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第30話 井の頭公園のファントム【蟹江陸と白銀ゆめ5】

 小学生のときに白銀ゆめに一方的に暴行を受けて以来、オレはすっかり臆病おくびょうになってしまった。

 オレは女性に気おされるようになり、女性と話すときは声が小さくなり、しかも震えてしまうのだ。

 

 オレの人生は、白銀ゆめによって見事に狂わされてしまったわけだ。

 

 白銀ゆめの呪縛じゅばくを解くためには、白銀ゆめにリベンジを果たさなければならない。

 そのことを、オレは薄々理解していた。

 

 それでも、白銀ゆめの居場所を探すために腰を上げることは、ずっとできないでいた。

 子どもには難しいということもあるが、それ以上にやはり、オレの心の奥底まで植えつけられた白銀ゆめへの恐怖心が、オレの手足を縛りつけていたのだ。

 


 しかし。



 小学5年生のときから5年がたった、中学3年生の冬。


 オレは白銀ゆめとすれ違った。


 休日の井の頭公園。その人通りの中、オレと白銀ゆめは再び交錯したのだ。


 

 6年ぶりに見る白銀ゆめは当時よりずっと身長が伸び、さらにスタイルが良くなっていた。

 なびかせる黒髪も美しく、表情も見違えるようにイキイキと明るくなった。

 当時とはすっかり変わっていたわけだが、それでもオレは、一目でそれが白銀ゆめだとわかった。

 

 オレは白銀ゆめと距離が開いてから振り返る。

 後ろ姿から判断するに、白銀ゆめはオレに気づいていないようだった。


 それはそうだろう。白銀ゆめに暴行を受けて以来、オレは軽い対人恐怖症になっている。

 だから外出する際には度入りのサングラスが必要になってしまったのだ。

 でもそのおかげで、サングラス越しのオレに白銀ゆめは気づかなかったわけだから、人間、何が吉と出るかわからない。

 

 オレは慌ててきびすを返し、白銀ゆめの後をつけることにする。

 白銀ゆめはたった一人で井の頭公園の奥の方へ、奥の方へと向かっていく。

 何かを探しているように、きょろきょろしながら。


 オレは白銀ゆめに見つからないように、だいぶ距離を置いて追いかけねばならなかった。

 

 白銀ゆめの追跡をはじめて20分ほど経ったころのことだった。

 オレはほんの一瞬、白銀ゆめから目を離した。

 それからまた視線を戻すと、いつのまにか白銀ゆめの肩の上に黒猫が乗っていた。

 目を離したのは、ほんの一瞬だったのに。

 

 突然、猫に肩に乗られたら、人は驚くに決まっている。

 しかし白銀ゆめは驚かない。猫を肩に乗せたまま、すたすたと歩いていくのだ。

 そして周りの人たちもみな、肩の上の猫に反応をしない。

 

 白銀ゆめとすれ違う人々は10人を超え、20人、30人と増えていくが、その誰ひとりとして肩の上の猫に反応を示さない。視線を向けることさえない。

 

 これは明らかに、異常な事態だった。

 オレはふと、最近たまたま目にしたニュースのことを思い出す。アメリカで「妖精が見える」と言い出す伝染病のようなものが発見されたニュースだ。


 あの猫は虚空の中から突然姿を現した。そして、道行く人には見えていない。

 さらに……致命的な瞬間をオレは見た。

 

 人がほとんどいなくなった林の前で、白銀ゆめが肩の上の猫に笑顔を向けた。

 そして猫も、笑顔(あれは間違いなく笑顔と呼ぶべき表情だった)を見せたのだ。


 間違いない。白銀ゆめの肩の上の猫は明らかに普通の猫ではない。異形の猫だ。

 そして、その猫を肩に乗せ、さらには微笑みかけている白銀ゆめも、異形の者だ。

 

 これは、素敵なカードになるかもしれなかった。

 白銀ゆめにリベンジを果たすための、素敵なカードに。

 

 

 白銀ゆめはオレにつけられているとも知らず、のんきに公園の散歩を続けた。

 そして……白銀ゆめが突然何かに気づいたようなそぶりを見せて、駆けだす。その先には、小さな光る何かがあるようだった。しかし即座に小さな光は消え、白銀ゆめは踵を返して元来た道を戻っていく。

 しかもいつの間にか、その肩から黒猫の姿も消えていた。まるで煙が掻き消えるように、いつの間にか消えていたのだ。

 

 白銀ゆめの表情には何かしら満足感のようなものが漂っていたが、オレの精神にはなぜか、釈然しゃくぜんとしない喪失感のようなものが残った。

 あたかも時間を盗まれたかのような、謎の喪失感。

 

 白銀ゆめはどうやら、目的を果たしたようだった。

 途中、大道芸人の芸をちょこっと覗いたり(律儀におひねりを払っていた)、公園内の軽食屋で甘味を食べたりしてから、公園の外へ出ていく。

 距離を保ってつけていくと、白銀ゆめは吉祥寺駅を越えて大通りを進み、そのまま高級そうなタワーマンションに入って行った。

 

 オートロックな上に、入口にガードマンまで立っているマンションなので、オレは残念ながらそこに入って行くことはできない。

 

 その日は一日中そのタワーマンションの周辺をうろうろしていたが、結局、白銀ゆめが出てくることはなかった。

 それどころか。

 その翌日から、オレは何日か仮病で学校をサボってそのタワーマンションを朝から晩まで張ったのだが……白銀ゆめが姿を現すことはなかった。

 

 

 白銀ゆめはなぜあのタワーマンションから姿を消したのか。

 高校受験を間近に控えた時期に、白銀ゆめ探索に投下できる時間はそう大きなものではなかった。

 中学1・2年の頃から勉強を先に進めていた「貯金」はあったが、その貯金を確実に取り崩している実感はあった。

 ましてや、オレの両親は口うるさい教師だ。どちらもオレそのものには興味がないものの、世間体は異常に気にする。

 

 次第にオレは、いら立ちを抑えられなくなってきた。

 白銀ゆめの入っていたタワーマンションに張り込み、空振りに終わった最後の日、オレは井の頭公園を歩いていた。

 そんなオレの前方を、一匹の野良猫が歩いていく。

 

 でっぷりと太って、短いしっぽをピンと立てた様子が小憎らしい。人間様が近くを歩いているというのに、警戒心をまったく持っていない。


 あいつを思いっきり蹴り飛ばしてやったら、少しはすっきりするだろう。

 オレは小走りで猫に近づくが、オレの足が迫った直前で、突然全力疾走で逃げていく。さらに高いブロック塀を駆け上がり、オレの方に不審げな眼差しを向けてくる。

 

 猫畜生の分際で。その首を絞めてやったら、どんなにせいせいするだろうか。

 そう思った瞬間、猫が苦しげな声を上げた。

 猫の首には縄がかかっている。空中から吊り下げられた、謎の縄。

 

 異様な光景だが、オレは不思議に驚かなかった。それどころか、その光景を現出しているのが自分自身の能力によるものだという、奇妙な確信さえあったのだ。

 

 オレはなぜか、その縄の扱い方さえ、あらかじめ分かっていた。オレはそのまま縄を空中に引き上げる。猫の身体がブロック塀の上を離れていく。そして、完全に宙に吊るされる。

 猫は声を上げることさえできない。ただ、苦しげに激しく身もだえするだけだ。しかし、動けば動くほど縄は首を絞めていく。

 そして……猫は動きを止める。目は充血して少し飛び出し、口からは長い舌がだらんと垂れ下がり、下半身からは排泄物がダラダラと垂れ流されている。……死んでいた。

 

 なんというエンターテインメント! 最高のショータイムだ!

 オレは思わず歓声を上げそうになった。

 間違いない。オレの身体の中に、なにか特別な力が宿ったのだ。

 超能力とか、魔法とか、そういう特別な力が。

 

 おそらくは白銀ゆめも、同じように特別な力を持っていたのだろう。だからあのような不思議な行動をとっていたのだ。


 そしておそらく、白銀ゆめへの接近が、オレの未知の能力を開花させたのだ。

 オレと白銀ゆめは共鳴し合っている。

 

 ふと気づくと、猫は地面に落ちていた。近づいてみると、先ほどまで宙に浮いていた縄はどこにもなかった。それでも、猫の首には縄で絞められた跡がくっきりとついていた。

 オレは笑いながら、その猫の死骸を思いっきり蹴り飛ばす。

 最初っからおとなしく蹴り飛ばされていれば、命まではとられずに済んだかもしれないのに。

 

 白銀ゆめの消息を追うことも大事だが、しばらくは後回しだ。オレはこの楽しい超能力をいろいろと試し、磨き上げねばならない。

 

 この超能力だけでも楽しい遊びはいっぱいできるだろう。さらには、もっと違う超能力も使えるようになるかもしれない。

 昔からそうだとは分かっていたが、オレはやはり、選ばれた人間だったのだ。


評価をしてくださった方、ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。

感謝いたします。

蟹江陸視点は今回でひとまず終わりで、次の更新から秋葉野視点に戻ります。


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