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17 わたしのこと好きなんですか?






明けて翌日から、リアンは与えられた仕事に精をだす。



服装も改まって、ひらひらと分量の多い衣装ではなく、動きやすく身軽な装いに変わった。


身支度を整えてからお茶を淹れ、まだ寝ているアドニスの腹の上に飛び乗る。

急襲に呻いている間に大変良い具合に茶葉が蒸された。


この日から食事は食堂でみんなと取ることにした。

シャロルに見られながらひとり静かに食べるより、大勢で賑やかに食べる方が断然美味しく感じる。


大きな食卓で同席になった騎士たちに軽く自己紹介を受けて、賑やかに過ごす。


朝食の後は、アドニスと別れて、エドウィンにひっついて厩舎まで登った。

昨日の近道とは違う、少し遠回りのちゃんとした階段を使う。


「まずは寝床を整えるので、半数を外に放します」

「はい!」


エドウィンは横木を外しながら、一頭ずつ名前と主人を教える。


放された竜たちは順序よく、壁を蹴ったり跳ねたりしながら、天井の大穴から竜の高楼へと出ていった。


体をもごもご動かし、羽を広げ、しばらく日光浴をする。

体が温まった竜から高楼を飛び立って、それぞれ好きに空を駆けている。


「みんな寝藁を使ってるんだねぇ」

「リアンさんの家では違うんですか?」

「うちは近所に木を加工する職人さんがいたから、木屑を作ってもらってた。砂が好きな子もいたし」

「……砂、ですか」

「うーん。多分、コンラッドさんのルダは、砂地に多くいる種だから、砂の方が好きかも」

「マジですか」

「まじです……ていうか、エド。しゃべり方普通にしてよ」

「いやいやいやいや……竜狩りの方にそんな……」

「エドは竜騎士様だよ」

「まだ見習いです」

「そのうちなるでしょ。それに同い年だし」

「いやぁ……団長に悪いんで」

「は? なんで? 何が悪いの? 仲良くしろって言ってたでしょ」

「そうです……けど」

「じゃあ普通にしゃべって」

「う……ん。わかった」

「わたし同い年の友達初めて! 今まで周りはでっかいのか、ちっさいのしかいなかったんだ!」

「そうなんだ」

「うん! さん、とかもやめてリアンて呼んでよ!」

「…………イヤ怖いっす!」

「何が!!」

「色々あるから!」

「色々って何?!」


作業をしながらだったので、はっきりと会話に決着が着く前に掃除は終わる。


小部屋から掃き出した藁はまとめて運び、肥料や燃料に変わると説明された。


「ええっと……ルダは砂の方がいいのかな」

「近くにいい砂があればね」

「砂地なんかあったかな……」

「あったらルダが知ってるよ」

「ええぇぇぇ……?」

「なに? 連れてってもらって、そこからルダが自分で運べばいいんじゃない?」

「簡単にそんな……」

「あ、そうか。人の竜には勝手に乗っちゃいけないんだっけ」

「そうだよ……」

「『竜狩り(わたし)』は乗れるけどね」

「なるほど……ってならないから!」


主人以外の他人が騎乗することは、緊急事態以外はご法度とされている。

竜にとっても人がころころ変わるのは混乱の元だし、騎士の作法的にもよろしくないとされている。


例外なのが『竜狩り』だ。

調教がないと始まらない。そもそもが騎士でもないから、決まりの外側だ。


「まぁまぁ……コンラッドさんの鞍ってどれ?」

「え? 本気で探す気?」

「ルダが砂のが良いんならね」

「そこの……団長の横の」


壁にはずらりと鞍が並んでいた。

個別で分かりやすいように、一式が壁の鉄杭に引っ掛けてある。


「ん? あれは? なんでここに剣があるの?」


近道の出入り口の側には、一振りの大剣が壁に掲げてある。

横向きに、鞘はがっちりと固定されているように見えた。


「あれは……なんかあった時用に」

「なんかあった時用?」

「暴れたりとかで、手が付けられなくなった時に」

「剣だけでなんとかなるもんでも無いと思うけど」

「……強い毒が塗ってあるから……傷付けるだけでも効くらしいよ」

「……わぁ……ひどい」

「……だよね」


竜騎士を目指しているから、もちろんエドウィンも竜が好きで。

そんなものを使いたくもないし、そんな事態にも遭いたくないから、ずいぶんと気落ちした声を出していた。


「滅多に使わないとは聞いたけど。ほら……なんて言うか、お守りみたいなもんだって。……もし手が付けられなくなったら『竜狩り』はどうするの?」

「傷は付けられないよ、売りものだもん」

「だよね」

「寄ってたかって括って倒す。狩りの時と一緒だよ」

「……そうか……技だね」

「だね……大人しくさせるコツもあるし」

「はあ……なるほど」

「その前に竜乗りなら、手が付けられなくなるほど暴れさせないでよ、って感じ」

「おっしゃる通りです」


原因になることは多々あるが、その中でも人的な失敗が多くを占める。それも些細なことがきっかけで、だからこそ意識が薄くて起こりやすい。


そもそもが自然の中で己だけと生きてきた竜だ。共生という感覚はあまり無い。


人とは『仕方ないから付き合ってやっている』ということを忘れるから益体もない失敗をする。




外に放している竜たちを呼び戻し、厩舎に戻したあと、残り半数も同じ手順を繰り返した。


厩舎の掃除を終えた後はコンラッドの竜に乗り、リアンは砂地を探しに飛び立った。

ルダには思った通り、お気に入りの場所があった。


勝手はできないので、先ずは砂を寝床に使ってもいいのか、主人に許可を得なくてはいけない。

コンラッドの帰りを待つことになった。





リアンはエドウィンにくっ付いて、昼食を取りに食堂に向かう。


各自が頃合いを見計らって食事をするので、朝ほどのひと気は無く、席はまばらに空いている。


午後からのことを話しながらエドウィンとリアンは同じ卓に向かい合って座っていた。


ふたりのすぐ横に男がやって来る。食事が乗った盆を雑に扱うことに、エドウィンは一瞬だけ眉を寄せた。


「エド、掃除は終わったのか」

「さっき終わった」

「あっそ……で? この『竜狩り』様は使えるの?」

「……失礼だろ、やめろよ」


冗談だと笑いながらリアンの隣の椅子を引くと、そこにどかりと腰掛けて、だるそうに頬杖をついた。


「ヘイグ デンホルム」

「…………ヘイグさん。リアンです、よろしくお願いします」


エドウィンの横には、ヘイグと同じくらい体格の良い、真面目そうな男が席に着く。

並んでみると、エドウィンはひと回りほど体が小さく見えた。


「オキーフだ。よろしく」

「オキーフさん、リアンです、よろしくお願いします」

「ふたりとも竜騎士見習いだけど、ヘイグとオキーフは年上だよ。ここで見習い期間が終わって、この後、配属が決まるんだ」

「あ、そうなんですね」

「なあ、本当にあんた『竜狩り』なのか?」

「ヘイグ、やめろって」

「腕、見せてみろよ」

「黙れヘイグ、見苦しい」

「なんだよ、金さえ積めば買える証もあるって聞いたことあるだろ?」

「リアンのは本物だよ。王家の紋だった」

「……ふーん……で? エドには見せて、俺らには見せられないんだ?」

「……そんなつもりは」


リアンが袖をめくろうとすると、オキーフはすっと手を伸ばしてそれを止めた。


「女性がやたらと腕を出す必要はない。あの扱いを見れば分かる」

「……やっぱり。最初の日に会いましたよね?」


チタに乗って初めて竜の高楼にやって来た時、何人かいた騎士の中にオキーフがいたような気がする。

リアンはそれを思い出していた。


「 鞍も手綱も無しで騎乗なんて、普通の人に出来ることじゃない。チタだってあんなに懐かないだろう」

「……ふぅん。手懐けるのが上手いんだ」

「もういい……済まない、口が悪くて」

「いえ、疑いたくなるのは、分かります」


それこそもっと口汚く言われたことだってあった。


直後にディディエが大暴れして大変だったことを思い出す。

リアンが『竜狩り』になりたての頃、ずいぶんと前の話だ。


それからは滅多に証を人に見せることは無かったので、こんな絡まれ方をしたのも久しぶりだった。


それでもリアンは特に不快な思いはしていない。


「ひとりで何が『竜狩り』だよ」

「……そうですよね」

「別に狩りだけが『竜狩り』の仕事じゃないだろ、リアンはきちんと仕事を手伝ってくれた。しつこいよヘイグ」


ヘイグの言うこともよく分かる。

確かに俄かには信じられないだろう。そもそも数人で組を作って、仲間と竜を狩るのが『竜狩り』だ。

基本は単独では行動しない。


竜狩りが竜騎士に雇われるなんて話も聞いたことがない。

元々が売り手と買い手の関係だから、立場が余計にややこしくなっている。


取引き先同士で懇意な付き合いをするのも、周囲に良からぬ勘ぐりを生む。


ヘイグはまさにその先頭に立っていた。


どんな内容にしろ、こうして出会ってすぐに自分の立ち位置を表明してくれるのは、距離も測りやすくて楽だ。




「ここに居たのか、リアン」

「アドニス」

「よしよし、仲良くやってるみたいだな。しっかりやれよ」

「はい! あ、そうだ。午後からシイの鞍を作ろうかと思うんだけど、予備の材料もらっていい?」

「ああ、いいぞ使え……っていうか、お前イチから作る気か?」

「んーん。調整だけしたら装具師さんに頼む気だけど」

「……だよな。流石にな」

「さすがにねぇ。騎士様が使うんだもん、格好良くしないと」

「お前なら全部自分で作りそうで怖いわ」

「わたしが使うなら別に良いけどね」

「……頼むからやめてくれ。乗ってる間に壊れたとか、笑い話にもならないぞ」

「たしかに!」


話をしている間も、アドニスは軽く編んで垂らしたままのリアンの髪をぎゅっぎゅと握っている。


「……アドニス、この後もとくしの人の相手?」

「ん゛ーー……」

「お仕事がんばれ! 」

「ん゛ーー……お前は無理せずに切りのいいところで部屋に戻れよ」

「はい」


無心でリアンの髪を握っていると、他の騎士に首根っこを掴まれて、アドニスは別の卓へ連れて行かれる。


リアンと見習いたちはアドニスを無言で見送った。


「……えっと、俺。さっきは鞍を作るところを見せてもらおうかなって言ったけど」

「うん? 他に仕事があった?」

「いや……ないけど」

「用事ができた?」

「めんどくさいことに巻き込まれたくないんだろ?」


いち早く食事に戻っていたヘイグが、スプーンを手の先で軽く振り回す。


「めんどくさいこと?」

「この竜狩り様は竜騎士を誑し込むのも上手いんだな」

「余計な口が多いぞ」

「何が余計だよ、ホントのことだろ。エドもはっきり言ってやれよ」

「俺は別にそういうつもりで言ったんじゃない」

「じゃあ、どういう意味だよ」

「ちょっと遠慮した方が良いのかなと思っただけだろ」

「遠慮ってなにを? 鞍のこと勉強したいって、エド言ってたのに」

「ついでに団長の手綱の握り方も教えてもらえよ」

「ヘイグ!」

「……ヘイグさん、わたしのこと好きなの?」

「は?! 今までの話聞いてなかったのかよ。どんだけ自意識過剰だ」

「違うのか……あんまり絡んでくるから、気を引きたいのかと思った」

「なんでそうなるんだよ」

「じゃあどうしてわざわざ隣に座ってきたの?」


心底腹立たしそうに席を立つと、ヘイグは食事の乗ったお盆を手に、離れた別の席へと移動した。


「……気を悪くさせたな。すまない」

「平気です、大丈夫」


苦笑いで頷くと、オキーフも席を立ってヘイグの卓に移動する。


「エドは? 行かなくて大丈夫?」

「へ? ……いいんだ、別に。元々そんなに仲が良い訳でもないし」

「そうなの?」

「向こうのが年上だし、先輩だし。こき使われてばっかりだし」

「下っ端は辛いね」

「だよね……ごめん、ちゃんと止められなくて」

「……うん? ヘイグさんのこと?」

「ホント大丈夫?」

「嫌味が言いたかったみたいだけど、あんなの嫌味の内にも入らないでしょ」

「はは……私のこと好きなのか、だって。ヘイグのあの時の顔、面白かった」

「そう言っとけばそれ以上いじめられなくなるって、小さい時に兄さんに教えてもらったんだよね」

「だね、良い考え方だな。俺も真似しよう」

「で? エドはこの後どうする? 何に遠慮してるの?」

「……団長に悪いかなって」

「他にしたいことがあるなら別にいいけど。アドニスは頑張ろうとする人を悪く思わないよ?」

「……うん。だよね……やっぱり見せてもらっていいかな」

「もちろん」




鞍が壊れた時のために、補修用の予備の木材や、部品は揃えられている。


必要な分だけ揃えて、組み立てる作業をエドとふたりでする。


途中にはオキーフもその様子を見に来た。


シイの体に合わせて基礎になる木組みを作り、そこから先は職人に任せるところまで仕上げる。


「近くの町に装具師さんはいる?」

「うん、バーウィッチにこの砦専属の人が」

「じゃあ、町に下りて頼みに行かないとね」

「俺が行こうか? 地竜の世話も同じとこに頼んでるから、様子を見に行きたいし」

「へえ! 馬車を引く子たちだね。わたしも行ってみたい!」

「行けるように頼んでみようか」

「うん! そうしよう!」




日が暮れるまではシイの訓練に時間を使った。


人を乗せることに慣れなくてはいけない。

人が背に居ると自分の好きに駆けることよりも、指示に従うことに重きを置かなくてはならない。

指示をされることにも慣れがいる。


少し飛んでは高楼まで戻り、どんどん距離を伸ばしていく地道な訓練が続く。



シイの集中が切れそうな手前で厩舎に戻る。


厩舎で割り当てられた居場所に慣れることもしなくてはならないから、シイにとっては気疲れの連続だ。





山の向こうに太陽が行ってしまうと、一気に影の範囲が広がる。


夜が色と密度を濃くして、それを追い出すように砦内には明かりが灯る。




まだ部屋に戻らないリアンを心配して、アドニスが厩舎に上がってきた。


「リアンは?」

「……ああ、良かった。そろそろ団長を呼びに行こうかって」

「……なんだ?」


エドウィンが苦笑いで指差したのはシイに割り当てられた居場所。


中には丸まっているシイを枕に、丸まっているリアンが寝こけていた。


「いつの間にかこうなってました」

「なんだこりゃ……次からは叩き起こせ」

「……はい。でも気持ち良さそうなんで」

「……そうだな」


抱き上げる為に、シイからリアンの体を引っこ抜こうとする。


ぐぐうと不満の声をシイは上げた。

ぺしぺしと首元を叩いて、アドニスは笑う。


「はいはい。また明日な……よっこらせ」


抱き上げたリアンの体はほかほかと暖かい。

抱きやすいように揺すって持ち方を変えても、ひとつも起きる気配がなかった。


体調が悪いのかと顔を覗き込んでも、首元に手を置いてみても、特に悪そうでもない。


ふうと安堵の息を吐いて、部屋に戻ろうと振り返る。


「エド、お前ももう休んでいいぞ」

「はい……分かりました。団長?」

「どうした?」

「あそこの……新しく作った鞍なんですけど、明日にでもバーウィッチに持って行こうと思います」

「おう、頼んでいいか」

「はい、もちろん。えっと……リアンも町に行きたいって」

「そうか。お守りを任せてもいいか?」

「は、はい……あの、いいんですか?」

「ああ、この見た目通りあんまり丈夫じゃないから、無理はさせるなよ? お前は止める役だからな」

「は……い。あの、えっと、そうじゃなくて、俺が一緒で良いのかなと思うんですけど」

「ひとりで面倒みるのが大変なら、侍女のシャロルも連れて行け」

「そ……うですか。で……すね。分かりました」

「なんだ、歯切れが悪いぞ」

「あ、や。団長が許可して下さるんなら大丈夫です」

「装具師のとこに行くんならリアンがいた方が話が早いだろ? 頼んだぞ」

「……了解です」



リアンを抱えたままいつもの近道を戻ろうとすると、慌てふためいたエドウィンに危なすぎると止められる。

そりゃそうだなとアドニスはちゃんとした方の階段から塔を下りた。




時間になっても夕食を取りに来ないことを心配したシャロルが、部屋に顔をのぞかせて、寝顔について褒め讃える大声を上げるまで、リアンはぐっすりと眠ったままだった。







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