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第29話 屈服。そして…… 【蟹江陸と白銀ゆめ4】

 白銀しろがねゆめが、俺の部屋で眠っている。

 

 その長いまつげ、高い鼻、柔らかそうなほほ、そして可憐かれんな唇。

 オレはたまらず、その上におおいかぶさるようにゆっくりと近づいていく。


 そして両手を白銀ゆめの細い首に向けつつ、自分の唇を白銀ゆめの唇に寄せていった。

 

 あと一秒もせず、オレは白銀ゆめの首を柔らかく絞めながら、唇を奪う。

 さらに裸にいてしばり上げ、自尊心のすべてを破壊するのだ。

 白銀ゆめのすべてをオレのものにする。

 何度も何度も妄想していたその瞬間が、今まさに訪れようとしていた。

 

「ああ、寝ちゃだめ」


 白銀ゆめが急に目を開ける。

 オレと、目が合った。両手を首に向けて、唇を奪おうとしているオレと。

 

 俺は慌てて優しげな笑顔を浮かべて取りつくろう。

 しかし、白銀ゆめの瞳には恐怖の色が浮かぶ。

 さとられた!

 

 オレはそのまま両手で白銀ゆめの首を絞めにかかる。

 その首の柔らかな感触は、何度も妄想したそのままの、まさにオレに絞められるために創造されたかのような素敵な首だった。

 

 しかし次の瞬間、目の前が一瞬真っ黒になった。

 両目が強烈に痛い。

 そしてなにも見えない。

 目を突かれたようだ。

 さらに下半身にも痛みが走る。息ができない。

 白銀ゆめがオレの股間をり上げたのだ。

 

 激しい痛みと、全く想定していなかった強い反撃に、オレは何も考えられなくなる。

 何も見えない、痛い、怖い。


 今度は右腕に痛みが走る。そして、そのまま世界が回転し、オレは床に叩きつけられる。

 あおむけに大の字にされていた。

 身体の上にはいつのまにか白銀ゆめが馬乗りになっていた。

 

 そのままオレは何度も何度も顔を殴られる。一方的な暴行であった。

 殴られるたびに、オレの口からは「ぎゃっ」「ぶひぇっ」などと情けない声が漏れ出る。

 おかしい。情けない声を出すのは、白銀ゆめのはずだったのに。


 もう、反撃する気力など一切なかった。

 顔のあちこちから血が飛び散っても、顔の感覚が麻痺しても、白銀ゆめはやめてくれない。

 手をゆるめてくれない。

 

「ごめんなひゃい! ごめんなひゃい!」

 オレはただ、そう繰り返すしかなかった。

 何回「ごめんなさい」を言ったかわからなり、はれ上がった口のせいで、まともに人語を話せなくなってきたころ、ようやく白銀ゆめはオレを殴るのをやめた。

 

 そしてオレの体から立ち上がる。それから……。

 

 かろうじてまぶたを開くと、ピントが合わないオレの視線の先に、こちらを見下ろす白銀ゆめの顔があった。


 下等で醜悪な生き物に対するような、冷酷な眼差し。


 オレは白銀ゆめに、虫けら以下として認識されているのだ。

 悔しい。恐ろしい。恥ずかしい。情けない。


 

 白銀ゆめはそのまま、何も言わずに自分のランドセルを背負い、帰っていった。

 

 

 オレは10分ほどたって、ようやく立ち上がることができた。

 それからあちこち飛び散った血を一生懸命ぬぐい取り、氷で自分の顔を冷やした。


 目は、失明はしていないようだったが、眼球が異常な赤さになっていた。そのうちもとに戻るといいのだが……。

 

 女ごときにいいように暴行され、そして完全に見下された。

 情けない、虫けら以下の醜態をさらした。

 そのことはオレにとって、決して受け入れがたい……事実であった。

 

 

 その夜、オレの両親はオレのはれ上がった顔に驚いていたが、学校で男同士の喧嘩けんかをしたというオレの話を最終的には真に受けた。

 

 翌日、さすがにオレは小学校に行くことができなかった。白銀ゆめが言いふらさないわけがない、そう思ったのだ。

 白銀ゆめに今日のことを言いふらされたら、オレは今の小学校にいられなくなるだろう。


 しかし……その日の夕方、宿題を届けてくれたクラスメートから、オレは驚くべき話をきいた。

 

 白銀ゆめが、転校したというのだ。どこか遠くの県へ引っ越してしまったらしい。

 

 


 ……それ以来、白銀ゆめは、オレがひれ伏させなければならない存在として、オレの心の中の大きな部分を占め続けた。

 白銀ゆめがオレに残した傷跡はとても大きなものだったのだ。

 

 もちろん、肉体的な傷跡も大きかった。

 あの日、目つぶしを受けたことを契機に、オレの視力はどんどん低下していき、眼鏡が欠かせないようになってしまったのだ。


 しかし、それよりもはるかに大きかったのは、心の傷跡だった。


 女が怖くなってしまったのだ。


 母親以外の女と話すとき、オレは声が震えるようになってしまった。

 女たちはそんなオレをあざ笑うようになった。

 優れた容姿と、美しい歌声、そして卓越した頭脳を持つこのオレが……道化となってしまったのだ。

 

 他のおもちゃをたくさんもてあそんでも、いっぱい壊しても、その傷跡がえることはなかった。

 

 

 ……そんな悲惨な敗北から5年。


 ついにオレは。

 再び。

 

 白銀ゆめを……射程に収めた。

 

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