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第25話 私は、ずるい女なんです

 その夜、鏡越しに声をかけてきたのは白銀さんのほうだった。

「秋葉野くん、ちょっとそっちにお邪魔してもいいですか?」

「え、ああ。こっちは大丈……」

 と、言い終わらないうちに部屋の中の姿見をすり抜けて、白銀さんが部屋に入ってきた。

 白銀さんは夜だというのに制服姿のままだ。

 

「な、なに?」

「今日は、ありがとうございました」

「なにかしたっけ」

「先輩に、私と直接話をするようにって、言ってくれたそうですね」

「ああ、その話ね」

「ケガがあったとはいえ、最後の大会でリレーメンバーを奪う形になっちゃって……ちょっとギクシャクしていたんです。でもおかげで、関東大会の前に率直に話し合いができました」

「それは良かった」

「すみません、嬉しくって、今日中にお礼を言わないとって思ったんですけど。勉強の邪魔をしちゃいましたね」

 

 たしかに俺は、机に向かって勉強をしようとしていたところだ。

 しようとしていただけで、ずっとぐだぐだしていただけなのだが。

「気にすんなよ。そろそろ休もうと思ってたところだし」

 そもそも始めてさえいなかったわけだが、そう言って椅子を机から少し離す。

 

 白銀さんは俺のベッドに座る。

 ほかに座るところなどないのだが、俺の部屋に来るようになった最初の頃は、いちいち座っていいか尋ねていた。

 しかし最近では俺の部屋に来るたびに、何も言わずに当たり前のように俺のベッドに座っている。

 

 白銀さんは、なにかとても言いづらいことを告白するかのように、口を開く。

「勉強のお手伝い、しましょうか?」

「いや、いいよ」

 さすがに高校に入学してさほど経っていないのに、同級生に教わるのは気が引ける。

 

「偉そうな感じに聞こえちゃったかもですね。ごめんなさい。教えてあげるって意味じゃないんです」

「?」

「時間を用意しましょう、って意味なんです」

「??」

「私、ずるをしているんです。勉強でも、陸上競技でも」

 

 どういうことだろうか。

 白銀さんほど品行方正でくそまじめなタイプもなかなかいないとは思うのだが。

 

「白の女王を使っていたんです……私」

 突然、白銀さんの大きな両目から何かがこぼれ、頬を伝って落ちていく。

 ……涙だった。

 

「去年、魔法が使えるようになってから……毎日、白の女王を使っていたんです。前に説明しましたが、一日一回、5分間だけ巻き戻せるっていう魔法で……何度でも巻き戻せます」

 

 なんとなく、白銀さんの言いたいことがわかってきた。

「……そういえば、記憶もそのまま引き継いでいたな」

「そうなんです。だから毎日、それを使って勉強したり、陸上のフォームやバトン渡しの練習をしてきたんです」

「でも、巻き戻せるのは5分だけだろう?」

「ええ。でも、毎日最低100回、多いときは一日1000回は巻き戻していました」

「100回? って、いうと……」

「8時間ちょっとですね。1000回だと83時間になります。……疲れは持ち越さず記憶だけは残るから、フレッシュな状態でトレーニングを繰り返せるんです。筋力はつかないけど、記憶は残ります。そりゃ、勉強だって陸上競技だって、得意になるに決まってますよね」

 

 白銀さんの顔に自虐的な笑みが貼りつく。

 それから涙が大量にこぼれていく。

 ついには両手で顔をおおって、声を上げて泣き出してしまう。

 

 取りあえずは、泣くに任せるしかなさそうだ。

 俺は席を立ってベッドに向かい、白銀さんの横に座る。

 彼氏だったら抱きしめてあげるところなんだろうが、さすがにそれはできない。

 

 白銀さんはひとしきり泣いてから、ようやく顔を上げる。

 目が真っ赤で、嗚咽が止まらないままだった。

 

「ご、ごめ……なさい。先輩は3年間一生懸命練習してきたのに……私はずるをして……リレーのメンバーに入っちゃったんです……私は……ずるい女なんです……」


「うーん、でもほら、時間は魔法で増やしたけど、練習して上達したのは本当だろう? 実際、わずか5分間の巻き戻しを80時間分繰り返すとか、はっきり言って苦行のレベルじゃん。俺ならそんなことできないよ」


「……でも、ずるはずるです」


「人間、それぞれ違うじゃない。生まれた環境も、持って生まれた才能も。魔法が使える人間がそれを使うのは、決して悪いことじゃないと思うよ」


「……だけどやっぱり……」


「むしろさあ、たとえばある天才が、自分は天才だからベストを尽くすのは不公平だ、とか言ってトレーニングをサボっていたら、どう思う?」


「それは……ダメだと思います」


「だろう? 白銀さんにはたしかに魔法という特別な才能がある。本当に特別な才能が。でもさ、それを使ったからといって、ずるをしたってわけではないんじゃないかな」



 白銀さんは自分のハンカチで顔を拭き、それから弱々しい笑みを浮かべる。

「ありがとう。……ごめんなさい、お礼をしにきたつもりが、なぐさめてもらっちゃいました」

 

 実際、毎日たった一人、5分間を何百回と繰り返してきたとしたら……それはもう、トレーニングというより、苦行とか荒行と言うべき域だろう。

 その孤独な修練を、罪悪感を抱えながら繰り返していたとしたら……やはり、白銀さんを「ずるい」と言うことはできないと思うのだ。

 

 だが。

 これまでも、そしてこれからも、そうやって手に入れた能力で彼女が何かを手に入れるたび、誰かが何かを失うことになる。

 そのたびに、白銀さんは傷つき続けるのだろうか。

 それとも、いつかはだんだん、慣れていくのだろうか。

 

 

 

 俺たちの前から白銀さんが姿を消したのは、その5日後のことだった。

 

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