表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/42

第2話 デートだと思われちゃうと、なにか問題でもありますか?

 地理の授業が終わり、今日の科目はすべて終わった。

 教室のみんなは、教科書やノートをカバンにしまいはじめる。

 

「なあ、爽太そうた。お前、本当に部活に入らないのか?」

 隣の席の純一が声をかけてくる。入学早々、たまたま隣になったことで仲良くなった、さわやかでいい奴だ。

 

「俺の入ったアメフト部、楽しいぜ。都立高の割には強いし、先輩もけっこう優しいし」

「いや、俺はあんまり……」

「なんでだよ。中学の時、なかなかの武勇伝を持っていたらしいじゃないか」

「俺はただの引きこもり気味のオタクだよ。悪い、今日は急ぎの用事があるんだ、またな」

「どうせブロードウェイめぐりかなんかだろぉ。……まあいいや、じゃあまた明日」

 

 ここ、都立中野北高校は、中野駅北口徒歩5分の立地にある。

 だから純一の言うように、俺は週に2・3回はブックファーストや中野ブロードウェイの漫画古書店を回ってから帰宅している。

 

 でも、今日、急いで帰りたいのはもちろんそんな理由ではない。

 白銀しろがねゆめの意味ありげな笑みと、あの気味の悪い猫がしてきたウィンク。嫌な予感しかしない。三十六計逃げるにしかず。

 俺は、面倒そうなこととは絶対関わらない。中学時代の「あの事件」の後、そう決めたのだ。

 

 俺は、まだ白銀ゆめが教室内にいることを確認しながら、廊下に出る。

 そのまま長い廊下を駆け足で進み、階段を3階から1階まで全力で駆け下りる。

 そうして誰よりも早く下駄箱にたどり着くと……なんと、そこには白銀ゆめが立っていた。

 

「うふふふふ。驚きました? 私、足速いんですよ」

 

 ……知ってた。

 陸上部短距離女子の中で、1年なのに一番速いって、男子の間で話題になっていたからな。

 だが、それにしても速すぎる。まるで時空を超えてショートカットしたような速さだ。

 

「そっか。じゃ」

 俺は構わず自分の下駄箱を開けて外履きを取り出す。

「ちょっと秋葉野あきばのくん。逃げ出さないでください」

 ちょっとすねたような口調だが、顔には笑みを浮かべている。

「悪いな。今日はちょっと急いでるんだ」

 本当はこの後もずっと暇なのだが、とりあえずそういう理由で振り切ることにする。

 

「嘘ですね。本当は逃げ出そうとしているんでしょう?」

 そう言いながら、白銀ゆめも下履きに履き替えだす。

「違うって」

「じゃあ、駅まで一緒に行きませんか? 今日、陸上部休みなんです」

「おいおい、二人で下校なんて、デートだと思われちゃうだろ」

 先に靴を履き替え終えた俺は、さっさと校門に向かって歩きだす。

 靴を履き替えるのにちょっと手間取っている白銀ゆめを置いて。

 

 だが、すぐに後ろから軽快な足音が聞こえてきて、横に白銀ゆめが並んでくる。俺の肩くらいの身長だ。

「わ、私と、デートだと思われちゃうと迷惑なんですか?」

 ちょっと口をとがらせて、少しだけ好戦的な声音だ。自分に自信のある女性ならではのプライドの高さが垣間見れる。

 

「ちがうよ。俺とデートだと思われると、白銀さんに迷惑がかかるって言ってんの」

「え、なんで秋葉野くんはそんなに卑下ひげしてるんですか?」

「いや、俺は帰宅部のオタクなんだから」

「そういうキャラ付けされたがってますよね。でもそうじゃないのバレバレですよ」

 

 教室内ではおしとやかな感じで通しているのに、なかなか押しが強いじゃないか。

 

「いやぁ、マジで勘弁してくれ。俺は面倒事にかかわることなく、目立たずひっそりと生きていきたいんだ」

 そう言って振り切ろうとする俺の横を、白銀ゆめが全力で駆けて追い越していく。

 そして俺の前で止まると、素早くこちらを向く。

 

 目と鼻の先に、白銀ゆめの顔があった。

 

「つまり、私が面倒事だと言いたいわけですね」

「いや、まあ、その……」白銀ゆめの顔が近すぎて、思わず変にどもってしまう。

「それとも……」そう言いながらニヤリと笑う。

 その肩に、笑う黒猫が浮かび上がる。

「うふふふふ。なろう病のことですか?」

 俺は思わず言葉を失う。

 

「見えるんでしょう? チェシャのこと」

 

 チェシャ? チェシャ猫? 『不思議の国のアリス』に出てくる?

 

「いや、見えない」

 これ以上相手をしてはいけない。

 俺は正面に立つ白銀ゆめと黒猫を迂回うかいしながら先に進む。ようやく校門が見えてくる。

 

「わかりました! じゃあ3分だけ、3分だけ付き合ってください!」そう言って白銀ゆめは後ろから僕の手を握り、引っ張る。

 同世代の女の子に手を握られるのなんて、生まれてはじめてのことだ。だが、喜んでいる場合ではない。

 

「おい、誰かに見られるぞ」

「ですから早く、こっちにいらしてください」

 

 俺は白銀ゆめに手を引かれるまま、校舎の裏の方に引っ張り込まれる。

 とはいえ、あのまま校門までずっと付きまとわれるよりは、3分だけという用事を済ませた方がマシかもしれない。

 

 とにかく、なるべく最小のダメージで切り抜ける必要がある。

 一歩間違えると、高校時代は目立たずにやり過ごそうと思っていた俺の人生設計が、がらがらと音を立てて崩れてしまうだろう。

 

「どこ行くんだよ」

「こっちです」

 

 そう言って引っ張られていった先には、トイレがあった。こんなところにトイレなんかあったのか。

 と、驚くべきことに白銀ゆめは俺の手を握ったまま、女子トイレに突っ込んでいく。

 

 不意を突かれたのと、白銀ゆめの力が意外に強いのとで、俺も一緒に女子トイレにひきずりこまれる。

 

「ちょっ!」

 おいおい、美少女に手を引かれて一緒に女子トイレに入っていく。こんなところ誰かに見られたら、変態として目立ちまくりじゃないか。

 ていうか、下手すりゃ退学ものじゃね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ