第6話 チェシャ先生の魔法講義(入門編)
白銀さんに促され、巨大猫は、にやにや笑いを浮かべたまま口を開く。
「では、魔法の説明をはじめるとするかにゃ。わらわの理解する限り、魔法とは言葉の力にゃ。そなた、魔法使いというと、何をイメージするかにゃ?」
なんか、この猫、まるで学校の先生みたいな話し方だ。
「え……黒猫とか、ほうき、とんがり帽子、あとは魔導書、呪文、魔法陣……」
「にゃるほど。最初の3つは見た目にかかわるもの、後ろの3つは言葉にかかわるものだにゃ。では、なぜそなたたち人間が、魔法と言葉をつなげて考えているか……分かるかにゃ?」
さて、質問に答えねばならないが、まったく見当がつかない。しかし、何かを言わねば話が進まないようだ。
「……言葉を知らないと魔法が使えない、とか?」
「にゃはは。間違いではにゃい。実は、そなたたちの言葉一つ一つが、魔力を秘めているにゃ。言霊、と言ったりするであろう? 言葉には、たしかに魔力がある。一つひとつの言葉にあるのは、ほんの小さな力だがにゃ。とはいえ、すべての言葉には魔力がある」
なんとなく理解はできるが、あまりしっくりこない。
巨大猫が再び口を開く。
「そなたたち人間を人間たらしめているものはなにか。それは言葉にゃ。そなたらの過去、現在を記録し、未来を指し示すものはなにか。それは言葉にゃ」
うーん。そう言われればたしかにそうかもしれない。たしかに人間を人間たらしめているのは言葉かもしれない。だが、一つ気になることがある。
「ごめん。質問していいか」
「かまわんにゃ」
「たしかに人間は言葉を話す。それが人間らしさの源泉だというのもわかる。でもさぁ今、目の前で猫が言葉を話しているんだけど」
「ああ、わらわのことかにゃ」
「そうそう」
「――最初に言葉ありき。言葉は神とともにあり、言葉は神であった――そなたら人間が書いた『ヨハネの福音書』は、本質をよく理解しているにゃ」
「え?」
「人間を人間たらたらしめているのは言葉だがにゃ。神を神たらしめているのも言葉にゃ。人間は神と同様に言葉を使うからこそ人間なのだと言ってよいだろうにゃあ。ならば、言葉を話す猫は人間と同類にカウントしてもよいのではないかにゃ?」
「……それだと、言葉を話す猫は神にもカウントできることになるけど?」
「にゃははは。それは人にも当てはまるがにゃあ」
「うーん。わかったようなわからないような。でも、言葉が大事なのはわかった」
「とりあえず、そこさえ得心してもらえれば大丈夫。話を続けられるにゃ。さて、言葉には魔力があるのだがにゃ、話された言葉はすぐに消えていく。それを文字にすることで、言葉の魔力は定着する。針を虫にさして標本を作るように、言霊を定着させることができるにゃ。だから識字率が低かった時代、文字を操れることは特別な能力であり、立身出世を意味する偉大なる魔法だったのにゃ。どうかにゃ? 魔法と言葉、とくに文字は不可分だということ、理解してもらえたかにゃ?」
「なるほど。そこまでは納得はできる」
「では次にゃ。言葉イコール魔力であり、それを定着させる行為が文字に書いて残すことだとすると……一番魔力が強いものは、なんだと思うかにゃ?」
「……多く読まれる作品?」
「そうにゃ。正確には、より多くの人を、より深く心動かす作品が、一番魔力を持つのだにゃ。それは書いた人の手を離れ、読まれるたびに魔力を積み増し続けるにゃ」
なんだか、壮大な話になってきた。
「それから?」
「それだけにゃ」
「は?」
「それだけだったのにゃ。作品は、広く、深く読まれることで魔力を増し続ける。でも、それだけ。なぜなら、そなたたち人間は、遠い昔の悪行によって、魔法を封じられていたからにゃ」
魔法を封じられた? となると、封じた奴がいることになるが……。
「これまでもお前ら人間は、言葉や書物からちょこっと漏れてくる魔力に魅了され、影響を受けてはいたはずにゃ。ときどきそなたらは、架空の人物や、実在したが後世に美化された人物たちに、憧れたり恋をしたりする。まったく愚かな行為だが、それこそ、魔法の力にゃ。しかも、ほんのわずかに漏れ出る魔力のにゃ」
……架空の人物に憧れたり恋をしたり……心当たりがありすぎる。
「しかし、そなたら人間は結局、作品にたまりにたまった魔力を本格的に解放する方法を知らなかったにゃ」
「では、作品の魔力が解放されたと」
「そうだにゃ。まあ、まだ局所的に解放されているだけだがにゃ」
「なぜ解放されたんだ」
「それはわらわは知らにゃい。わらわが知りうることではにゃい」
「……そうか。では、俺がドン・キホーテを宿している、というのはどういう意味だ?」
「どんなに強烈な魔力をもった物語があろうとも、その依り代となる人間がいなくては解放できないにゃ。しかし、条件が整い、かつ、依り代となれる人間がいる場合のみ、魔力は解放されるにゃ」
「俺は、ドン・キホーテの依り代として選ばれたと?」
「向こうが選んだわけでも、そなたが選んだわけでもないにゃ。たまたま、作中人物の魂とそなたの魂が共鳴し合った。つまり赤い糸で結ばれていたわけだにゃ」
「……なるほど。ということは、世の中にはサンチョ・パンサにふさわしいと見込まれた人もいるということか?」
「いるかもしれないし、いないかもしれないにゃ。それはわらわの知るところではにゃい」
「……俺、そんなにドン・キホーテっぽいかなぁ。たしかになろう系小説は読み漁っていたけれど、風車を巨人と間違えて突撃するほどめちゃくちゃではないつもりだけれど……」
「そこはわらわの知るところではにゃい。だが、そなたがドン・キホーテを宿していることは間違いにゃい」
「うーん……物語の主人公という柄ではないんだけどなぁ……」
「私は、アリスを宿しているんですよ!」
白銀さんが、俺と巨大猫の会話に入り込んでくる。
「うふふふ、世界中の誰もが知っている『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の主人公。チェシャの鑑定によると、レア度はSランクなんですって!」
「……レア度ってなに?」
「詳細はわらわの知るところではにゃい。だがにゃ、文字通りレア度が高いとレアなのにゃ」
「……お、おう」
「ランクは一番上がSで、次がA、一番下がEだにゃ。そして宿す人物および一つ一つの魔法には、ランクが定められているにゃ」
「なるほど。ドン・キホーテのランクは?」
「当然Sにゃ。世界でもっとも有名な物語の一つ、その主人公だからにゃあ」
「けどさぁ、ドン・キホーテって、ただのおじいちゃんだろ」
「そうにゃ。何者でもない男が何もない世界と戦う物語にゃ。唯一絶対な神も、本物の遍歴の騎士も出てこないにゃ。だがにゃ。今のお前たちはもう、神や英雄が出てくる物語を『真実』だと思えなくなっているのではないかにゃ?」
「う……そりゃ、現実世界と神話の世界が違うことくらいわかっているさ」
「それが、『ドン・キホーテ』にゃ。人間たちから神話を決定的に取り上げてしまった、神殺しの物語。まさにSランクにふさわしいと、わらわは思うがにゃあ」
「うーん、そこまで言われるとそんな気もしてくるけど。Sランクねぇ。それってどのくらいすごいんだ?」
「そもそも物語の魔法を宿せる者自体が、この世にはほとんど存在しにゃい。Sランクはその中でもとくにレア度の高い、極めて魔力の高いキャラにゃ。数十億人に一人しかいないくらいの珍しさのはず……なんだがにゃあ。でもなぜか、ここに二人揃っているにゃ」
「……なるほど。でも、俺はしょぼい魔法ばっかりだったよな。たしかEランク2つにCランク1つだっけ?」
「だから、もっとすごい魔法を使えるようになるはずにゃ。とはいえ、いつどのように使えるようになるかは、わらわの知るところではないがにゃ」
白銀さんが笑顔を見せる。
「私は今、Sランクの魔法3つ、Aランクの魔法2つを持っています。いろいろ試していたら、使えるようになったの。だから私と同じレア度の秋葉野くんも、すごい魔法を使えるようになるはずです!」
なるほど。いろいろ納得できる。
中学三年生のとき、俺が「あの事件」で無意識のうちに使った魔法は、きっとかなりレベルの高い魔法だったのだろう。
「ね。だから……」白銀さんが右手を差し出してくる。
「心強い仲間として、あなたを歓迎します」
「うーん。ほんとに俺はたいしたことないんだけどなぁ。……でも、わかった。これからもよろしく」
俺も右手を差し出し、白銀さんの手を握る。
前に握られた時には気づかなかったが、その手は柔らかくて小さくて、そしてあたたかかった。
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