33
キシャールには、戦場での景色を思い出してしまう視力は必要ない。
この能力があれば、見えているのと何も変わらないのだから。
暗闇の中で逃げ回る人々を殺害したキシャールの武器は、両手の爪だ。
硬質な特殊金属で造られた爪は、人間の身体をバターの如く、切り裂く。
暗所における爪での暗殺スキル。
これがキシャールが「闇爪」と呼ばれる所以だ。
「終わったぞ」
キシャールが襟元の無線で手下に話しかける。
ギャングどもと、そのドラッグを買う客たちを見せしめに惨殺する任務に連れてきたキシャールの部下は6人。
入口や電源装置に配置している。
沈黙が流れる。
手下は誰も応答しなかった。
「おい! 終わったぞ!」
静寂。
キシャールが異変を感じ1歩、踏みだした、そのとき。
DJブースが動きだし、重低音のBGMが流れ始めた。
キシャールがDJブースを向く。
キシャールに見えはしないが、DJブースにはスポットライトが当たり、1人の女の姿を浮かびあがらせていた。
美しいプロポーションをした若い女。
紫色の長髪を束ね、地元ロックバンドのキャップを斜めに深く被り、顔を隠している。
上半身はビキニの水着。
ボトムスは美脚を放り出したホットパンツ。
女はリズムに乗って、ブースを操作している。
「ぐっ…」
キシャールは唇を噛んだ。




