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しかし、やはり声は出ない。
「お姉ちゃん、助けて!」
「ミア!!」
渾身の叫びと共に視界が戻った。
「わ!!」
目の前に座った、鳥の巣のようなボサボサの髪型の、20代半ばの男が驚いた。
やたらと汚れた白衣を着ている。
男がレラに顔を近づけた。
男の右眼の瞳は淡い青色で左眼の瞳は濃い黄色だった。
「やあ、おはよう、お嬢さん。お目覚めかな? アーアー、聞こえてる?」
男が問いかけた。
「聞こえるわ」
そう答えたレラは、自分の声が機械音声だと気づいた。
自分の身体を確かめようとしたが、そもそも、全身の感覚がないことに愕然とする。
すなわち、視覚、聴覚、機械音声を喋る口以外の感覚が、全て失われている。
「これは!?」
レラの機械の声が、うわずった。
「あたしは、どうなったの!?」
「君の身体は死んだ」
男が肩をすくめた。
「死んだ直後に、君の脳を僕が造った超小型AIにコピーした。そして、仮の入れ物にAIをセットしてる。ちょっと待って」
男の顔が離れた。
そこでようやく、この場所が大きな倉庫の中であると、レラは認識した。
男が、背後にある机の上にゴチャゴチャと乗った大量の器械部品内に、手を突っ込んだ。
CCDカメラとタブレットを取り出す。
カメラをレラに向け、タブレットの画面を見せた。
画面には、直径30㎝ほどの銀色のボールが映っている。
金属製のようだ。
「これが今の君だよ」と男が言った。
「な…」
レラは絶句した。
「何を言ってるの?」
レラが喋ると、画面のボールが部品を光らせ、機械音声が響く。
「だから説明した通りだよ。君の身体は死んで、脳はAIにコピーされた。そのAIは今、このボールに入ってる。これが、君だよ」
「そんなバカな!!」
「ちょっと、大声を出さないでくれよ」
男が露骨に嫌な顔をした。
「僕は自分が喋るのは好きだけど、大声で話されるのは苦手なんだ」
レラは混乱した。
眼が覚める前の記憶を、たどってみる。
(そうだわ…確かに、あたしは死んだ)
あの怪我の状態で助かるとは思えない。