第28話 蜘蛛の巣 【蟹江陸と白銀ゆめ3】
白銀ゆめがオレの部屋に来る。
それはオレにとって人生の一大事であった。
ともに教師である両親が、かなり背伸びをしたローンを組んで買った、都内の3LDKのマンション。
そこに両親が帰ってくるのは夕方以降になるはずだった。
それまでの3時間ほど、オレは白銀ゆめと二人きりになれるのだ。
「ちょっと待って」
そう言ってオレは、ランドセルからカギを取り出し、玄関のドアを開けた。
これから良からぬことをしようとしているため手が震えたりするかと思ったが、そんなことは一切なかった。むしろ頭脳はいつも以上に冷静になっている。
このレベルの悪事では、オレは怖気づかない。
生まれながらの特別な存在であることへの確信を、オレはさらに強めるのだった。
「おじゃましまーす」
まったく警戒心のなさそうな声であいさつしながら、白銀ゆめが玄関に入る。
オレはすぐにでも白銀ゆめを押し倒したい衝動にかられたが、さすがに準備もなしにするのはまずい。
まずは落ち着き払って、玄関からリビング・ダイニングを通って、白銀ゆめをオレの部屋に案内する。
「わあ、けっこう大きな本棚があるんですね」
白銀ゆめはそう言ってオレの本棚をしげしげと眺める。
オレはまず部屋の冷房をつけて、それから何気ないふりをしながら勉強机の引き出しを小さく開け、粉の入った包み紙をこっそりと手に握る。
「飲み物を用意してくるよ」
オレはそう言ってキッチンに向かう。
大人だったら、こういう時に女性を昏睡状態にさせる薬を盛ることができるのだろうが、オレはあいにく小学生に過ぎない。
できることといえば、親が常用している睡眠薬を砕いた粉を、飲み物に入れることくらいだ。
白銀ゆめの来訪は突然のことだった。計画してというよりは妄想の道具として用意しておいた睡眠薬の粉が、まさか本当に役立つ日がくるとは……。
これは何としても白銀ゆめを自分のものにしなくてはならない。
オレは冷蔵庫で冷えていたオレンジジュースをグラスに注ぎ、片方に粉を溶いていった。
あまりちゃんと溶けないので焦るが、生絞りに近いジュースであるため、まあ、バレずにすみそうな気もする。
グラスを取り違えることのないように、片方はわざと家で一番貧相なものとし、もう片方は一番立派なものにしておいた。
白銀ゆめは礼儀正しい。立派なグラスを客用として出されれば、なんの疑問もなくそれを飲むはずだ。
白銀ゆめは、本当にリラックスしていた。
まったく疑う様子もなくジュースをすべて飲みほし、それからオレの本棚についてなにやら嬉しそうに話しかけてくるのだった。
オレはいちおう不自然ではない程度に白銀ゆめに話を合わせていたのだが……正直、心ここにあらずだった。
睡眠薬を飲んだ白銀ゆめは、いつ眠くなるのだろう。もちろん昏睡まではいかないだろう。しかし脳の働きが鈍くなるだけでもいい。
無理矢理、力で押さえこみ、あとは脅して言うことを聞かせればいいのだ。男の力に女はかなわない。とにかくまずは脱がしてしまえば、あとはどうにかなるだろう。
親が帰ってくるまでにいろいろ楽しんで、ちゃんと写真もたくさん撮っておこう。今後もずっと、白銀ゆめで楽しむために。
永遠とも思える時間が過ぎた。
最初は楽しそうに話していた白銀ゆめは、次第にまぶたをしばたたかせるようになってきた。そしてあくびをはじめる。一生懸命あくびをかみ殺そうとしているのが滑稽だった。
「ごめんなさい、なんだか急に眠気が……蟹江くんの家に来て安心したのかも……」
「安心?」
「ええ。きっと私にとって蟹江くんは……心を許せる大事な人なんでしょうね」
心を許せるもへったくれもない。睡眠薬が効いているだけなのだから。
なんて愚かな女なのだろう。自分が蜘蛛の巣にかかった獲物であることさえ知らないなんて。
白銀ゆめが壁にもたれかかって座ったまま、トロンとした目つきで懸命に口を開く。
「私、今日はどうしても……蟹江くんに……言いたいことがあって……」
しかしその先を続けることなく、ついに目をつむる。
よし。ショータイムだ!




