第22話 北条芳介の事件簿1 水色の研究 後編
陸上部一年と軟式テニス部一年、二人の話を聞き終わると、僕は明るい声を出す。
「ありがとう! 二人のおかげで事件の全貌はだいたい分かったよ!」
僕がそう言うと、周囲に群がっている女子部員たちは、あっけにとられたようだった。ただ一人、僕の能力を知っている白銀さんを除いては。
「失礼! もう一度部室に入らせてもらうよ」
そう言って僕はもう一度、軟式テニス部の部室に入って行く。
ドアの反対側、部屋の一番奥にある窓に手をかける。やはりカギはかかっていない。
僕は窓を開け放つ。
目の前にはフェンスがあった。隣接する女子高との間にそびえ立っている。けっこう古く、また部室棟にさえぎられていることもあり、汚れが目立っているのだが……。
少し窓枠から身を乗り出してみると……やはりあった。
フェンスの格子は全体的に汚れているのに、一か所だけ、やたらキレイになっている部分があるのだ。そこから下に向かって、汚れが落ちている箇所がいくつか見える。
「部室棟の窓側のフェンス、ここから人が下りていった跡がある」
僕がそう言って女子部員たちを呼び寄せると、みんな「たしかに」「ほんとだ、ここだけ汚れが落ちている」と口々に言うのだった。
「格子の目が小さいから、このフェンスを登る者がいるとは思えない。でも逆に、格子の目のところにロープのようなものをひっかけて降りることは、可能なはずだ。
ちょうどこの窓から届くあたりに一か所、汚れが落ちるどころか塗装まで剥がれて地金が見えているところがあるだろう? 犯人はあそこにロープをひっかけて、ロープを握りながらフェンスに足を置きながら下りて行ったのだろう。だから下のほうにかけて断続的に汚れが落ちているのさ」
部員たちは口々に、僕の推理に驚きの声を上げる。
僕は話の先を続ける。
「とりあえず、現状わかる範囲でのあらましはこうだ。
犯人は部員たちが外で練習している時間帯を狙って、何らかの理由で軟式テニス部の女子部室を水浸しにした。入ったのはおそらく部室のドアからだ。部室棟のドアは簡単なカギなので、おそらくピッキングで開けたんだろう。
犯人は2時間くらいは誰も来ないと思っていたのだろうが、意に反して人がやってきた。そこで、あらかじめフェンスの外にかけておいたロープで、そのまま下に降りて逃げて行ったのだろう。
これもおそらくだが、これだけ大量の水を持ち上げたのも、裏の窓からだったのだろう。ふたのできるバケツのようなものに水を大量に入れ、それをロープで持ち上げて、部室内に流し込んだんだと思う。
そうじゃなければ、これだけ大量の水を、目撃者もなく運び込むことなど不可能だからね」
みな、僕の説明に納得したようだった。
思考を読む限り、
(すごい、この人)
(本物の天才だ)
(こんなに可愛いのに大天才だなんて……)
などなど、みな、僕を称賛している。
それから僕は、隣にある陸上部の部室の様子を尋ねる。
フェンス側の防備はやはり甘くて窓は空いていたが、とくに盗まれたものもないし、荒らされた形跡もないとのことだった。
うーん。なるほど。
「犯人って誰だと思う?」
軟テのリーダー格の女性が質問してくる。
「正直わからない。しかし、こんな水浸しにするくらいだから、軟式テニス部に恨みのある者なのだろう」
僕は軟式テニス部のリーダー格の思考を読んでみた。
「うーん……でも……心当たりがないなぁ……」
そう言った女性の言葉に、偽りはなさそうだった。
「……これは希望的観測が多少混じっているかもしれないのだがね、犯人が似たような嫌がらせを繰り返すことは、もうないと思う」
「なんで?」
「今回、嫌がらせそのものは大成功したからさ。恨みも少しは晴れたことだろう。さらに、あと一歩で正体がバレるところだったわけだから、もう一度危険なことはやらないと思う」
「なるほどー」
「とはいえ、対策はしておこう。部室棟のカギは念のためすべて、生徒会の予算で高度なカギに付け替えることを約束しよう。あとは念のため、フェンス側の窓は、人がいないときはすべて閉めておくように通達を出すよ」
「さすがは美少女探偵」
「いや、僕は男だから」
僕がそう言った瞬間、窓際にいた女子たちから「キャー!」という悲鳴が上がった。
「犯人よ!」
「犯人があそこに!」
僕は急いで窓際に寄る。窓枠から身を乗り出して下を覗くと、ちょうど真下、部室棟とフェンスの間にある狭い地面に、秋葉野君がいた。
「あ、おーい! 芳介」
秋葉野君は、ニコニコ間抜け面をさらしながら片手を振っている。
部室棟とフェンスの間はとても狭い。日が差さずにジメジメしている上に、アスファルトではなく土になっているので雑草が生い茂っている。
こんなところを意味なく歩くやつなどいるはずがない。
犯人扱いされてしまっても仕方ないところだ。実際、すでにここにいる女子たちのうち4・5人が、階段を駆け下りていく音が聞こえてくる。
しかし僕は、秋葉野君が犯人ではないことを知っている。
僕は女子たちにその説明をしようと口を開……こうとした瞬間、秋葉野君が大声で呼びかけてきた。
「そこ軟テの女子部室じゃん! やっぱり芳介って女だったんだな!」
同時に、秋葉野君が女体化した僕のオールヌードをイメージしているのが脳裏に流れこんでくる。例によって異様に艶めかしい。
うん! もういいや! こいつが犯人で。
僕は窓枠から離れる。
下から秋葉野君の情けない悲鳴が聞こえてくる。
「痛て‼ え、なになに? いやちょっと、殴るなよ。え、ここにいた理由? いや青い光が見えたんで……え、嘘なんかついてないって。あ痛! うわ、鼻血が、え、ちょっと……ぐわぁ」
秋葉野君がぼこぼこにされて連行されてきたところで、僕はようやく彼の擁護をしてやった。
「犯人は現場に戻るとは言っても、大騒ぎになっている現場に、ここまでバレバレで戻る犯人はいない」と。
まあ、そりゃそうだ。
……ちなみに、ここまで僕が言ってきた謎解きは、半分くらいは嘘っぱちだったわけだが、女子部員たちはみんな納得したようなので、そういうことにしておいた。
人間、理解を超えた真実を知るよりは、理解できる範囲の虚偽を信じる方が、よほど良いことはままあるものさ。
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