第39話 お前の魔法は、俺に効かない
俺たちはついに、白銀さんが囚われている部屋に、到着した。
俺たち3人と1匹が踏み込んだその部屋は、まさに異様なものだった。
以前と同じく、窓から吉祥寺の街を見下ろせる高級そうな部屋。
その部屋の中に、半透明に青く光る壁に包まれた、一回り小さな部屋が現出していた。
中央には白銀さんが無数の縄に縛られて吊るされていた。その身体はあちこちに赤い傷跡が付き、たくさんの血がしたたり落ちている。
その横には、鞭のようなものを両手でつかんだ男。俺たちと同じくらいの年齢だろう。身長は低めで、白銀さんと同じくらい。猫背で胸板も薄く、不気味な雰囲気を漂わせている。比較的整った顔立ちではあるが、なぜか涙を流していた。
「この結界はレア度A魔法、『処刑部屋』にゃ」
チェシャ猫が分析を開始する。
「物理、魔法のあらゆる侵入をふせぐ結界にゃ。室内の温度・湿度は自由にできる。音は結界を通すことも遮断することも可能。結界を出入りできるのは術者のみにゃ」
「なるほど」
「そして、あの男が宿しているのはレア度A、『オペラ座の怪人』のファントムだにゃ」
「お前の分析は、結界を通るんだな」
「その説明はおいおいに、だにゃ。来るぞ」
結界内の男は、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。
しかし、半透明の壁のそばで立ち止まる。
俺は殴りかかる。しかし俺の拳は結界にさえぎられ、相手に届くことはなかった。
「くそっ!」
男は部屋の中で、勝ち誇ったような表情を浮かべる。
「あっはっはっはっは。この結界は破れないだろう。そのまま、ゆめが嬲られるのを、指をくわえて見ているがいい」
結界の中から、男の声が聞こえてきた。禍々しい男には不似合いな、とても美しい、よく通る声。
「お前たちにも、ゆめの悲鳴を聞かせてやるさ」
男は背中を向け、再び白銀さんに向かっていく。
と、突然白銀さんが叫びだす。
「助けて蟹江陸に殺される!同級生の三原博美ともう一人を殺し、女子大生一人に婦女暴行を働いた蟹江陸に殺される!」
なんだか妙に早口で説明口調なんだが。
「そうさ。お前はこれから、あいつらと同じように、オレに嬲られ、殺されるのさ」
蟹江陸と呼ばれた男は、手に持った縄を白銀さんに叩きつける。
凄まじい音が響き渡り、白銀さんの身体が跳ね上がる。
「いたあい‼ 鞭で叩かれてとってもいたい!」
「あっはっはっはっはっは」男は高笑いをする。
「今は6月5日15時48分」
突然、俺の横で芳介がしゃべりだす。
「白銀ゆめさんが蟹江陸という男に暴行を受けている場面に遭遇。ただし手出しができないので録画開始。目撃者は北条芳介、北条珊瑚、秋葉野爽太の3名」
「てめえ、何をしている」
男に対して、芳介は携帯を見せつける。録画しているのだ。なるほど、さすが!
「証拠は手に入れた。まさか録画している前で殺人はできまい。秋葉野くん、110番をしてくれたまえ」
「させるか!!」
男が走って結界に近寄ってくる。
よし、結界を出た瞬間に生徒会長の洗脳魔法で……ん?
男はなにやら歌いながら結界を出てくる。これまで聞いたことのないような、美しい歌声。
「くっ!」
芳介が膝をつく。
「なに……? これ……」
生徒会長が頭を押さえている。
二人とも、うつろな目つきであたりを見回し、混乱している様子だ。
「にゃにゃ! 『天使の歌声』。Aランク魔法にゃ。この歌を聴くと思考能力が50%ダウンにゃ」
「なに!」
「あの聡明なご主人が囚われた理由がわかったにゃ。この魔法にやられていたのか。なるほどにゃあ」
「いやいやそんなこといいから、対策を!」
「もうその二人は戦闘不能にゃ。だが『ドゥルシネーア』を持つそなたと、わらわには無効にゃ」
「チェシャにも無効なのか」
「それもおいおい説明するにゃ。行くにゃ!」
チェシャと俺は、男に向かって突進する。と、首筋に強烈な痛みが走る。
そして宙にぶら下げられる。
息が詰まる。手足にも痛みが走る。
俺は、縄によって首と手足をすべて縛られ、空中にはりつけにされていた。
そのまま縄がきつく締まってくる。痛い。苦しい。息ができない。
視界の端では、チェシャまでも同じように縄で空中に縛り上げられていた。
「あっはっはっは。よく考えると、2人殺しちゃったら、あと何人殺そうとあんまり関係ないからね。むしろ、美少女がさらに2人も加わったということで、お楽しみが増えただけだったな。だが男と獣は、死ね!」
やはり芳介は女の子にカウントされているらしいが、今はそんなことはどうでもいい。
首の縄が、さらにきつく締め上げられる。苦しい。意識がだんだん遠のいていくのが分かる。俺はこのまま、殺されてしまうのか……。
だが、次の瞬間、俺を縛り上げていた縄がすべて切り落とされる。チェシャだった。
チェシャは自分の爪で縄を切り裂き、さらに俺の縄も切り裂いてくれたのだ。
「くそ!」
男はチェシャに向けてさらに縄を現出し、縛り上げようとする。チェシャは己の爪で縄を次々に切り裂いてゆく。
しかし、切ったそばから縄が出てきてきりがない。
「今にゃ‼」
チェシャが叫ぶ。
チェシャは敵をひきつけてくれているのだ。
俺は男に向かって疾走する。そして右の拳を握り、振りかぶり、全身全霊の力を込めて、男の顔に叩きつける。
「ふべっ!」
男が情けない声を上げながら倒れる。
俺が追撃しようとすると、男は立ち上がりながらさらに大量の縄を現出させる。
「殺す!殺す!殺す!殺す!!」
大量の縄が俺に襲い掛かってくる。
だが。俺に触れた瞬間、縄はすべて消滅していく。
「ど、どういうことだ」
男が困惑の表情を浮かべる。
「お前の魔法は、コピーさせてもらった」
俺の『罪深き右腕』でな。
男の顔が、困惑から恐怖に変わる。
俺は、男に宣告する。
「もうお前の魔法は、俺に効かない」




