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第24話 爽太の仮入部

 未知なるなろう病患者に狙われている、という芳介の推理が、俺たちに与えた衝撃は大きかった。

 ここまで集まった4人は、癖があったり変なやつだったりはあったとしても、基本的に根は善良な人間ではあった。

 しかし……当然ながらなろう病患者が、みな善良である保証はない。

 

 むしろ、なろう病患者は物語の登場人物たちと呼応している……というのであれば……。

 物語には、けたはずれの悪人や俗物がたくさん出てくるではないか。

 

 今回の事件のように、部室に忍び込んで個人情報を得ようとするなど、明らかに一線を超えている。そして室内を水浸しにしたり、3階にするする登ってしまう能力も、はっきり言って気味が悪い。

 

 

 攻めるは容易く、守るは難しい……というのは何事にも言える。

 俺たちはどう出てくるかわからない奴を相手に、対策を練らなくてはならなかった。

 

 まず、家においての守り。これはシンプルだ。

 北条姉弟はなるべく二人で行動する。

 また、俺と白銀さんはなるべくお互いを意識しながら生活する。二人の部屋は鏡ひとつでつながっているのだから、異変はお互い気づきやすい。

 とくに住所などが割れてしまっている可能性がある白銀さんは危険度が高いが、部屋の中にはチェシャ猫もいる。

 

 チェシャ猫の実力がどの程度かは不明だ。あいつは自分のことについて、こちらに教えようとはしない。

 とはいえ、『不思議の国のアリス』の作中において、チェシャ猫はトランプの女王でさえも手出しできない、別格な力を持つ存在であった。

 きっと貴重な戦力になってくれるはずだ。

 

 

 次に、学校においての守り。

 これには限界があった。

 

 まず、授業中について。

 俺と白銀さんは同じクラスだから良いとして、北条きょうだいはそれぞれ別のクラスであった。そもそも生徒会長は学年が違うイコール階が違う。

 とはいえ、たまたま両者とも、単独行動時に無防備にならない魔法を持っている。これは不幸中の幸いであった。

 生徒会長の方は常に周囲を洗脳した者で固められるし、芳介の方は周囲の思考を読むことができる。

 

 それ以上に防備が弱かったのは、放課後だ。

 北条兄弟は同じ生徒会だからまだ良い。一緒に行動できる。

 しかし俺は帰宅部だし、白銀さんは陸上部だ。

 

 俺は白銀さんに、陸上部を休部することを勧めたのだが、これは簡単に却下されてしまった。

 彼女は新入部員なのに走力が卓越しており、リレーのメンバーに選ばれているのだという。しかも、地区大会を突破して都大会まで突破。関東大会を間近に控えているというのだ。

 そうなるとたしかに、休部したくないという白銀さんの言うことも分からなくはない。

 

 そこでやむなく……俺が折れることにした。

 事件が解決するまで、生徒会に「仮入部」することにしたのだ。

 こうして生徒会に3人を確保したうえで、陸上部の練習中は、常に3人のうち誰か一人が運動部の見回りに行くことにする。

 つい先日、部室が荒らされたばかりだから、名分は立つ。

 そうすることで、放課後に誰か一人だけ長時間孤立する状態は防ぐことができた。

 

 

 

 その日、白銀さんのそばへ「見回り」に行くのは、俺の役割だった。

 腕には生徒会の腕章。

 

 校庭のあちこちを歩き回り、また部室棟にちらちら視線を投げかけながら、さも部活動全体を見守っているような演技を続ける。

 ひとしきりそれを終えると、ベンチに座って休んでいる風情で、校庭を眺める。

 

 大会が近いからなのであろう、陸上短距離の選手たちは、リレーの練習をしているようだった。

 白銀さんの姿はよく目立った。

 下半身はぱつぱつのスパッツで、上半身は腹部丸出しのブラトップのユニフォームだから……というだけではない。

 走る姿が美しいのだ。

 

 うちは都立高校だからスポーツ推薦などはないが、そんな中でも陸上競技部は部員数が多く、アメフトとならびうちの学校内では「目立つ」部活となっている。

 だから陸上競技部には、素人目で見ても速い人が多い。みな、いかにも訓練されたしなやかなフォームで走っている。

 

 そんな集団の中において、白銀さんは特別だった。長い脚を素早く回転させ、地面を強く蹴って前進していく。しかし上半身はまったくぶれない。

 とにかく……美しいのだ。

 

 バトンの受け渡し練習も完璧だった。

 上級生と思しき選手たちが受け渡しミスを繰り返す中、白銀さんだけは受けるときも渡すときも、決して失敗することはなかった。

 バトンの受け渡しは相手もあることだから間合いが狂うことはよくある。

 むしろ狂う方が多い。

 

 そんな中、白銀さんだけは絶妙に間合いを調整しながら、スピードを落とすことなく受け渡しを完遂してしまう。

 一人だけ、けた外れに上手だった。

 

「お、覗き魔はっけーん」

 ふいに横から声がして、そちらを向くと女子陸上部員が一人立っていた。

 部室で水没事件があったときに、俺をぼこぼこにした女子の一人だ。たしか上級生だったはず……。

 俺は立ち上がり、「こんにちは」とあいさつする。

 

「いちおうなに? 見回りしてるつもり?」

「そうです。見回りです」

「白銀ってさぁ、フォームめちゃくちゃキレイだと思わない?」

「……ええ、まあ」

「見とれるのも仕方ないと思うわ」

「いや、見とれてたわけでは」

「私三年でさ、春の大会が最後の公式戦のはずだったんだけど……けがしちゃってね。なんとなく走れるようにはなったけど、まだ全力で走れないんだ」

「……それは……残念ですね」

「ああ。残念だよ。リレーメンバーだったんだけど、私の代わりにメンバーに入ったのが、白銀」

「そうなんですね」

「安心して任せられるよ。だって私より全然速いんだもの。スタートも完璧、走っているときも無駄が一切ない完璧なフォーム、そしてバトンの受け渡しも完璧。都大会出場が目標だったのに、私の代わりに白銀が走ったら、今年はなんと関東大会まで進出しちゃった」

「……なるほど」

「あの子、なんか完璧すぎるんだよね。あと、いつも気を張り詰めすぎ。同級生にも敬語だし」

「……たしかに」

「私は立場上言えないし、言うと逆効果な気がするからさぁ、君から言っといてくんない? もうちょっとリラックスしていいんだよって」

「なんで俺が」

「え? 彼氏なんだからそのくらいしなさいよ」

「え?」

「あれ?」

「俺は彼氏じゃないですよ。そういう噂が流されましたが、事実じゃありません」

「そっか」

「いずれにせよ、そういうことは立場とか関係なく、やっぱり自分で言った方がいいと思いますよ」

「……そっか。彼氏でもなんでもない人に、さとされちゃったなぁ」

 そう言ってその先輩は苦笑いを浮かべた。

 その表情から推察するに……おそらくケガは本当なのだろう。

 しかし、ケガの有無にかかわらず、白銀さんにリレーメンバーを奪われる立場だったように見える。

 

 

 

 その夜、鏡越しに声をかけてきたのは白銀さんのほうだった。

 

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