第3話 鏡は、中に入れるものなんです!
白銀ゆめに片手を握られたまま、俺は女子トイレに引きずり込まれてしまった。
へぇー、女子トイレってこうなっているんだ……などと感心している場合ではない。
高校進学早々、変態の汚名を着せられたくはない。
「大丈夫、すぐ終わります。ちょっと試したいことがあって。ここの鏡は大きいから、おあつらえ向きなんですよね」
鏡が大きいから何だというのか。
と、白銀ゆめは、俺の片手を握ったまま、鏡に向かって跳躍をする。そして頭から突っ込んでいく。
「はぁ?!」
俺は慌てて握っていた白銀ゆめの手を引っ張る。鏡に向かっていた白銀ゆめの身体を全力でこちらに引き戻そうとするが、間に合わなかった。
白銀ゆめの頭は、そのまま鏡にぶつか……あれ?
鏡が割れない。
だが、白銀ゆめの頭だけが消えた。
よく見ると、首から先が鏡の中に入っている。鏡がキラキラと光り輝いている。
「ちょっと秋葉野くん、一緒に来てくださいよ」
水中で話しているような白銀ゆめの声が、鏡の中から聞こえてくる。
は?
なんだこれは。
白銀ゆめが鏡の中から頭を出す。
とくに変わりはない。額が割れたり鼻血を出したりしている様子はない。それどころか鏡も割れていない。
「……大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ですから一緒に鏡に入ってください」
「は? 鏡に入れるわけないだろ」
「うふふふふ。頭の血の巡りが悪い方ですねぇ」
うわ、なんか腹が立つ。
「私が今、入るところをお見せしたでしょう? 鏡は、中に入れるものなんです!」
「いやいやいや、見たけれども」
「じゃあ、大丈夫なのが分かったでしょう? 入りましょう!」
「待った! 入れるのは分かった。けどなんで俺も入んなきゃいけないんだよ」
「私の魔法で、私以外の人も鏡に入れるかどうか、試したいんですよ」
魔法?
いや、でも「試したい」ってことは、やっぱり俺が鏡に入れるかどうかは分かってないんじゃないか。
白銀ゆめが入れても、俺は鏡にぶつかって流血の大惨事になるかもしれない。
しかも女子トイレで。
そしたらマジで入学早々この学校にいられなくなるぞ。
しかし白銀ゆめは、自信に満ちた表情で口を開く。
「ようやくここまで持ち込んだんですし、チェシャ、一気に押し込んじゃって!」
次の瞬間、俺の背後に教室で見た特大サイズの黒猫が出現する。
「分かったにゃん」
やばい……。
「今度こそ」
そう言って白銀ゆめが再び鏡にジャンプするのと、
「猫ヒップアタックだにゃん」
と言いながら巨大猫が頭から突っ込んでくるのは、同時だった。
ていうか頭突きはヒップアタックじゃねぇぞ……。
俺は虎ぐらいの大きさの猫に押されて鏡にぶつかっていく。
異様な輝きを放つ鏡が目の前に迫る。
まるで万華鏡のように、その輝きは次々と模様を変えている。
その中に頭が入る。
プールの中に頭から飛び込むような感覚。
そこから体全体が鏡に押し込まれていく。
体全体を包み込む、水のような、強風のような、何か。
次の瞬間、頭が外にでる。
体全体も飛び出すが、白銀ゆめの手に引っ張られるまま、そのまま下に落ちる。おい待て、高いところじゃないだろうな?
直後、俺は柔らかい何かの上に着地する。
「痛!」
俺の下敷きになった柔らかい何かが声を上げる。白銀ゆめの声だ。
俺は白銀ゆめの上に乗っていたらしい。
とくに俺の顔は、とっても柔らかい、二つの膨らんだ何かの上に乗っている。
これ、ラノベでよく読むお約束じゃね?
「すまん!」俺はあわてて白銀さんの胸から顔を離す。
白銀ゆめは顔を真っ赤にさせている。
「いえ、まあ、最初に私が着地に失敗したせいで将棋倒しに……」
「とりあえず起き上が……ぐふっ」
俺の上に重みが乗っかってくる。巨大猫のやつだ。
俺の顔が再び、とっても柔らかい二つの何かに深く埋まる。これもお約束だな……。
「すまない!」
巨大猫がどいたあと、俺は大慌てで白銀さんの上から体を起こして頭を下げる。
白銀ゆめは顔を真っ赤にしながらしばらく下をうつむいていたが、「まあ、私が鏡の枠でつまづいたせいですし」とつぶやいて、巨大猫の方を向く。
「とにかく、これで証明ができました。やっぱり、手をつなげば他の人も鏡に入れるんですね」
「にゃー。だからそういう能力だって説明したにゃん」
「ごめんなさい。チェシャの能力を疑ったわけじゃないんですけど。仮説は実証することで、はじめて定説になりますから」
白銀ゆめが胸を触られたことをあまり気にしていなさそうなのは、まあ良かった。
……だが、ここはいったいどこなんだ?
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