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第34話 役立たずの猫とわずかな光明

 自宅のある秋葉原についても、まだ、白銀さんの携帯にはつながらないままだった。

 帰宅して自分の部屋に飛び込み、それから布越しの鏡に声をかける。

「白銀さん、いる?」

 

 返事がない。

 

 俺は鏡にかかっている布をとりさり、鏡に飛び込む。

 鏡越しに自由に移動できるという白銀さんの魔法「鏡の国」、それを俺の「栄光の左腕」で固定してしまった唯一の鏡だ。

 

 白銀さんの部屋には、当然ながら白銀さんはいなかった。

 かわりに……ベッドの上にはチェシャがいた。巨大な身体を仰向けにして、スピー、スピーといびきをかきながら。

 

 俺は腹が立ってチェシャに近寄る。

 そしてひげをひっぱ……ろうとしたが、万が一、巨大な爪出し猫パンチを受けたらさすがに命にかかわりそうだと思い直し、ベッドの下にだらしなく垂れている尻尾を両手でぎゅっとつかむ。

 

「ウニャッ!」と叫び声を上げるが……チェシャはそのままいびきをかき続ける。おいおい。

 俺はさらに強く尻尾をにぎる。

「ウギャッ!!」

 チェシャ猫が跳ね上がり、そのまま空中で一回転してベッドに着地する。どすん、と猫らしからぬ大きな音をたてながら。ベッドが壊れなかったのは奇跡みたいだ。

 

「小僧!! よくもわらわの尻尾をつかんだにゃ!!」

「そんなことより、白銀さんはどこだ?」

「うにゃ? ……ああ、ご主人はまだ帰らないにゃ」

「ふざけんな、もう昼だぞ! 病院の診察はとっくに終わっているはずだけど、携帯の電波がまだ届かないままなんだ。おかしいだろう」

 

 チェシャ猫は大あくびをする。

「そうか。でも安心せい。ご主人から呼ばれてはおらんにゃ」

「なぜわかる」

「にゃにかあったら、ご主人はすぐ、わらわに救いを求めてくるはずだからにゃあ。ご主人のわらわへの救難の願いは、お互いどんな場所にいようとも、必ずわらわにつながるにゃ。そしてわらわは、ご主人のところへはどこでも瞬時に移動できるにゃ」

「じゃあ、今すぐ白銀さんのもとに移動してもらえないか」

「ご主人は医者のところへ行ったんにゃから、待ってればいいんじゃないかにゃあ」

「違う。時間がかかりすぎなんだ。普通、医者に行ったらもっと早く終わるはずなんだよ」

 

 チェシャ猫はもう一度伸びをする。

「わーかったにゃ。ご主人以外の人間の指示に従うのはシャクじゃがにゃあ。発情期のオスはこれにゃから……」

 チェシャ猫はこちらに向かってニヤリと笑い、それから体が薄くなっていき、瞬く間にかき消えてしまう……と思った途端、すぐに体は元に戻った。

 

「にゃ???」

 チェシャ猫は困惑した表情をしている。まさか失敗したのか?

「そんにゃはずは……」

 チェシャは再び姿を消す。……が、やはりすぐに戻ってくる。

「……弾かれた……? まさかわらわの魔法が……? いや、この空間移動はご主人側の魔法か。だとしたらあり得るかもにゃ……」

 

「どういうことだ?」

「結論を言うと、移動できなかったにゃ」

「なぜ?」

「……」

 チェシャ猫は、これまで見たことのないような、焦った表情をしている。

 これはやばいんじゃないのか……?

 

「弾かれるって言ったな? それは、どういう時に起こる可能性があるんだ?」

 チェシャ猫は目を泳がせながら、俺の問いに答える。

「可能性…………二つあるにゃ。一つはご主人が拒否している。この瞬間移動はご主人側の魔法だから、ご主人が嫌がっていたら使えないにゃ。もう一つは、ご主人が魔法を使えなくなっている」

「おいおい。魔法が使えなくなるってどういう時だよ」

「……誰かが魔法を封じる魔法をかけた、……もしくは結界のようなものに閉じ込められた、気絶している、……あと……死んでいる」

「死んでるだと? ふざけんな!」

 

 俺はこぶしを握る。そのこぶしが震えてしまう。

 

「……いや、違うにゃ。今回に限ってはそうではないはずにゃ。今、空間移動をしようとして弾かれたということは、結界にちがいないにゃ。誰かが魔法を跳ね返す結界を張っているにゃ」

「で? その、結界が張ってある場所はわかるのか?」

「……もう一度やってみるにゃ」

 

 チェシャは再び姿を消す。そしてまた、すぐに元に戻る。

「……だめにゃ。わからないにゃ」

「くそっ!」

 俺は握りしめたこぶしをベッドに叩きつける。

 なにかないのか、なにか……。

 

「なあチェシャ、白銀さん、どこの病院に行くって言ってたんだ?」

「……にゃああ。ただ、病院に行くって言われていたからにゃあ……その鏡から出て行ったし……」

「は? 病院に行くのに『鏡の国』を使ったのか?」

「そうにゃ」

「おかしくないか? 病院なんて、どこに誰がいるかわかったもんじゃないのに、『鏡の国』で飛ぶなんておかしくないか?」

「……にゃるほど」

 

「もし、白銀さんが誰かの罠にはまったのだとしても、それは『鏡の国』で行ける範囲だったはずだ」

「にゃるほど。そなた、ただのエロいやつかと思ったが、違うんにゃな」

「おいこら。……まあいい、今はまず、白銀さんの居場所を探すのが先だ。最近『鏡の国』で行ったところをリストアップして、しらみつぶしに当たって行こう」

「わかったにゃ」

 

 手も足も出ないわけではない。ほんの少しは光明が見えた。

 とはいえ、場所を一つ一つ当たっていたら、やはり時間が足りない。

「鏡の国」だったら一瞬で移動できるところも、普通に移動して回っていたら、一か所ごとに何十分もかかってしまうだろう。

 

 北条姉弟にも助力を頼んだとして、人手は3人。一度に3か所ずつ潰していったとしても時間がかかる。

 ……いや、強力な魔法を使える白銀さんがかなわない相手だとすれば、一人ずつでは勝てないかもしれない。北条姉弟、俺とチェシャ、その2組で行くべきだろう。だとするとさらに時間がかかってしまうが……。

 

「くそ!」

 俺にも「鏡の国」のような魔法が使えたら……。

 おれは自らの右手で鏡に触れる……と、その右手がずぶずぶと鏡に入って行く。鏡が光を放ちはじめる。

「え? あれ?」

「にゃにゃ?! これは……!!」

 

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