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15 あなたとわたしと塔の上。






窓辺の卓には三人分の茶器が並ぶ。


お茶くらい良いだろうとリアンは強引にシャロルの手を引いた。アドニスも苦笑いでくいと頭を振る。


シャロルは渋々といった様子で席に着いた。


器に口をつけてすぐ、アドニスは短く笑い声を上げる。


「なんだ、美味いぞ」

「でしょ? シャロルさんが丁寧に教えてくれたもん」

「コンラッドより格段に良いな」

「え? コンラッドさんがお茶を淹れてるの?」


お茶を淹れようとするたびに過度に応援したり、無駄と思えるほど褒めていたコンラッドを思い出して、リアンはやっとその理由が分かった。

この役を譲りたくて仕様がなかったのだろう。


「これからはリアンに任せよう」

「はい! やった、仕事がもらえた!」

「シャロル、もうしばらくはリアンに付いてもらっても構わないか?」

「ええ、お館様がお帰りになるまではそのつもりでした。チェルシーと交代で」

「悪いな」

「いいえ、むしろ私は置いて行かれて幸運だと思いましたから」

「置いて行かれたって?」


リアンはシャロルに向かってかくりと頭を傾ける。

さらりと肩からこぼれたリアンの髪の毛を、アドニスは手にとって背の方に流してやる。


「お館様のことだ。この城砦の主人だな、シャロルはお館様の侍女をしている」

「そのお館様に置いて行かれたの?」

「そうだ……今回の特使が国に帰るまで、戻る気は無いんだろう?」

「……でしょうね」

「鼻が利くことだ」

「お館様ですから」


穏やかに笑うシャロルはいつになく寂しそうに見える。そのお館様に置いて行かれたということがリアンの心の内に引っかかる。


ますます世話をしてもらっているのが申し訳なく感じてくる。


「わたし……自分のことは自分でやりますから、大丈夫です。シャロルさんはシャロルさんのやりたいことをやったら良いです」

「…………リアン様の愛らしさは天井知らずですか!! 今の聞きましたか団長様!! いじらしい!!」

「声がでかいな」

「心配なんて要りませんよ、リアン様!! 全部、ぜーんぶ!! このシャロルにお任せ下さい!! 手と言わず足と言わず、取っては撫で回させて頂きます!!」

「なに言ってんだろうな、こいつ」

「お館様は、その……とくし? が帰らないと帰って来ないの?」

「そうだな」

「嫌いだから?」

「面倒な客だから相手にしたくないんだろ」

「ああ、お客さんのことか。ふーん……」

「何にしたってリアン様が気を煩わせることはありませんよ。団長様が煩わせるんで、お気になさらずに」

「そうか……わかった」

「……いや、分かるなよ」

「放って置けない人がする仕事なんでしょ?」

「…………ちゃんと分かってるじゃないか」


お茶のおかわりをする前に、アドニスは部下に呼ばれて部屋を出て行った。


その前にリアンのくるくるとした髪を、ぎゅうぎゅうと無心で握ってから席を立つ。


「めんどくさそうだったね」

「隣の国の、まぁ、そこそこ偉い人相手ですからね」

「アドニスでも気を使うのかぁ」

「ですね……あ、リアン様。片付けなら私が」

「わたしの仕事だから、片付けもわたし」

「いいえ、これは私の仕事です!」

「じゃあ、一緒にしましょう」

「……ぐ!! かわいいの骨頂!!」


シャロルが悶えている間に、リアンがさくさくと茶器をまとめて部屋の隅に向かう。

店の手伝いで給仕には慣れているので、こういうことは手早くできる。



その後はやはりすることもないので、読書に戻る。


アドニスは特使の対応に忙しいとのことで、その日の食事はリアンひとりで取った。







「……あらあらあら。まあまあまあまあ…………リアン様、朝ですよー。目を覚まして下さいねー」

「なんだ……何時だ?」

「あ、いや、団長様はいいんです、そのまま寝てて下さいよ……リアン様、起きましょうね……はぁ…… なんて可愛らしい寝顔でしょうか!!」

「……寝てろって言う割に、なんだその声の大きさは」

「さあさあ、朝のお支度をしましょう!」


むくりと起き上がったリアンの目は半分ほどしか開いていない。

何か口の中でもごもごと言ったようだったが、アドニスとシャロルに対して挨拶をしたと推察される。


「…………その頭」


鳥の巣のようになったリアンの髪の毛に、ふはとアドニスは笑い声を上げる。

リアンはふへへと笑う。

シャロルに手を引かれて浴室に連れて行かれた。


昨日を思うと顔色は悪くないように見えた。


リアンに無理のない程度に『砦の探検』に付き合ってやろうとアドニスも起き上がって伸びをする。


そもそもそのために面倒ごとを済ませるか、よそへ回そうとして、それが夜遅くまでかかった。


さっさと寝台から下りて、アドニスも反対側の部屋に向かう。






「ほう! こっち側はアドニスの仕事部屋なんだね」

「そうだ」


まずどこから探検しようかと口に出すと、あっち側はどうなっているのかと、リアンは部屋の中にある扉を指差した。


今居る部屋からは扉一枚で続きの間になっている。


重厚な机と椅子、壁のほとんどは本で埋め尽くされた棚、部屋の中央には卓とそれを囲むように椅子が並んでいたりと、なかなかに物が多い。


「同じくらいの大きさ?」

「そのはずだけどそうは見えないな」


部屋の境目に立って、両方の部屋を見比べているリアンに、アドニスは口の端を持ち上げた。


これまでは執務室側から扉に鍵をかけていたが、これからは必要ないなと刺さったままだった鍵を鍵穴から抜き取って机の引き出しの中に仕舞う。


「さあ、リアン。ここからどこに探検だ? 厩舎か?」

「シイとチタに会いたい! 他の竜とも!」

「やる気があってよろしい」

「はい! 頑張ります!」


通路に出て長い廊下を歩く。


窓の下を覗くと、中庭が見える。

石の灰色と、草花の緑が半々といった感じだった。


「高いね、ここ」

「建物で言ったら三階部分になるけどな。一番下の階の天井が高いからな……五階か六階分の高さってところか?」

「へえ……なんで?」

「後から連れて行ってやる」

「楽しみにしとく!」

「厩舎はこっち」

「はい!」


端がよく見えない通路の途中に、部屋へ続くものとは違う感じの小さめの扉がある。

その内側は螺旋状の階段になっていた。

外から見れば細い塔の内側がその部分だと分かるだろう。


ところどころ明かり取りに、縦に細長い、手も差し入れられないほどの隙間のような窓があった。

狭い塔の内側は上にも下にも風が吹き抜けている。


「……目が回る」

「だな! 一番下から上がってきてみろ、気分が悪くなるぞ」


塔の内側は狭く、大人ふたりが並んで手を伸ばすのは難しそうな幅だ。

なので階段は狭い空間をぐるぐる回っている。

アドニスに続いてリアンもぐるぐるに足を踏み入れた。


壁に刺さっただけのような分厚い木の板を踏んで登る。

柵も手すりも柱も無いので、開放感は抜群だった。


「ここが近道だ。気持ち悪くなるんなら、もうちょっと離れた場所に、マシな階段があるぞ」

「んーん。別に平気」

「だろうと思ってこっちを選んだけどな。まぁ落ちたら痛いから気を付けろ」

「これ……痛いで済む?」

「うーん……だなぁ。男ならどっかで引っかかるけど、リアンは下まで行きそうだな」

「あ、そっか。途中で引っかかればいいのか」

「いや、その前に落ちないようにしろよ」

「でもこの板とか折れたら落ちるでしょ?」

「うん? ああ、まぁ滅多に折れないぞ。魔術で強化されてるからな」

「へえ! 魔術!! すごいね!!」


踏んでいる板は特別硬そうな感じはない。

なんならわずかにしなって跳ね返るような反動もある、普通の分厚い板のようだ。

強度を確かめるべく、その場でばんばん跳ねるリアンを、アドニスはおいこらと頭を押さえてやめさせた。


自分も人のことは言えないが、どうも高さに対する恐怖心が人より薄くて心配になる。


階段塔の一番上は扉がついていなかった。

そのまま天辺の広い空間に繋がっている。


床も壁も、天井も石造り。

翼竜の為の厩舎。


この塔も円形だが、広さは階段塔とは比べ物にならない。

円の半分以上の壁際が、厩舎として木の仕切りで細かく分かれていた。

残りの三分の一の部分は石造りの柵で区切られて、その向こうは床も天井もない。


「わあ! すごいね。ここ『竜のこうろう』の下?」

「おお。そうだけど、どうして知ってるんだ?」

「うん? だってこの上までチタに連れて来てもらったよ?」

「……ああそう、チタにねぇ」


きゅるきゅると鳥の鳴き声が聞こえる。

我が主人たちの登場に、チタが答える声だった。


「チタ!」


チタは顔を外にのぞかせて、木の横棒に顎を乗せた。


そちらに向かってリアンはかけ寄る。

チタの鼻先にぐりぐりとおでこを押し付けた。


「リアン」

「はい」

「シイはこっち」


柵の側に行ったアドニスが、手招いている。

柵の外側、下の方を指差した。


リアンは胸の高さ程の柵から、少し乗り出すようにして下を覗く。


ずいぶん下の方で、ゆらゆらと青い光が揺れているように見えた。

白っぽい午前の光がどこかから差し込んでいるのか、建物の中から外を見ている感じがする。


「水があるの?」

「ああ、そうだな。一番下は水だ」

「へええ……下にシイがいるの?」

「うん……シイは水辺が好きなのか? 割とあそこに入り浸ってるな」

「あ、ていうか。厩舎は住処とは全然違うし、周りに竜がいっぱいだから、慣れてないんだと思うよ」

「放っておいてくれってやつか」

「……うん。やつだね……ごめん、わたしもここまで気が回らなかった」

「いや、お前もシイも責めるつもりはないから謝るな」

「うん……シイ! こっちおいで!」


ばさりと羽ばたく音が塔の内側で反響する。

風が巻いて、すぐ下に銀色の影が見えると、リアンとアドニスは柵から数歩分下がった。


柵の上に乗り上がったシイは、体に水の粒を纏い、きらりと輝いて見える。

繊細で壊れやすそうな玻璃の細工に見えた。


「シイ! 元気にしてた? いい子だった?」


リアンが両手を伸ばすと、くるるるると返事をしてゆっくりとした動きで近付いた。


「ごめんね、びっくりしたよね……でも、ほら! 大丈夫だからね!」


ぎゅうぎゅうに抱きしめて、ぐりぐりとおでこを擦り付けているリアンを、シイは目を細めて見下ろしている。


愛おしそうにしているシイを見て、またしてもアドニスは主人とは何かともやもや考え始めた。


「わ! ちょっとなにごと! ていうか、シイ! また勝手に外に……て、わ! 団長! おはようございます!」


ひとりで色んなことに一度に驚いている部下に、アドニスは挨拶を返した。


「リアン、おいで。紹介しよう」


アドニスの横で、びしりとリアンは直立した。


同じように男が向かい側でびしりと直立する。

持っていた藁の束がぼとぼとと床に落ちた。


「エドウィン、リアンだ。よろしく頼む」

「へ? はい? なんで俺がよろしく頼まれるんですか?」

「お前、手伝いが欲しいって言ってなかったか?」

「言いましたけど、こんなお嬢さんじゃなくてですね」

「お嬢さんて……ぷふふ」

「……うん。まぁ、見た目はこんなんだけど、竜に関したらかなり使える」

「ええ……? そうなんですか? ちょっと信じられません」

「『竜狩り』だぞ?」

「は?! ……またまた。冗談ならもっと面白いやつにして下さいよ」


とんと背中を押されて、リアンはアドニスを見上げる。


ああと気が付いて、袖をめくり上げた。


リアンの腕には『竜狩り』の証が刻まれている。


初めての獲物、それを仕留めた日、その時の年齢が絵図になって刻まれている。

解るものでなければ、美しい意匠の文様にしか見えないが、でもそれこそが『竜狩りの証』であることは誰でも知っている。


目がこぼれ落ちそうなほど瞼を開いて、エドウィンはリアンに近付き、腕を凝視した。


「翼竜を? 十二の歳で?! ……何かの申し子ですか!!」

「……何かってなんだよ。疑いはしないんだな」

「王家の紋ですよ! 疑う訳ないでしょう!!」


『竜狩り』の誇りと矜恃の証だ。

ここで徒に嘘偽ったところで、なんの得も無い。

嘘だとバレれば本物の『竜狩り』にぼこぼこにされるし、ついでにその周囲からもぼこぼこに滅多打ちだ。

最後には投獄されてそこで国の役人からもぼこぼこにされる。

万一バレなくても素人が竜の前に出れば、あっという間で死の国にご招待だ。


それに緻密で美しい紋様は、そこらの彫り師には真似が出来ない。

国家御用達の職人の技だ。


国の判定人が随行して、その目の前で狩りを行わないと貰えない。リアンの証は国家の正式な紋様だった。


「……確かに十二の女の子だったら、判定人が同行しないと疑われますもんねぇ……」

「……ですよねぇ」


実際に捕まえて、役所に届け出る方法もあるが、それは筋肉隆々の大男でも認められるとは限らない。

実際に『竜狩り』の元で何年も経験を積んで、その上で狩りを許されて、師匠も共に届け出ないことには、なかなかに難しい。


親から子へ知識や技術を受け継いでいき、それだからこそ家業になりやすかったりもする。


「リアンはその判定人の前で、この前みたいに狩って見せたのか?」

「んーん。わたしのいつものやり方だと、噓みたいに見えるから兄さんがやめとけって」

「……だよな。どうやったんだ」

「頑張って昔ながらふうにした」

「……おいおい」

「仲良くなりながら、ばーんと倒れてもらった」

「いやいや……その方が逆に難しそうだな。そんなんでいいのか? ……いいのか」


わざとらしい倒れ方をしようが、捕らえ方に疑問を持たれようが、実際に目の前で竜が倒れ、捕まえたのがリアンなら認めざるを得ないだろう。


数刻を言葉も無く見つめ合って、にこにこ笑いながら撫でてそのまま連れ帰る方が、怪し過ぎる。


その後の竜の扱いや、調教の仕方も審査されるのだから、何にせよリアンは優秀だと認められたに違いない。


「その翼竜はどうしたんだ?」

「ああ! メ……っと危ない……。王城の竜騎士様に献上されたよ」

「……危ないってなんだよ」

「だって。迂闊に名前を呼んで、来ちゃったら大変だから」

「……本気で言ってる?」

「だから、来ちゃったら大変だからって言ってるでしょ。どこまで声が届くか試したこと無いし」

「……本気で言ってる?」


王都までの距離を考えて、アドニスは眩暈がしそうになるのを堪える。

リアンの声が届くのか、届かないのか。

届きそうだと思えてしまうのが恐ろしい。


ぽかりと口を開けてこちらを見ているエドウィンの顔で、この状況を思い出す。

詳しい話は後回しにすることにした。


「……まぁ、そういうことだ、エド。こいつをよろしく頼む」

「は?! はい!!ああ、いえ、こちらこそよろしくご指導下さい!!」





略式の騎士の礼の形を取ったエドウィンに、リアンもびしりと同じように返したので、アドニスはぶはと吹き出した。








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