第40話 せめて、俺も一緒に背負うよ
縄の魔法を封じてしまえば、後はどうということはない。
俺は拳をにぎりしめ、男を殴る。
相手も懸命に殴り返してくるが、こちらはCランクの守備力補正がある。たいして効かない。
俺は男をさらに殴って、殴って、殴り続ける。
「ひぐぅ! ひぎぃ!」
殴るたびに男は情けない声を出して、痛がる。情けない奴だ。
「くそっ!」
男は手を光らせて、結界を作ろうとするが、俺は構わず右腕で殴り続ける。
男の周りが青白い光で包まれるが、俺は右手をそれに触れて消し去る。
「残念。その魔法もコピーできるのさ」
男の顔いっぱいに広がる、恐怖の表情。
「くそ! くそ!」
再び縄を大量に出して俺に叩きつけようとするが、今度も再び「罪深き右腕」でコピーして、俺はそれをすべて消し去ってしまう。
恐らく男の魔法を男と同じように使いこなすのは、慣れていない俺には容易ではない。ある程度、習熟する必要があるだろう。しかし、かき消すだけなら習熟の必要もない。
俺は男をひたすら殴り続ける。
殴って、殴って、殴り続けて、男がぼろ雑巾のようになったとき、俺の腕を、ふわっと、毛むくじゃらの何かが抑えてくる。
「もう、いいんじゃないかにゃ」
そう。俺の目の前の男は、すでに意識がもうろうとしているようだった。
あたりを見回すと、すでに結界も、縄も、消えていた。
男の魔力が尽きたのだろう。
ボロボロになった白銀さんは、両肩を北条姉妹に支えられながら、こちらにゆっくりと歩いてきていた。
「みんな、ありがとう。……私一人で突出して……本当に……馬鹿でした」
白銀さんの謝罪に俺は思わず感情的になってしまう。
「マジで本当に大馬鹿者だ! 俺たちは仲間だろ?! なんで俺たちを頼らない?!」
「ごめんなさい。……相手は私の元同級生だから……みんなを巻き込んじゃ悪いなって思っちゃって」
「もっと俺たちを信じろよ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「く……」男が唇を震わせる。まだ、意識があったのか。
「友達ごっこか……人間なんて、自分がすべてだ。自分だけが、この世界の、すべてだ」
男のたわごとを無視するように、生徒会長が口を開く。
「意識あるじゃない。大丈夫なの?」
「にゃあ。魔力は切れているにゃ」
「そう。じゃあ、警察を呼びましょう」
「え? ダメでしょう」
白銀さんが生徒会長に食ってかかる。
「二人も殺しているんですよ。魔法をつかっての監禁・暴行・殺人。そんなの、警察は本当に立証できるんですか? 裁判所は罪に問えるんですか? しかも、未成年だから刑罰は軽くなるし」
こんなに感情的な白銀さん、初めて見たかもしれない。
「しょうがないじゃない。そういうことは大人に任せるしか」
生徒会長も引き下がらない。
白銀さんはさらに激しく反論する。
「でも、魔法のことは私たちしか知りません。魔法のことを証明したら、私たちのことがみんなに知られてしまいます。それに、こんな能力を持ったやつを警察に引き渡したって、自力で逃げ出すかもしれないじゃないですか!」
「そうならないように、しっかりと警察に話しましょう。いいわ。証人は私だけがやるわ。私が魔法のこと、この男の罪のこと、すべてしっかりと証言するから」
「あは、あはは、はは」男が力なく笑う。そして、上半身をゆっくりと上げる。
「今さら、抵抗は、しないよ。もう、逆転も望めないしな。警察に引き渡してもらっても、いい。刑期をつとめ終えてか、脱走してかはしらないが、いずれにせよ、自由になった後も、オレはお前たちには近づかない。約束する」
男は、憔悴した様子でそう話す。
「その男の言っていることは、本心からだ」芳介がそう言って、それから付け加える。「少なくとも、今この瞬間はな」
白銀さんが男に近寄る。
「ずいぶん勝手なことを言っているのね。三人を苦しめて、二人は殺したくせに」
「……まあ、いいじゃないか。ゆめからしたら、どうせ他人なんだ。人間、自分だけが世界だ。他人はしょせん、他人じゃないか」
白銀さんの全身に、怒りが満ちていくのがわかる。
なんか、まずいかもしれない。そう思った瞬間だった。
ザシュ!
白銀さんの鉤爪が、男の腹部に突き刺さっていた。深々と。
白銀さんは、ほんのわずかな躊躇もなく、その鉤爪を引き抜く。
血が噴き出し、あたり一面が真っ赤に染まる。
「ぐふぁ、ああああああああ‼」
男の叫び声があたりに響き渡る。
白銀さんが大量の返り血を浴びながら、怒りの声を上げる。
「あんたの言っていることなんて、みんなとっくに知っているのよ! その上でみんな、あえて正しく生きてるのよ!」
白銀さんの言葉は、しかし、男に届いているとは思えない。
「ちょ! 何やってんのよ‼」
生徒会長は慌てて男に駆け寄り、のけぞり、苦しがる男の腹部に手をやる。その手もみるみる赤く染まっていく。
「すごい出血じゃない! 芳介、救急車を呼んで!」
「だが姉さん」芳介が言う。「そうすると、白銀さんが罪に問われるかもしれないが」
「私が証言する!」生徒会長が断固たる口調で叫ぶ。「この男に暴行され、友達を殺され、その上で挑発されたから刺したんだと。私がゆめちゃんを、全力で擁護するから!」
「ばっかじゃないの‼」白銀さんが叫ぶ。「証拠は不十分、犯した罪は最悪、人間性も最悪、こんなやつは殺されるべきなんです‼」
まずい。事態は最悪だ。俺はどうすればいい? どうすれば?
「うあ、あ、ああ、あああ」
男がよく分からない声を上げながら、全身をけいれんさせはじめる。
これは、このまま死ぬのではないか? 今さら救急車を呼んだところで、間に合わないのではないか?
「違うよゆめちゃん‼」生徒会長が叫ぶ。「ゆめちゃんの言うことは正しいけど、でも違う! こいつはたしかに死ぬべきかもしれない! でも、違うの。あなたが殺すべきではないのよ! あなたが人を殺す重荷を背負うなんて、そんなの絶対おかしいわ!」
「でも、でも……」白銀さんの両目から涙がこぼれ出す。「誰かが、誰かがこいつを殺さないと……だって、こいつは、私の大事な友達を……」
「救急車、やめた方がいいんじゃないか?」芳介が言う。「もうそいつ、助からない可能性が高そうだし」
「まだわかんないじゃない! 私が電話をかける!」そう言って生徒会長は自分の携帯を取り出す。
「もういい‼」俺は叫ぶ。
「白銀さんの言うことも、生徒会長の言うことも正しい! こいつは死ぬべきだし、その重荷を白銀さんだけに背負わせるのはおかしい! どっちもその通りだ‼」
俺は「罪深き右腕」でコピーした魔法で、縄を現出させる。それを男の首にかけ、吊るす。高く、高く吊るす。
「ぐ、ぎゃぎゃ……」
既に意識が朦朧としている男は、よく分からない声をあげたまま、足をバタバタさせる。そして、すぐに……動かなくなる。
そもそも、失血が致命傷だったのかもしれない。だが、俺が吊るしたのだ。俺の魔法によって、男は死んだ。
たしかに、死んだ。
無念そうな表情。飛び出した眼球。脱力した全身。俺は目の前の光景を、一生、忘れられないことだろう。
俺は一度、息をはく。その息はかすかに震えていた。
それからみなを見回す。
「殺人の、重荷。せめて、俺も一緒に背負うよ」
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
次回更新分をもって、この物語に幕をひかせていただきます。
最後までよろしくお願いいたします。




