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第8話 裸は別に普通のことだにゃ

 白銀さんの部屋と俺の部屋は、鏡を通して完全につながってしまった。

 俺の『栄光の左腕』とかいう魔法で、白銀さんの『鏡の国』を「不滅化」、つまり固定してしまったせいらしい。

 

 しかも、俺の魔法は、白銀さんの魔法を鏡に固定したわけではなく、空間に固定していた。

 つまり、鏡の位置を動かしても意味はなく、何もない空間に二つの部屋の出入り口が浮かんでいる、というオカルト現象が永久に続くだけらしい。

 

 いろいろ試したすえ、結局、二人の部屋のそれぞれの鏡の上に布をかけることで、お互いの部屋に目隠しをすることにした。

 それでも、お互いの部屋の物音は聞こえてくるわけで、その日、俺は眠れぬ夜を過ごすことになった。

 なにせ、布きれ一枚を隔てた向こう側にはクラスメートの女子がいるのだ。

 

 そんなこんなで悶々としながら、いつの間にか俺は眠りに落ち、朝を迎えた。

 

 

 翌日。

 俺と白銀さんはそれぞれ学校に行き、一言も話をすることなく過ごした。

 そりゃそうだ。本来、クラスメートだという以外なんの接点もない二人だったのだから。

 

 放課後も白銀さんは部活があったため、俺はいつも通り、一人で中野ブロードウェイや秋葉原の同人誌専門店をまわって、家に帰った。

 いつもと同じ一日。

 

 俺はいつものように靴を脱ぐと階段を上がって2階に行き、いつものように自分の部屋に入る。

 いつもの……いや、いつもと違うことがあった。

 俺の部屋にチェシャ猫がいたことだ。

 しかも、ベッドの下を勝手にあさっていやがった。

 

「てめ、なにしてんだよ!」

 俺は慌てて猫に飛びかかる。

 猫は俺のタックルを華麗にかわしやがる。くそっ!

 

 床には俺が長年にわたりこっそり買ってためてきたエロ同人や写真集がとっちらかっていた。

「お前、勝手に人の部屋をあさるんじゃねぇよ」

 白銀さんの部屋とつながっていた鏡は、完全に開通していた。こちらの部屋の鏡にかけていた布は、床に落ちている。

 なるほど、布を気にせず鏡を突き抜けてきたのか。

 

「にゃあああ、勝手に入ったのは悪かったけどにゃ、どうしても変なにおいの理由を知りたかったにゃ」

「バカ野郎、そんな理由で荒らされたらたまらんわ!」

「安心せい、においの元が本だと分かったから、もうあさらないにゃ。でもなんで、そなたの本は変なにおいがするのにゃ?」

「うっせーな、知るか。おい、くそ猫、絶対に白銀さんに言うなよ」

「本から変なにおいがすることかにゃ?」

「てめ……まあそれもだけど、その、こういう内容の本を俺が持っていることをだよ」

 

 くそ猫は首をかしげる。

「内容? どういう内容にゃ?」

「いや、その、裸が多いとか……」

「ああ、たしかに裸ばっかりだにゃ」

「そうそう、そういうこと。それを絶対に言うなよ」

 

 くそ猫はさらに大きく首をかしげる。

「でも、裸は別に普通のことだにゃ。わらわも裸だにゃ」

「そりゃ猫は裸が普通だろうけど、俺たち人間には普通じゃないんだよ」

「ご主人も寝るときは裸だにゃ」

「だからさあ! って、え?! 白銀さん、寝るとき裸なの?」

「全裸にゃ。その方がわらわのもふもふを堪能できるからじゃないかにゃ。……あ、なんか血が出る日だけは変な布をつけてるけどにゃ」

 

 うへぇ……生々しいぞ。

 

「なあ、くそ猫。それ、俺に話しちゃったことは絶対白銀さんに言うなよ。めっちゃ嫌がるはずだから」

「……なら言わないにゃ。それと、お前の臭い本のことも言わないでやるにゃ。わらわは口が堅いからにゃ」

「ほんと、マジで頼むぞ」

「まかせるにゃ! ……あ、ご主人がわらわを呼んでるにゃ。一度テリトリーに戻らにゃいと!」

 

 そう言ってくそ猫は、鏡に飛び込んで白銀さんの部屋に戻っていく。

 そして白銀さんの部屋に入った瞬間、その姿が足先から徐々にかき消えていき、ついには全身が消え去ってしまう。

 おそらく、まだ学校にいる白銀さんのところに行ったのだろう。

 あいつ、やべえな。完全に神出鬼没しんしゅつきぼつじゃないか。

 

 俺はそれから、すべてのエログッズをかき集め、袋で何重にもくるんで、外に出た。

 

 そして、近くの公園のゴミ箱に捨てた。血の涙を流しながら。

 さらば、俺の青春の仲間たち。

 今後、俺が頼れるエロいものは、ネット経由のものだけだ……。

 

 

 夕食後、俺が自分の部屋に戻ると、鏡から声が聞こえてきた。

「ねぇ、秋葉野くん。お話がしたいんですけど。大丈夫?」

 布越しなので姿は見えないが、声は完全に筒抜けだ。

 もしかすると、この布越しには全裸の白銀さんがいるのかもしれない……。そう思うと、なんだか妙に緊張してしまう。

 

「もちろんいいよ。あ、そうそう。そっちの部屋の鏡、布が落ちていたんだと思うんだけど、それ猫がやったやつだから」

「うふふふ、大丈夫。それはチェシャから聞いてます」

「え、どこまで聞いた?」

「どこまで? チェシャがぶつかって落としちゃったって」

「あ、そうそう。そうらしい」

 どうやらくそ猫は、今のところちゃんと約束を守っているらしい。

 

「私、明日は部活が休みだから、放課後は妖精さんの保護活動に行こうと思っているんです。秋葉野くんも一緒に来てくれませんか?」

「うーん、まあ、明日はあいてはいるけど……具体的に何をするんだ?」

「説明するより、見てもらった方が早いかな、と思うんですよね」

「……俺はとにかく目立ちたくないんだけど、大丈夫なんだよな?」

「なるほど……たしかに一理ありますね。制服の男女が一緒に歩いていると、ちょっと目立っちゃうかも」

「だろう?」

 

 突然、鏡にかけていた布を押しのけて、白銀さんが顔を出す。満面の笑みを浮かべている。

「じゃあ、変装しましょう」

「変装?」

「今のうちに私服を用意してください。それをあらかじめ私の秘密基地に置いておきましょう。今着替えを私にあずけてもらえれば、予備の鏡をちゃちゃっと通って、秘密基地に置いてきちゃいます」

「秘密基地って、この前の部屋か?」

「いいえ、別の部屋です。ちょうど妖精さんの聖地に近い空き物件があるんですよ。ね、明日は変装しましょうよ!」

 

 白銀さんは敬語を使っているから当たりは一見やわらかいけど、一度言い出したら絶対に曲げないタイプのようだ。

「わかったわかった。私服を用意すればいいんだな」

 まあ、反対するほどの理由もないので、俺は自分のタンスを物色することにする。

 

「わあ、楽しみだなぁ。変装ごっこ」

 どんなに変装とやらをしたところで、白銀さんが人目をひく美人なのは間違いない。

 だから同じ学校の生徒からばれにくくなるくらいで、決して目立たなくなるわけではないのだ。でも、まあ……いいかな……。

 

 ずっと、目立ちたくないと思って生きてきたはずなのに……。

 俺は明らかに、白銀さんと一緒に過ごす放課後に、ワクワクしていた。


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