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第41話 戦のあと

 雲一つない、素晴らしい晴天。まばゆい日差しが降り注いでいる。


 俺たちの座っている観客席からは、陸上競技選手たちの熱戦を見わたすことができる。

 関東大会だけあって、みんなめちゃくちゃ速く走る。

 この中でリレーメンバーに入っている白銀さんは、たいしたものだ。

 

「生徒会長、応援に来るとは思ってませんでしたよ」

 俺は、さっき競技場に到着したばかりの生徒会長に言う。

 

 あの事件以来、白銀さんと生徒会長はなんだかギクシャクしているようだった。

 それでも生徒会長は、こうして、白銀さんの晴れの舞台に応援に来てくれた。

 俺はずっと、生徒会長をただの変態だと思っていたが、まあ変態なのは間違いないのだが、実はけっこう頼りになる変態なのかもしれない。

 

「まあねー。私はみんなに愛され、みんなを愛する生徒会長だからね。アガペーにしてエロスなのよ」

 生徒会長は踏ん反りかえりながら、いつも通り意味が分からないことを言っている。

 

「ふわあぁ」生徒会長の隣にいる芳介が、可愛らしいあくびをする。「関東大会、東京開催でよかったよ。そうじゃなかったら、応援にくるのも難儀なんぎだったろう」


 

 快晴の中、高校生たちがスポーツに汗を流す。

 つい数日前、人ひとり殺してしまったとは思えないほど、健全でのどかな風景だ。

 

 あの男の死体は、チェシャの提案により、白銀さんの「赤の王」で別世界に飛ばされた。

 大量の血は、フローリングの床のニスがはじいてくれたおかげで、ちゃんとふき取ることができた。

 そして帰りは、侵入するときと同様に生徒会長が管理人を洗脳し、監視カメラのデータを消去させた。その上で白銀さんの魔法でそれぞれの家に直接帰宅した。


 つまり、事件の痕跡は何一つ残っていないのだ。

 

 それでも、この件はニュースになった。

 二件の女子高生の殺人事件。

 そして一件の男子高生の失踪事件。

 ぜんぜん関係なさそうなこれらの事件が、女子高生の二人はそれぞれ、男子高校生と同級生・元同級生だった、という線によってつながったからだ。


 そして、男子高生の部屋から二人を殺した証拠が見つかった。証拠がどのようなものだったかは、明らかになっていない。俺たちも知らない。

 しかし警察は、二人の女子高生を殺害した男子高生が、発覚を恐れて逃亡した、もしくはどこかで自殺をした、と考えているようだった。

 

 人々は、凶悪な事件を起こした男子高生を今も恐れている。

 だが俺たちは知っている。その男は、もうこの世にはいないのだ。精神も、そして肉体も。



「そうそう。君に言っとくことがあるんだった」

 生徒会長がニヤニヤしながら言う。

「例の事件でゆめちゃんとギクシャクしてたけどさ、一昨日、話し合って仲直りしたのよ」

「それは良かったですね」


「その時、私、ゆめちゃんから相談を受けたの」

「?」

「秋葉野君とお互い名字で呼びあうままなんですが、どうしたら名前に変えられるでしょうか、って」

「う」

 なんか変な声が出てしまった。

「だからね、私言ってあげたのよ。まずはゆめちゃんから名前で呼んでみなさい、って」

「……なるほど」

「大舞台が終わった今夜あたり、名前で呼んでくると思うからさあ」

「……」

「名前で呼ばれたら、ちゃんと名前で呼び返してあげなよ」

「……わかりました」


 

「あ、出てきたね」

 芳介に言われて、俺は陸上トラックに視線を戻す。

 たくさんの女子たちがトラックの各地点に散っていく。

 その中には、たしかに中野北高校のユニフォームもあった。

 

 女子4×100メートルリレー。

 トラックは一周400メートルある。そこを100メートルずつ、4人で走るらしい。

 白銀さんは3走。カーブのところだ。


 一般的にカーブはスピードが落ちるため、エースは直線を走るらしい。しかし白銀さんはカーブでも直線でも同じくらいの速さで走れて、しかもバトンの受け渡しは名人級であるため、持ちタイムはメンバーで2番目にもかかわらず3走に配置されたそうだ。

 白銀さんの無限に時間を巻き戻しての練習が、そういうジョーカー的な使い方を可能にしたのだろう。

 

 中野北高校の女子部員のユニフォームは、セパレート。

 2つに分かれていてお腹が出てるやつだ。露出度が高い素敵なユニフォームだが、強豪校にはそういうユニフォームが多いらしい。

 

 そんな中、白銀さんだけはユニフォームの下に、長袖のインナーと長いスパッツをはいていた。

 暖かい6月の日差しの下ではいささか異様ないでたちだが、仕方がない。彼女の全身には、縄に絞められ、鞭に打たれた痕が残っているのだから。

 

 あの事件によって脱水症状にも苦しんでいたし、俺たちは試合に出ないものだと思っていたのだが……たぶん、それでも走れるところまで持っていたのだろう。そして、走れるのであればちゃんと出場するのが、彼女なりの「正義」なのだろう。

 

「これより、女子4×100メートルリレー、予選を行います」

 場内アナウンスが流れ、コースに立っている8校の選手たちが、一校一校、紹介されていく。紹介されるたびに第一走者たちは右手を挙げ、観客席からの拍手に頭を下げる。

 

 紹介が終わると、拍手が鳴りやむ。そしてスタートライン近くの審判が、台の上でピストルの用意をする。

 

「On Your Mark」

 一走の選手たちが位置につき、両手をつける。

「Set」

 みなが腰を上げる。

 

 ピストルの音が鳴り響き、一走の選手たちが走り出す。

 俺は全力で応援する。中野北がんばれと、声を張り上げる。

 

 バトンは二走の選手に渡る。どうやら8校中7番目くらいだ。

 二走の選手は猛烈なスピードで走っていく。中野北高校は順位を1つ上げたようだ。現在6位!

 

 そしてついに、バトンが三走の白銀さんに渡る。

 キレイな受け渡し。白銀さんが加速していく。明らかに他の選手たちより速い。そしてフォームも一番美しい。みるみる追い上げ、6番手から3番手まで浮上した。そしてバトンを四走に渡す。

 

 四走も懸命に走る。確かに速い。速いが……他校に巻き返され、ゴールラインは5番手として越えていった。

 8校中5位。だがそれでも、中野北の選手たちは頑張った。

 

 白銀さんは一緒に走った先輩たちに駆け寄り、そして一緒に泣いていた。

 少し遅れて、以前校庭で俺に話しかけてきた、3年生の先輩もその輪に加わって、一緒に泣いていた。

 

「ゆめちゃん、がんばったね」

 生徒会長が微笑みながら言う。

「そうですね」

 俺が答える。

 

 残念ながら予選落ちだったが、それでも。がんばった。

 そして。白銀さんが今流している涙は、自分への涙ではない。引退する先輩達への涙だ。


 白銀さんにはまだまだ未来がある。

 芳介にも。生徒会長にも。もちろん俺にも。



 その夜、白銀さん……いや、ゆめに聞いたところによると、タイムは、チームベストを更新していたそうだ。

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