第38話 それからずっと、ぼっちだったでしょう?
白銀ゆめの美しい肢体に縄を振り下ろし、血しぶきを上げさせ、痛みを堪える表情を楽しむ。
なんという極上の楽しみなのか。
オレはその楽しみをさらに素晴らしいものにするため、白銀ゆめの精神にも、追い打ちをかけることにする。
「ゆめが鞭の跡をつけて学校に来るようになったころ、あの底抜けに明るかったゆめが、急に暗くなったよな。それまでの友達からも距離を置くようになって。オレはそんなゆめに優しく接してあげるフリをしながら、いつかこうやって鞭打つことばかり考えていたのさ」
オレは再び縄を振り下ろす。
しかし、今度は白銀は声を上げない。顔を見ると、情けない声を出さないように、唇をかみしめて我慢しているのだろう。唇から血が流れ落ちていた。
と、突然、白銀ゆめが笑みを浮かべた。その瞳は焦点が定まっていないし、表情全体もぼんやりとしている。それでもたしかに、笑っていた。
「……優しく、接して、あげるフリ?」
少しオレの口調をまねしながら、あざけるように話す。
「どういう意味だ」
「それは、……こっちのセリフよ」
白銀ゆめの話し方に、ほんの少しだけ力が戻ってきた気がする。おそらくはこの部屋の温度を下げてしまったからだろう。水をかけたせいもあるかもしれない。
とはいえ、元気になったわけではない。最後に残されたわずかな力を振り絞っているのは、間違いないだろう。
白銀ゆめの顔には、たしかに嘲笑が浮かんでいた。そのまま懸命に言葉を絞り出してくる。
「たしかに、私は、あの時期とても……辛かった。だけど、私は友達たちとは、仲が良いままだった……。むしろ、あなたに優しく接してあげていたのは、こっち、なんだけど」
白銀ゆめの話の意図が、いまいちよく分からない。
白銀ゆめの瞳に、みるみる力が宿ってくる。
「辛いことがあった私は、心の支えが、必要だった。心の支えが」
「そうだな。だから優しいオレを心の支えにしていたんだろ? けどな、支えになるフリをしていただけだ。残念だったな」
「うふふふふふ……」
白銀ゆめが、小さい声で笑う。そして口を開く。
「友達とは、ずっと仲が良かったけど、あの頃だけは、私ほど辛い目にあっていない友達が、重かったの。……だから、少し距離を置いた。……そして、明らかに私より悲惨な人に、接近した。クラスで一番悲惨な嫌われ者に、優しくして、親切にして、少しでもマシな人にしてあげる。そうしてあげることで、私は、自分を保っていたのよ。我ながら嫌なやつ」
……????
何を言っている?
白銀ゆめの言葉に、どんどん力がこもっていく。
「ろくにお風呂に入らないのか、毎日ひどい臭いをさせて、フケをたくさんふりまいて。そのくせ自分は美男子だと思っていそうな、ナルティスティックな言動の数々。性格が悪くて常識的な対応ができないことを、なぜか自分の頭の良さゆえだと思い込んでいる意味不明さ。そんなクラス一の問題児を、クラス委員として、私はお世話してあげてたのよ」
待て。そんな。それはおかしい。オレの記憶とつじつまが合わない。
それでも、白銀ゆめは語るのをやめない。
「私がちょっと親切にしてあげたら、急にお風呂に入るようになって、臭さが減ったって、クラスのみんなは喜んでいたわ。私につきまとうようになったのは気持ち悪かったけど、まあ、そこは我慢していたのよ。正直、家来ができたような気分もちょっとあって、辛い気持ちが少しだけ和らいだんだ」
あまりにも、オレの知っている過去と違う。
「ま、まて」
情けない声を出してしまう。違う。オレはそんな情けないことを言ってはいけない。
「転校もね、友達たちにはずっと前から話していたのよ。でも、みんな、私がいなくなったら今度はあなたが別の誰かにつきまとうようにならないか、心配していたわ」
「い、言うな、それ以上は」
オレがそう言っても、白銀ゆめは止まらない。
「だから最終日、そのあたりを率直に話そうと思ったのよ。『あなたはみんなに気持ち悪いと思われている、私以外の人には、私にするみたいなことはやっちゃダメだよ』、って」
白銀ゆめは、勝ち誇ったような表情でオレににっこりとほほ笑み、先を続ける。
「そしたら、私が話を切り出す前にあんなひどいことをされたから、私は、自分が正しいことをやり損ねたと悟ったわけ。あなたをマシな人間にするのは無理だったんだ、って」
「やめろ!」
「だから今度は、正反対の方法で正しいことをやることに決めた。あなたが二度と女の子に近づけないように、徹底した痛みと、恐怖を、骨の髄まで叩き込もうとね。……でも、後から思うと結局、私のやったことって、あのとき私が『あいつ』にされていたことだったのよね。ほんと、自己嫌悪だわ」
くそ。これ以上、白銀ゆめに話させてはならない。早く、口を閉じさせねば。オレは縄を振り上げようとするが、手が震えていて、縄を落してしまう。
「うふふふふふ。ちなみに、あなたにやられたこと、当然すべてクラスのみんなに教えといたから。私がいなくなった後、徹底してあなたを隔離するべきだと。あなたは妙な情けをかけるような相手ではなかったと。人間のクズだったと。……どう? それからずっと、ぼっちだったでしょう?」
「うおおおおおおおおお!!」
いつの間にか、オレは大きな声で叫んでいた。両目からは涙があふれていた。
オレは足下から縄を拾い上げ、白銀ゆめに叩きつける。やたらめったら、叩きつける。
白銀ゆめは悲鳴を上げるが、オレはなぜか、それを心から楽しむことができなくなっていた。
ダメだ。縄で鞭打つくらいじゃだめだ。
もっと大きな痛みを。もっと大きな恥辱を。この女には与えねばならない。
悲鳴を上げ、苦しみの表情を浮かべていた白銀ゆめの顔に、突然、喜色が浮かぶ。
同級生だったころも含めてこれまで一度も見たことがない、心の底から嬉しそうな表情。
オレは背後を振り返る。
結界のすぐ横に、立っていた。三人と、猫一匹が。
その中の一人が、大声を張り上げる。
「俺たちの仲間を、返してもらうぜ‼」




