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25 その道ちか道まわり道。






執務室では時折アドニスとコンラッドが短く会話を交わす声、それぞれに立てる小さな音があった。



そこに重なるように、ぺらぺらとせわしなく紙をめくる音がしている。


リアンは相変わらず資料が山積みの小部屋の前、床の上に座って作業をしていた。


資料を持ち出すにも片付けるにも、資料部屋のすぐ側にいる方が楽なのだから、利点しかない。


初めのうちは床に広げてあった毛布も、作業に慣れてくると邪魔になり、小さく折りたたまれる。リアンはその上に腰掛けるような体勢になっていた。


これが長年の摩擦で磨かれたような木床の上をつるつる滑るので、座ったまま足や腕を使って方向を変えたり、ちょっとした距離を移動したりもする。

力加減で速度も出るから楽しくて、積極的にこの移動方法を採用していた。


それなりの速さをもって、少し離れた場所まで行きたい時は、後ろ向きに進む。両足で床を蹴ると歩くより確実に速い。

ただし後方への移動なので、アドニスやコンラッドに追突しないように、その他の家具の角には気を付けなくてはいけない。


何度 立ち歩いていたふたりの膝裏を折り、卓の端で頭を打ち、棚の角に背中をぶつけにいき、その度に怒られたり、笑われたことか。


でも楽ちんで面白いのだからしょうがない。


アドニスもコンラッドもそれを知ってしまったものだから、リアンには厳しく言えなくなっていた。



執務室の前の通路で他の騎士たちと『毛布競争』をしたのはつい先日のことだった。


より速く廊下の端まで行き、より速く戻ってくる。

その決まりのみで競った。


一等はリアン、続いてエドウィン。

この勝負は身体が小さいほど、軽いほど有利らしい。筋力に自信があっても、素早く動ける方が早かったり、より身体が柔軟な方が早かったりと、なかなか面白い勝負で大変に盛り上がった。


騎士たちに体格の差はほとんどない。

竜も人を載せるのはしんどいから、大男、と形容されるような竜騎士はこの砦には居ない。

といってもそこは騎士なので、それなりの体格だし、闘志も余るほど持っている。


だから余計に勝敗が読めなくなり、競争は否応もなく白熱した。


不要になった毛布を各々引っぱり出して、それぞれに改良を加えて勝負したが、やっぱりリアンとリアンのふかふか号には誰も敵わなかった。





リアンがふかふか号に乗って、五冊目になる資料を綴っていると、それを見守っていたシャロルが最初に窓の外に気が付いた。


「どなたかにお手紙のようですよ」


その声で窓の一番近くにいたアドニスが後ろを振り返る。


外側でひらひらと羽ばたいている小鳥を、窓を開けて中に入れた。


薄水色の小鳥は部屋を一周すると、リアンの肩にとまる。


「あれ? わたし?」


誰からだろうと両手を前に出すと、小鳥はその上でかさかさと広がって、しっとり外気の湿気を含んだ一枚の紙に戻る。


いつもながらさっきまで飛んでいた鳥が紙に戻るのは、とてもとても残念な気持ちになる。

反対に手紙を送るとき、シャロルの手のひらの上で、ただの紙が鳥の形になっていくのはものすごく嬉しい気持ちになる。


砦内でのやり取りで、廊下を紙のウサギが駆けていったり、大きめの紙の虫が飛んでいるのを避けるのは何やら楽しい。




リアンへの手紙は、麓の町バーウィッチから。装具士のイザードが送ってきたものだった。


「誰からだ?」


短い内容をすぐに読み終えて、リアンはアドニスの声に顔を上げる。


「イザードさんだよ。森から迷い出た竜を保護したからちょっと見てほしいって」

「竜を保護? 一頭か? 大きさは?」

「そういうのは何も書いてないけど」

「……まぁ、手に余るほどではないでしょう、小鳥で知らせて来るぐらいですから」


コンラッドが仕事の手を止めて、机の上で頬杖をついた。


複数の大きな竜が暴れているのなら、緊急性の高い方法で、騎士の方に声がかかるはずだ。手紙はそれとは明らかに違ってのんきそうでもある。


アドニスも頷いて小さく息を吐き出す。


「……そうだな」

「わたし行ってくる。シイを借りてもいい?」

「お? ……お、おお……ちょっと待て」

「あ、でもシイだとエドとは行けないよね」

「待て、何でそこでエドが出てくる」

「え? だって少しの間でも好きな人と一緒にいたいでしょ?」

「…………は?」

「あ。でもこの後アドニスは町に出るんだっけ、 マブルーク様と……だったら転移で送ってもらうのは難しいかぁ」


エドウィンは自分の竜はまだ持っていない。

見習いを経て正式に竜騎士と決まってから、自力にしろ他力にしろ相棒を探して見つけるのが通常だ。


リアンとエドウィンふたりが揃って、砦を速やかで安全確実に出るには、転移で森まで送ってもらうしかない。


ないのだが、この後アドニスはマブルークの随行で、隣の隣の領地に視察に出かける。


もちろん遠方なので、転移を得意とするお館様の侍女ソノヤも同行することに決定していた。


リアンとエドをシャロルが送るには、技術的にも魔力量的にも厳しい。不得意な術には余計な魔力を使わざるを得ない。行くことはできても帰りが問題になってくる。


「……いや、待て。どうしてもエドが行かないといけないのか」

「どうしてもって訳じゃないけど……一緒に行けたら嬉しいかなって」

「エドがか」

「エドもだけど、わたしも嬉しいよ」

「……んんん……それは……お前は、ほれ、あれだ……エドが好意を持っているのは知ってるってことか?」

「うん、だってエドわかり易いもん。すぐ真っ赤になるし、バレバレだよね」

「…………ほう。それでお前はそれを知った上で一緒に行くとか言う訳だな」

「え? 知ってるからでしょ? 好きな人とは少しだけでも一緒に居たいもんでしょ?」

「……んんん……そうか、エド……エドなぁ……」


難しい顔で腕を組んで唸っているアドニスの隣の席で、コンラッドは腹と口元を押さえて笑いを堪えていた。


反対にきょとんとしているリアンの後ろでは、シャロルが壁と向かい合って息を殺しながら小さく身体を震わせている。


「……いや、やっぱり駄目だ。シイにエドは乗せられない。俺だってまだまともに乗ってないんだ」

「うーん。だよね……残念だけど、ひとりでぱっと行って、ぱぱっと帰って来ようかな」

「ひとりはもっと駄目だ。……俺が行く」

「何言ってんですか、団長この後マブルーク様の子守りですよ」

「そうだよ、遠くまで行くんでしょ」

「んんん……じゃあ、コンラッドが」

「はい? 私が? 団長の代わりですか? それともリアンさんに同行しますか?」

「…………どっちも駄目じゃねーか!!」

「でしょうね。なら言わないで下さい」


ひと目でマブルークが面倒だと確信したコンラッドは、さっさと持ち前の的確さで、まんまとマブルークから嫌われることに成功した。

この者の顔は見たくないとアドニスが同席の場で、直接言い渡されてもいる。


残り少ない日程、なるべく機嫌よく国に帰って頂くには仕様がないですよね、とコンラッドは嬉々として言い放った。


「私も暇では無いんですよ、溜まりに溜まった仕事もありますし……でもリアンさんの安全を考えると、ご一緒した方が良さそうですね」

「……却下」

「失礼ですね。私はエドみたいに色にまみれた目で見たりしませんよ」

「……そ?! そんな目で見てるのか?!」

「え? そんなことないよ、純粋に、好きーー!!って感じだよ」

「う……ぐ。そ……そうなのか?」

「ですよねぇ、シャロルさん? ……え?! あれ? 居ない!」


シャロルはいつの間にか壁を伝って角の方に居た。小さくなってぶはと時々息を漏らしている。


「……よし、じゃあ、明日にしよう! な?」

「ええ?……ケガとかしてたらかわいそうだし、イザードさんだって困ってると思うよ?」

「でも、明日なら俺が行けるぞ?」

「何言ってんですか、明日も予定がありますよ」

「それに行くんならアドニスじゃなくて、エドと一緒でしょ?」

「おおう?……そうか? そうなのか? お前はエドが良いのか……」

「だってアドニスが行っても、マシューも困るよ?」

「…………誰?」


ぶはとコンラッドとシャロルが同時に吹き出して、遠慮なく笑い声をあげる。


もうちょっと引っ張っても良かったし、なんならバラさなくても良かったと個人的な意見も述べている。


大笑いしているふたりを他所に、リアンとアドニスは揃って不可解そうな顔をした。


「マシューだよ、イザードさんの娘さん」

「…………ああ、あのチビすけか」

「チビじゃないよ、素敵なお嬢さんだよ!」

「んん? そうか?」


アドニスには随分前に出会って、その頃、イザードの足に纏わり付いていた子どもの記憶しかない。


以来、会う機会はなかったので、思い起こせる姿が小さな時のまま、更新されてはいなかった。


「アドニスわたしのこともチビすけだと思ってんの?」


リアンがむうと顔をしかめると、同じようにアドニスも顔をしかめる。


「思ってないぞ、なんだ急に」

「わたしとマシュー同い年!」

「え?! そうなのか?」

「マシューは料理も上手だし、とっても優しくてかわいいんだからね!」

「……おおぅ。すまんすまん……え? もしかしてエドが好きなのってそのマシュー?」

「…………そう言ったよね、前に……話聞いてなかったの?!」


思い返せばそんな話をしたような、していないような、アドニスにはおぼろげな記憶しかない。


「あぁ、それでエドと一緒に行きたいのな?」

「もー!! 最初からそう言ってるでしょ!」

「お、おう……そう、そういうことな……なんだ、そうか……」

「……今日はエドと行くのは諦めるけど、ひとりで行くのは諦めてないからね?」

「う、うーん……それはそれで心配だな」

「どうして? 様子を見に行くだけなのに」

「お前ひとりだと変な男が寄ってくるだろ」

「何それ。誰が寄るのって、シイが一緒なのに……」


人が乗れる程の大きな竜は、慣れている者以外は、忌避の対象であることを忘れてしまいがちになる。


そして相棒だ友だと思っていると、竜が人と同等に心優しい生き物であると思いがちになってしまう。


リアンに何かあればシイだって大人しいままでは無いこともうっかり失念する。


「あ、まぁ、そりゃそうか」

「行ってきても良いでしょ?」

「うーん……さっさと片付けて帰れよ」

「はい! 分かりました!」

「……返事は良いんだけどな」

「約束は守るってば。信用してないの?」

「……信用はしてるけど。それと心配じゃないかは別だからなぁ」

「うわ……兄さんと同じこと言ってる」

「……最近ディディエの気持ちがものすごくよく分かる」

「あら〜」

「あら〜……だよなぁ」

「まぁ行くけどね」

「そうなんだよなぁ」





麓の町は小春日和で、空は高く雲も頭の真上には無い。


少しの間だからと断ったのに、シャロルにぐいぐい着せられた防寒着を、いつもの格好になるまで何枚も脱いでいく。


全部をシイが着けた手綱に引っ掛けて、持ってきた鞄を脇に抱えてからぺしぺしと首を叩いた。

いい子で待っててねと声をかけると、シイはきちんと翼を折り畳む。

工房の壁に寄りかかって丸くなり、目を閉じた。

柔らかそうな草の上で、良い日向ぼっこの場所を見つけたらしい。


工房からは何かをしているような音は聞こえてこない。


リアンは向かい側にある家まで行って、声を張り上げた。


「イザードさーん! こんにちはー! リアンでーす!」


初めて訪れた時のエドウィンの真似をすると、中から現れたのはマシューだった。


「いらっしゃい、リアン! 早かったね」

「うん。イザードさん困ってないかと思って」

「ふふ……困ってるみたい……ひとりで来たの?」


マシューがリアンの背後を気にしているから、リアンはしょんぼりとした風情で眉の両端が下がる。


「んーん……シイとふたり。エドは一緒じゃないんだ」

「あ、そう? ひとりじゃ無いなら良いの。シイと一緒なら安心だ」

「今度はエドと一緒だからね!」

「うん? まぁ、エドも忙しいだろうから、無理して来なくていいよ」

「えええ? そんなぁ……」

「冗談だって。リアンもエドも大歓迎だから、いつでも遠慮せずに来てね?」


にやりと笑ったマシューは、家の奥に向かって大声を出した。

のん気そうな返事のあと、のそのそとイザードが表に出てくる。


「おお、リアン。よく来てくれた。思ったより早いな」

「……だっていつ来いって書いてなかったから、急いだ方が良いのかと思ったよ」

「あれ? そうだったか? 悪かったな、でもおかげで助かる」

「もう、お父さんたら。リアンだって暇じゃ無いんだから……しっかりしてよ」

「そうだな、すまんすまん」

「大丈夫だよ、そろそろ外に出たいと思ってたし、久しぶりだから嬉しい」

「んん? そうか……もうお山は雪で外に出られないか?」

「わたしの膝まで積もってるよ」

「はー。そりゃ難儀だな!」

「ここはまだ暖かいね」

「まぁなぁ。朝晩は冷えるけど、お山に比べたらそうなるな」




こっちだと案内するイザードの後を、リアンは追った。


馬たちが入る厩舎の横に、竜たちが入る厩舎もある。その奥まで歩を進めた。


「ん? あれ? 思ったより小さい」

「そうか? でも立派に竜だからな」


暴れては人も自分も傷付けてしまうので、竜は粗く編まれた袋に詰め込まれていた。

野菜などを運ぶのに使う袋は、リアンの片腕分ほどの長さしかない。


「……とりあえず落ち着くのを待ってみようと思ったんだけど……なかなかだな……何か間違えたか?」

「んーん。暗くて狭くて静かなのは正解……この子どうしたの?」


布袋はばったんばったんと飛び跳ねたり、裏返ったり、ひと時も止まる様子がない。

ぎぎぎと警戒音を鳴らし、くるるると怒りの声もずっと聞こえている。


「あー……見つけたのは俺じゃないんだ。森に入ろうとしてた猟師がな。その時は弱ってたらしくって、とりあえず持ってた袋に詰めたまでは簡単だったらしい」

「ほうほう……なるほど。じゃあまぁ、ちょっとイザードさんは危ないのでここから出て、出入り口を閉じて下さい。急に飛び出したりしたら大変だから」

「おお? リアンひとりで大丈夫なのか?」

「大丈夫です、安心してお任せ下さい」

「そうなのか? ほんとか? 何かあったら呼べよ? すぐ外にいるからな?」

「うわぁ、イザードさんたら、誰に向かって言ってんの?」


おっとと両手を小さくあげて、にやりと笑うとイザードはそれ以上言い募らず、すんなりと厩舎を出ていった。

出入りの重たそうな扉を閉じる。




リアンはそれを見送って、薄暗くなった中で、その布袋に近付いて地面に腰を据えた。




ばったんばったんと暴れる布袋に、いつものように話しかける。








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