ても、模様といい配色といい、毒に注意と大声で主張しているようだった。


後で陽の下で見るのが楽しみなほど鮮やかだ。


リアンは鞄から布を取り出して、尾の先の棘に注意しながら巻き付けていった。


「よしよし……次はケガをしたところを見せてね」


小さな穴のような傷は血が乾き固まっているようだったが、切り裂かれたような傷はまだ生々しく、外皮の奥に肉が見えている。

内臓まで達しているような傷は無かったので、リアンは胸を撫で下ろした。


薬草を塗り込んで布を巻きつける。

傷を縫うか縫わないか、微妙な深さだったが、自分の裁縫の技術と、この竜の幼さを合わせて考え、縫わないことにした。

成長する速度はかなり早いはずだから、傷の治りも早いだろうと予測する。


この竜は幼体だ。


心の中でううんと唸って、扉の外にいるであろうイザードを呼んだ。




扉を開ける大きな音と、外の光が差し込んだことで、竜はわたわたと慌てて、リアンの上着の裾に頭から突っ込んで入った。

ちょろりと尻尾がはみ出している。


「……おお、さすがだな。もう手懐けてるのか」

「びっくりして隠れてるだけだよ……ねぇイザードさん。この子どこで保護したんだっけ」

「……んー。森の入り口付近だって聞いたけどな」

「ええと、猟師さんはこの子を袋に入れた後も狩りを続けたの?」

「ああ、いや。奥まで行こうとしたらこいつが暴れだしたから、諦めて俺んとこに来たってよ」

「そうか……」

「どうした」

「この子……幼体だね」

「お?! 本当か?! 大変じゃねーか!!」

「……その森の入り口まで案内してもらっていい?」

「あ、あぁ……そりゃ構わないけど……参ったな」

「うん、とりあえず町の人たちに森には近付くなって言ってもらっていいかな」

「もちろんだ、任せとけ」

「あ、あと軽くて丈夫な棒? 板? がない? 短くて良いんだけど」

「うん? 何に使うんだ?」


上着の裾をぺろりとめくって子竜の足を見せた。ちょうどイザードの見えている側の足が、あり得ない方向に曲がり、力無く爪だけが、なんとか服に引っかかっている。


「ほらここ。折れてるみたいだから、添え木をしてあげたいんだよね」

「おうおう……こりゃあ。かわいそうになぁ……すぐに何か探してきてやるよ」

「お願いします」


すぐにイザードは工房に行き、小指の先ほどの金属の塊を叩いて伸ばし、平たい棒状にして持ってきてくれた。


子竜の足を正しい方向に戻して、固定してやる。力が強いのでふたり掛での作業だった。


「なぁ、リアン……こいつ本当に幼体なのか? ああ、いや。お前を疑ってる訳じゃないんだけどよ。小さい種もいるだろう?」

「んー。気持ちは分かるけど。歯がね……まだ揃ってないのと、耳の横ね、これが出っ張ってるのは幼体なんだよね」


リアンは子竜の目のある後ろ辺り、針で突いたような穴のすぐ後ろにある小さな突起を指差した。


竜の耳は成長しないときちんと聞こえない。

それまではその小さな器官を使って、僅かな振動を捉えて音を感じている。


「あとこれ……よじ登ってるでしょ?」

「はあ……それが?」

「幼体はまだ自分の力じゃ身を守れないから、木の上とか高い所に行きたがる」

「……なるほどな」


親竜の巣を離れ、自分の縄張りを持てるようになるまでは、どこか高い場所か、親竜にくっついて過ごすために、ものを掴みやすい構造の手足をしている。


現に今、リアンの服にしっかり爪を立て、短い指でぎゅっと布を握っていた。


親竜の側に居なくては、まだこの子竜は生きていけないはずだ。


逆を返せば、この子竜の側には親竜がいるはずだ。


子を失った親竜がどれほど恐ろしい存在になるか、実際に見たことはなくとも、先人たちから話だけは嫌になる程聞かされている。


早く返さなければ、子を探して森から出てきてしまう。


「その猟師さんはなんでまた森からこの子を連れてきたの?」

「なんだろうな……多分すぐに死ぬと思ったんだろう……いやその前に幼体だと知ってれば、袋に詰めてやろうとも思わなかっただろうな」

「んーまぁ、そうだよねぇ……ていうかさぁ、もし死んでても、竜を町に持ってこないように言っといて?」

「だよなぁ……いくら小さくてもなぁ」

「下手したら町が無くなっちゃうよ?」

「だよなぁ……」

「砦に手紙を出したいんだけど」

「だよなぁ……」


これでもかと大きく太いため息をイザードは吐ききって、それを勢いに立ち上がった。


そこからは目まぐるしく、町に走り事を知らせ、件の猟師から詳細に場所を聞き、ついでに一発お見舞いして、直ぐに我が家まで取って返した。


イザードが戻ったのとちょうど頃合い良く、砦からルダに乗ったコンラッドが工房の前の広場に降り立った。


急に呼び出したのにコンラッドはにこにことしていて、リアンは逆にそれが怖い。

弧を描いて細くなった目は、リアンの上着の裾からはみ出している、ひょろりと細長い尾を見ていた。


「……竜ですか?」

「はい……竜です」

「間違いなく?」

「はい……竜です」

「大きな蜥蜴ではなく?」

「はい……竜の幼体です、ごめんなさい」

「リアンさんが謝る必要はないですよ?」

「は、はい! ごめんなさい!」


とにかく親竜がどこにいるかを知る事が先決なので、イザードから場所を教えてもらい、その森の入り口まで向かうことにした。


人手が多ければ早く見つかるかも知れないが、怒れる竜と町の人を対峙させるわけにもいかない。


リアンとシイ、コンラッドとルダとで森に入る。





見つけたと聞いた場所は、本当にまだまだ森の入り口といった感じの場所だった。


道があり、人がふたり並んで歩けそうな幅で、木立ちも下草もまばら、陽の光もよく入って明るい。


「こんな場所まで竜が出てきますか?」

「……ですよねぇ? なんでここまで来たの?」


上着の中に入りっぱなしの子竜は、ちぃと鳴いて返事をする。


「……少し奥に行ってみますか」

「はい……シイ、ちょっと前を歩いてくれる?」


シイは返事の代わりに、口の先でどすりとリアンの背中を突いて、ふたりを追い越すと、何食わぬ顔で前を歩きだした。


シイを先頭にリアンがその後に続き、コンラッド、最後尾がルダの布陣で森の奥に向かう。




少しだけ距離を空けて前方を進んでいたシイがふいに顔を上げて立ち止まる。


左の方に少し顔を向けた。


「どうしたの、シイ。何か見つけた?」


臭いがするとがさごそと傍の藪に突っ込んでいく。


「なんです?」

「どうしたんでしょう……何か臭うのかな?」


アドニス以外には、リアンが竜と話ができることは伝えていない。濁しながらもはっきりとしない返事をする。


特に慌てる様子も、警戒をしている雰囲気もないので、リアンもシイの後を追って藪に突っ込んでいった。


コンラッドも後ろを振り返り、ルダが落ち着いているのを確認して、後に続く。



しばらく下草に足を取られ、引っかかりながら進むと、また別の獣道、というよりも、少し木立ちの少ない場所に出た。


そこでシイは足を止めている。


リアンの腰まである草や低木はなぎ倒されて、小さな広場ができていた。


その中央に真っ黒な毛皮の獣が、ピクリとも動かず伏せている。


「……熊だ」

「熊ですね……ずいぶんと立派な」

「これ……は?」

「関係があるんでしょうか?」


子竜が服の下でもぞもぞと動きだし、きぃきぃと高い声を出した。


大きいの、大きいの、と繰り返す。


「おおきいの?」

「大きい? ……熊の話ですか?」

「えっと……えへへ?」


るるるると鳴き声を変える。

子が親を呼ぶ時の声だ。


「ああ、大きいの……お母さんか」

「これは……親を呼んでいますよね?」

「呼んでますねぇ」


子竜はるるるると鳴きながら、大きいのと呼ばわっている。


「……ちょっと待って下さい? ここで親竜が現れたら、大変困ったことになりはしませんか?」

「……ああぁ。そうですね……わたしたちが誘拐犯みたいです」

「子竜を置いて離れましょう」

「う……ううん……でも、シイもルダも平気そうな顔してますから、まだ近くにはいないのでは?」

「いや、近くに来て気付いてからでは遅くないですか?」

「飛べるから大丈夫じゃないですか?」

「空に上がって、そこから先は何か考えがあるんですか?」

「……無いですね!」

「……でしょうね」


のん気に会話を交わしている間も、子竜は鳴き続け、シイもルダも我関せずと佇んでいた。


特に何か起こるような気配も無い。



上着のボタンを外して、子竜を外気に晒すと、奥に逃げようとリアンの背中の方に回っていく。


「わぁ! ちょっとちょっと」

「……これは、怖がっていますよね?」

「……そのようですね」

「この熊とこの子竜と……親竜で何かあったんでしょうか」

「……ううん。どうでしょうか」

「憶測で話をしてもどうにもなりませんね」

「ですねぇ」


肝心の子竜と意思の疎通は難しい。

言葉はあまり汲み取れないし、しかも今はかなり混乱もしている。




この周辺をぐるりと歩き回ってみたが、息絶えた熊以外に、特に何かを見付けることはできなかった。


日が暮れかけたのを機に、一旦森から出ることに決める。


これ以上のことは夜が来れば難しいし、危険も増す。





森の出口まで戻ると、その外側にはアドニスが仁王立ちで待っていた。


呆れたと表情を隠しもせず、ちょいちょいとアドニスが手招いている。

悪さが見つかった子どもの顔で笑い返して、リアンは近付いていった。


アドニスはリアンをいつものように抱き上げて、上着の裾から見えている子竜の尻尾に目を落とす。


「……これか」

「……これだ」

「連れて帰ったのか」

「……だって森に置いとけないよ」


アドニスはコンラッドについて来いと目で合図して、歩き出す。


「予定よりお早いお帰りですね」

「砦に戻らず直で来た。アレらとは門の前で別れたんだ。エドを待たせてたろ」

「あ、待ってましたか? 別に指示は出してなかったんですけど」

「お前じゃなきゃ他の奴が出したんだろ」

「え? みんな来てるの?」

「来るだろ……親竜に町に降りられたら堪らん」


コンラッドが状況説明をしながらしばらく歩くうちに、日が暮れかけた薄暗い草原の中に、明るい場所が見えてくる。


広い範囲で木製の柵がされ、所々で小さな火が燃えていた。


中には騎士たちとその翼竜たちがごちゃごちゃと混在して、野営の準備をしている。


「わぁ、すごい。いつの間にこんなの作ったの?」

「これくらいすぐにできる」

「そうなの? でもすごいね」

「……リアン」

「なあに?」

「そいつの親竜が出てきた時、どうなるか分かるか」

「……分かる」

「あっちもこっちも皆んな無事では済まない」

「うん、分かるったら。誰に言ってんの?」

「……お前は奥に引っ込んでろ……って言いたいけどな」

「わたしが一番前にいた方が、話が早いでしょ?」

「…………そうなんだよなぁ。ああ、やだやだ。情けない」


ぎゅうとアドニスの腕に力が入るのが分かって、リアンは笑いながらアドニスの髪の毛をもしゃもしゃとかき混ぜた。



リアンは陣の中央に近い火の側に座らされる。シイがそのすぐ後ろに丸く蹲った。


「ほらリアン、冷えるからこれ使え」

「わぁ。ありがとう」


本来の毛布の役割を果たそうと、ふかふか号は広げられた。シイの体と尻尾の上に被せて、その隙間にリアンはすっぽりと収まった。


「あとこれシャロルから、お前にだと」

「やった! 嬉しい!」


渡された籠の中には、食事と薬が入っていた。食事は温かそうだ。わざわざ魔術でそうしてくれているのだと思うと、さらに嬉しくなってくる。


「それを食ったら休んどけよ。何かあったら呼ぶからな」

「はい」


少し離れた場所で、騎士たちが集まって話を始めた。


柵の中にまばらに居る竜たちも、落ち着いてはいるが、いつでも飛べるように鞍はついたまま。緊張の糸は張っている様子だ。


上着のボタンを外して、中の子竜の様子を見る。


「お腹は減ってない? お前は何が好き?」


籠の中の果物を小さく割って、口の前まで持っていくと、大きな目を瞬いて、ぱくりと口の中に入れた。


小さくしたものを色々口元まで運ぶと、食べたいものだけを食べる。すぐに子竜は満足したのか上着の奥に潜っていった。


それを見届けてから、リアンも食事に手をつける。





空は藍色を濃くして、ぽつぽつと星が見え始めていた。








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