第5話 俺の魔法
白銀ゆめに付き従う猫は、俺の魔法を鑑定することができるという。
魔法か。
その魔法とやらを、俺はかつて、たしかに使ったことがある。
そして飛んでもないことが起きた。
だが、あの時以外に使ったことはないし、使い方もわからない。
「そっか。じゃあ、俺は魔法を使ったことが一度もないから、駄目みたいだな」
そんな俺の言葉を無視するように猫がこちらを向き、じっと見つめはじめる。
そして突然、猫の瞳の色が青色から赤色に変わる。教室で見せた、燃えるような紅蓮の瞳。
「いや、ずっと垂れ流しだから鑑定できるにゃー」
「……垂れ流し?」
巨大猫はにやりと笑う。
「そなた、ずっと魔力を使い続けているにゃ。しかも複数の魔法で。まずEランク魔法の『主人公微補正』、これは物語の主人公にふさわしい補正を、極めて微妙に得られる魔法にゃ。微妙すぎてほとんど意味ないけどにゃ。すっころんだ時に、ちょっと面白くころんで注目を浴びるくらいにゃ」
……ころび方が面白くなるとか、最低なんだけど。
「さっきご主人様の胸に顔から倒れこんだのも、おそらくこの能力のせいだにゃ」
「え! ひどい」
白銀さんが声を上げる。さっきは白銀さんが転んだせいだって結論になっていたのに……まじ勘弁してほしい。
俺の困惑をくみ取ることなく、巨大猫は話を続ける。
「次に『騎乗微補正』、これもEランクで極めて微妙な補正にゃ。自転車に乗っているときに、ちょっところびにくくなるくらいにゃ」
……やっぱり微妙なんじゃん。
「あ、あともう一つあったにゃ。『マンブリーノ』、これはCランクだし、けっこう使えるかにゃ。風車に全力疾走でぶつかっても死なにゃいくらいに守備力が補正されるにゃ。打たれ強さはなかなかのものだにゃあ」
なるほど。
「あの事件」のとき、俺の身体が平気だった理由がようやくわかった。
どうやら巨大猫の鑑定とやらは、正しいようだ。
猫の瞳の色が一瞬にして赤色から青色に戻る。それから猫は大きな口を開ける。
「この『マンブリーノ』はそれなりに強力だから、気づかぬとは思えんにゃ。そなた、身に覚えがあるんじゃないかにゃ」
ここは嘘をつく必要もないし、俺は正直に答える。
「……ああ。そう言われたら、思い当たる節はある」
「やっぱりチェシャの能力ってすごーい!」
白銀ゆめがそう叫びながら、巨大猫の首周りに抱き着く。そのまま腕を大きく動かして、巨大猫ののどを撫ではじめる。
もふもふで気持ちよさそうだ。
すぐに巨大猫から「グフフン、グフフン」という謎のうなり声が聞こえてくる。どうやらのどを鳴らしているらしい。
ふわふわの毛並みをイメージしていると、なぜか白銀さんの胸の感触がよみがえってきた。……いかんいかん。
白銀ゆめは猫を撫で続けながら、顔だけこちらに向けてくる。
「でも、秋葉野くんは、もっとすごい魔法が使えるはずです」
「いや、使ったことはないし、使い方も分からない」
使ったことがないのは嘘だが、使い方が分からないのは本当のことだ。
「だとしたら、これから開花するはずです」
「なんでそれが分かるんだよ」
「地理の時間に、秋葉野くんをチェシャに鑑定してもらったんです」
……そういえば、俺が教室を出るとき、この猫は赤い目をしていたな。
「その結果、秋葉野くんは、ドン・キホーテを宿していることが分かりました」
ドン・キホーテ? 宿している?
「ごめん、意味が分からない」
「うふふふふ。どういうことか知りたいでしょう?」
白銀ゆめは心なしか踏ん反り返っているように見える。
「……そりゃ、そこまで聞いたら知りたくなるけどさ……」
「教えて欲しいでしょう?」
「ああ、まあ」
「しょうがないですねぇ、私たちが知っている『なろう病』の情報を、すべて教えてあげてもいいですよ」
「それは助かる」
「ただし、条件があります。私の仲間になってください。仲間になったら、今後私が手に入れる情報も、すべて共有してあげます。どうです? 悪い話ではないでしょう?」
そう言っている白銀ゆめは、なかなか悪そうな表情をしているが。
……さて。どうしようか。
もともと、俺が地味に生きようと考えたのは、自分が「なろう病」であること、ひいてはその能力が露見することを恐れたからだ。
とはいえ「なろう病」は謎ばかりで、俺自身にも分からないことが多い。
そして白銀ゆめは、おそらく正確な能力鑑定能力を持つ、チェシャ猫とかいう奴を従えている。
つまり、白銀ゆめが今持っている情報、そして今後手に入れる情報は、かなり精度が高いはずだ。
正確な情報が多ければ、能力が露見する可能性は大幅に減る。
だとすれば、選ぶ答えは……。
「前向きに考えたいんだが、一応、事前に教えて欲しい。俺が白銀さんの仲間になったとする。白銀さんは仲間を作って、最終的にどうしたいんだ?」
「……言いそびれちゃっていましたけど、それが秋葉野くんを誘った、3つめの理由です」
そうか。もともと説明してくれるつもりではあったのか。
「もちろん秋葉野くんの心配も分かります。おそらく私たちの能力が表沙汰になったら、私たちは今まで通りに生きていくことはできないでしょう。権力は武力を一元的に支配しているからこそ、権力たりえます。私たちの魔法は、いち民間人が持つには強力すぎます」
なんだ、よく分かってんじゃん。
「でも、多少の危険を冒しても、私は仲間を増やしていきたいんです。そうすればいつか、私の欲しい魔法の持ち主に出会えるはずです。そうしたら、ぜひ、その魔法を使わせてもらいたいんです」
「どんな魔法の持ち主に出会いたいんだ?」
「時間を戻す魔法。もしくは過去に行ける魔法」
「また、えらくチートな能力だな」
「実は、私もそれ系統の魔法を使えます。ただ、私は戻せる時間が短い」
すげぇな。鏡でどこでも行けるだけじゃなく、時間まで巻き戻せるのか。
白銀ゆめは、唐突に顔を赤らめる。
「実は、……その、秋葉野くんをここに連れてくるまで、私は20回もやり直したんですよ」
「え……」
「どうやってもスルーされるから、恥ずかしいけど強引に言い寄って、さらに強引に手を握って引っ張って、チェシャまで使って無理やり鏡に押し込んで、やっとここまでこれたんです」
なるほど、やたらと積極的だと思ったら……。
「で? 理想の魔法の持ち主に出会えたら、どうしたいんだ?」
「……私には……過去に戻って命を救いたい人がいます。とっても大切な人が」
「……そうなんだ」
つまり、誰かを生き返らせたいってことか。大きく出たなぁ。
そんなすごい能力、本当にあるんだろうか。
俺は白銀ゆめの次の言葉を待つが、白銀ゆめはそのまま押し黙ってしまう。
よく見ると彼女は、今まで見たことのない、暗い表情をしている。
手が少し震えている。
いつも明るくふるまっている裏には、こんな顔を隠し持っていたのか……。
白銀ゆめにこんな表情をさせる人物……いったい誰なのだろう……。
白銀ゆめはようやく、うつ伏せぎみの頭を上げる。
大きな二つの目が、僕を射抜く。
「だから、どうか、私に秋葉野くんの力を貸してください。私になにがあっても、秋葉野くんがなろう病なのは口外しません。私が得た情報はすべて秋葉野くんに伝えます。そして、私が……」
僕は両手を前に上げる。
女性にここまで言わせて、引き受けないようでは男がすたる。
「分かった。もういい。俺が求める条件は一つだけだ。俺たち以外になろう病のやつを見つけたとき、そいつを仲間にするかどうかは二人の合議で決めさせてほしい。それさえ飲んでもらえるなら、仲間になるよ。そして時間を巻き戻す魔法、もしくは生き返りの魔法を使える奴を一緒に探そう」
「ありがとうございます! その条件、もちろん飲みます。うふふふふ。思った通り。秋葉野くんて、いい人ですね」
「……どうも」
「ふにゃああ、じゃあこのオスにも教えていいのかにゃ?」
巨大猫が伸びをしながら白銀さんに聞く。
「ええ、お願いチェシャ」
「分かったにゃ。そなたの魔法の秘密を、わらわが知っている限りすべて教えてやるにゃ」
巨大猫は目を細めて、ニヤリと笑った。




