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18 世界と好きのひろげかた。





「あれ? 暖かい……ていうか、ちょっと暑い」

「下界は正しく残暑ですねぇ。お山は朝方雪がちらついてたのに……さあさあ、上着は脱いでしまいましょう、リアン様」


シャロルにさくさくと脱がされて、上着や襟巻きはもうひとりの侍女に手渡される。


「ありがとうございます、ソノヤさん」

「いいえ。また迎えに上がります、楽しんで、お嬢様」

「はい!」


コンラッドと別れた町から、竜の馬車で五日かかる距離を転移し、リアンとシャロルをバーウィッチに運んだのが、このソノヤという侍女だった。


転移は我が身か、それ相当の荷物を移動させるのが基本だとシャロルは説明した。

移動の距離は術者の力量によって違う。


ソノヤは長距離や、大人数での転移を得意としており、今回も送迎を引き受けてくれた。


「きりきり行きますよ、少年。リアン様を楽しませつつ案内しなさい」

「……はーい」

「ふつうにしてくれたらいいからね、エド」

「その普通もよく分かんないんだけどね」


リアンとエドウィン、シャロルの『おつかい班』が結成されて、バーウィッチの厩舎に向かうことになった。


円形に敷かれた石畳から、真っ直ぐに伸びた道をしばらく歩いて森の外に出る。

空を行くのは問題ないが、地上を行くなら、この道を歩いて、門を出なくては正しく外には行けないのだとシャロルは説明する。


「正しく外に出る?」

「転移で砦から無理に森を越えようとしたら、どこか分からないところに飛ばされて、どんなに頑張っても一生ここには戻れなくなります」

「飛ばされるって、ひゅーって?」

「ずばばばばて感じです」

「わぁ、それは大変だね」

「逆もです。門を通らずに外から直接 砦に転移しようとすると、今度は一生 森から出られなくなりますから知っておいて下さいね」

「魔術でそうなってるんですか?」

「そうです」

「すごいんですね」

「凄いんです」


石の敷かれた道を進んで、おつかい班は正しく外に出た。


そのままのんびりと一本道を歩くと、しばらく後に小さな集落が見え始める。


小さな集落をいくつか通り過ぎた先にあるのがこの国最北の町、バーウィッチだ。


町は木と漆喰の壁でできた、温かみのある建物がほとんどだった。

大通りに面した商店は、どれも二階から上が住居になっている。


大きな町ではない。

店先で呼び込む人もなければ、人通りが多いのでもない。決して賑やかとは言えないが、はっきりと人々の生活の場としての役割を果たしていた。



その町の端にストックロス砦専属の厩舎がある。


人を乗せて地を走ったり、馬車を引く竜は、山の上にいてもどうしようもないので、ここに預けられていた。


お館様の馬車や、客人用の馬車もここに格納されている。


大きな敷地内に居るのは竜だけではない。


「みんな、こっち見てる……」

「好奇心が強いからね、知らない人に興味があるんだよ」

「け、毛が生えてる……」

「毛が生えてない馬なんて嫌だな……リアン馬 嫌いなの?」

「違うよ……でもよく知らないから」

「ここの馬は生まれた時から竜と一緒にいるから、竜を怖がったりしないんだ」

「へえぇぇぇ……一緒に居られるんだねぇ」


大型の動物は竜にとっては捕食対象なので、本能的に竜を怖がる。


しかし地を走る竜は馬と同じく草食のものが多い。ここに居る竜はあえて草食の種に限っていた。


気性も穏やかで優しい竜が多いので、馬と同じ柵の中に放されている。


「わあ……エド……」


エドウィンの腕にしがみついてきたリアンの足元を、毛が長く耳の垂れた犬が、くるりとまとわりつくようにしていた。


リアンからは思った反応が得られなかったので、諦めてエドウィンに頭を差し出している。


エドはぐりぐりとその茶色い頭を撫でた。


「ここの番犬のリッチーさんだよ、怖くないから大丈夫」

「リッチーさん……こんにちは……」

「撫でてあげてよ」

「!!……む……むり……」

「……よっぽど翼竜の方が怖いと思うんだけどな……ほら、あっちには猫……えっと、なんていう名前だっけ」


庭にある丸太の上では白に黒ぶちの猫が丸まって欠伸をしていた。


「羨ましいですね、少年!! その立場を代わって欲しい!! ……のはやまやまですが、少年に縋っているリアン様を離れたところから見るのもまた良し!!」

「は……はぃ……。リアン、ちょっと離れようか、大丈夫だから」

「リッチーさんが……!」

「リッチーさんはリアンと仲良くしたいんだよ」

「あ、そ、そうか……よろしくお願いします、リッチーさん」


リッチーさんの茶色くて長い尻尾がふらふらと揺れる。


大きな口も、そこからのぞく牙も、意思のままに揺れる尾も、部分的には竜に似ているではないかと、リアンは自分に言い聞かせた。


そっと頭に手を乗せようと差し出すと、リッチーさんの方から頭を擦り付けてくる。


「毛が……毛が生えてる……」

「……毛が無い犬もなんか嫌だな……ほらリアン、あっちが工房だよ。装具師はイザードさん」

「イザードさん……」

「行ってみよう」

「はい!」


大きな漆喰の壁の建物には、大きな開口部があった。


中は薄暗く、目の前には立派な馬車が収まっている。片側の車輪が無く、木製の台で支えられていた。


鉄を打つ甲高い音が小気味良く響いている。


「こんにちはー! イザードさーん! エドウィンでーす!」

「おーう、エドかー! 待ってろ、すぐ行く」


奥から太く丸い声が聞こえて、音が止むと、すぐに馬車の向こう側から人影が近付いてきた。


「どうしたエド、今日は何の使いっ走りだ……なんだこのかわいいのは!! まさか彼女か!!」

「違うよ!!」


両脇に手を差し入れて持ち上げられたリアンは、驚きのあまりなされるがままだった。


足の下ではリッチーさんが楽しそうにぴょんぴょこ跳ねている。


高い視点から、自分の兄よりも大きな男を見下ろした。

ひげもじゃで熊のような見た目だ。


「かんわいいなぁ、おい! お人形さんみたいだな!」

「こんにちは、はじめまして、リアンです」

「はい、こんにちはー。なんだエド、いつの間に彼女を作ったんだ。ヒマなのか?」

「だからリアンはそういうのじゃ無いって!」

「うちのマシューが泣いちゃうじゃねーか、かわいそうに」

「何でそこでマシューが出てくるんだって! お願いだからイザードさん、話を聞いてって!!」


下に降ろされて地面の感触を足の裏で確かめていると、ささっとシャロルに服を直される。


エドウィンは脇に抱えていた鞍の木組みを前に突き出した。


「これを元に新しい鞍を作って欲しいんだ」

「ほーぉ。すごいな、ここまで作ったのか? お前が?」

「違うよ、ほとんどリアン。俺はちょっと手伝っただけ」

「はー……大したもんだ」


イザードはくるくる回しながら木組みを観取した。


「こっちが前か」

「はい」

「ずいぶん小さな竜だな」

「大きくはないけど……細いです、全体的に」

「ほうほう……」

「俺あの種の翼竜見たことない」

「へぇ、今度見に行かせてもらおうかな、どんな意匠にするか参考に」

「……呼びますか?」

「は?」

「……今、森に放してるよね?」

「あ……と。そうかな、そのくらいの時間かな……でも、呼ぶって、まだその訓練は」

「竜が空から森を越えてくるのは大丈夫なんですよね?」


後ろに大人しく控えているシャロルを振り返って確認すると、はいと穏やかな返事が返ってくる。


「ここに呼んでも良いなら呼びます」

「は! そりゃ、話が早くて助かるな」


工房から数歩で外に出て、リアンは空を見渡した。


「シイーー!! ……あ! どこに降りたら良いですか、他のみんながびっくりしませんか?」

「あぁーまぁ、大丈夫だろう。うちのはみんな慣れてるから」

「えっと……じゃあ、ここの屋根の上に!」


話の後半は大きな声で、しばらく待っていると、ばさりと羽音がして地面に影が落ちる。


陽の光を背負ったシイは白金の縁取りのある灰色の影のようだった。

滑らかな起伏は艶かしさすら感じる。


シイは喉の辺りをぷくりと膨らませていた。


「はは! 食べてる途中だった? ごめんごめん、飲み込んで」

「え、ちょ……何食べたのシイ」

「木の実だって……黄色くて大きい」

「ああ、森にたくさんある……あれ食べられるの? すごく硬いよ。不味そうだし」

「うんまぁ、味じゃないから……お腹のぐるぐるが治るんだって」

「へ……へぇ……」

「イザードさん、この子の鞍です」


ぱかりと口を開けて、呆けたようにシイを見上げていたイザードは、はっと我に返る。


「これは……まぁ、なんときれいな……」

「だよね。俺も初めて見た時びっくりした」

「はあーー……こりゃ大変だ」

「え? 難しい感じですか?」

「ああいや、この竜に見合うだけの良い鞍をって考えたら……身震いがするな!」


誰が乗るから、ではなく、この竜が着けるから、と考えてくれていることに、リアンは嬉しくなって口の両端が持ち上がる。


「こしらえを流れるようにしたいな……色も普通じゃ面白くない……革を染めるか……ううん……楽しくなってきた!」

「あんまり派手にしないでよ。団長そういうの好きじゃないから」

「あっそ」

「あっそ、じゃないって!!」

「お前うるさい、黙ってろ……母屋にマシューがいるから菓子でももらってこい」

「子どもじゃないからな!」

「はいはい……なぁ、リアン。もっと近くで見ていいか?」

「はい……シイ、こっちにおいで。いい子にね……イザードさんは触らないようにして下さい、まだ人に慣れてないので」

「お、おう……わかった」


ばさと音を立てて、改めて翼をきれいに折りたたむ。


いつの間にかシャロルとリッチーさんは離れた建物まで遠ざかっていた。

壁際にきちんと並んでこちらを見ている。


屋根からぴょんと飛び下りて、シイはぐるぐると喉を鳴らしながら、頭をリアンに押し付けている。


頭を撫で回しながら、いい子にねとリアンは声をかけた。


「……おい、リアンはあれか? あの竜の主人か?」


どすとイザードに背中を小突かれたエドウィンは、ごほごほと噎せながら後ろにいる大男を振り返る。


「……リアンは『竜狩り』だよ、シイもリアンが狩ったってさ!」

「は?! あんなかんわいい『竜狩り』が居たのか!! 世界は広いな!!」

「驚くのそこ?」



イザードの言葉はリアンの胸に響いてなかなか鳴り止まない。


ちゃんとした大きさは知らなくても、世界が広いことを知っていて、自分の想像だけでも、さらにどんどん広げていける。


イザードはそんな人なのだ。


ひ弱な女や子どもには無理だから、女で子どもの『竜狩り』は居ない。

だからリアンは『竜狩り』ではないと、このイザードは思わなかった。


自分の知らない世界のどこかに、リアンのような人がいてもおかしくないのだと、いつもそう思っているから「世界は広いな」のひとことでイザードの世界は大きく形を変える。


リアンが『竜狩り』であることを、無条件に、世界は広いからと片付けた人はいなかった。


こうして自分の世界を大きくするのだと、リアンは初めて知った気がした。


「イザードさんは大きいですね!」

「は? うん? ……うん、大っきい方かな」

「素敵です!」

「あら……ありがとう。かみさんにもステキとか言われたことないのに……惚れた?」

「はい!」

「なんてこった!! おっさんがもっと若い時に出会いたかった!」

「……おっさんが若い時にはリアンはまだ産まれてもないよ」

「そりゃ言えた!! 残念!!」


わははと笑いながら、ばしばしとエドウィンの背中を叩いている。

その大きな手から身を捩りながら逃れて、エドはイザードを睨み返す。


「まぁ、そんな怒るなって。彼女を横取りしようなんて思ってないから」

「だから彼女じゃないって!」

「エドはお友達だよね!」

「そうだよ!」

「……うわ! エドがフラれた!」

「だからなんで俺がフラれたことになるの?! そもそも俺は他に好きな子が!」

「えぇっー?! 誰?! 誰、エド!!」

「マシューだろ?」

「うるさーーーーい!!」


真っ赤になって走り出したエドウィンは、脇目も振らずに遠くの建物に向かっていった。


「……もう……かわいいなぁエドは」

「マシューはイザードさんちの子ども?」

「おう、かわいいんだぜウチのマシューちゃんも。エドと同い年だな」

「あ! じゃあ、私も同い年だ!」

「そうかそうか! 後で紹介しような!」

「やったー!! 私も友達になれるかな!!」

「なれると思うぞー」


嬉しさのあまり、言葉も発せずに両手を高く上げたリアンに、シイはぐりぐりと頭を擦り付ける。


どんどん前に押されて、転けそうになる手前でイザードがリアンを持ち上げて、ひょいと横に置いた。


「さあ、先に仕事の話といこうか」

「はい!」

「乗るのは騎士団長か」

「そうですね」

「この……シイはチタとどこが違う?」

「空を駆ける速さですね、とても速くて小回りも利きます」

「なるほど、見た目通りって感じか」

「ですね……なのでなるべく鞍は軽くしてほしいかなと思います」

「うん……少し考えてみよう。他の装具も合わせて作らせてもらって構わないか?」

「そうですね、今は間に合わせのもので何とかしてるので……壊れた時の予備もあると助かります」

「分かった、任せてもらおう」

「はい、お願いします!」




シイが退屈しだしたので、森に送りかえした。


他にも細かい話をあれこれと詰め、その場で立ち話をする。


しばらくすると決まりが悪そうにエドウィンが戻ってきた。


件のマシューがお茶を淹れたからと寄越されたらしい。





イザードからマシューを紹介され、エドとマシュー以外がにやにやしながらお手製のお菓子とお茶を頂いた。










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