第21話 北条芳介の事件簿1 水色の研究 中編
軟式テニス部の女子部室が水没した、などという面白い事件を聞かされたら、直行するに決まっている。
僕は呼びに来たテニス部員に先導されながら部室棟へ向かう。
早足で歩きながら、僕は部室棟の構造を思い浮かべる。
グラウンドを使う運動部の部室棟は、校内の一番奥に、独立した建造物として建てられている。
僕たちの学校の隣には別の女子高が並んでいるのだが、両校の間には高いフェンスがそびえたっている。
網目状のフェンスなので透けて見えるのだが、網目がけっこう細かいので、登ることは難しい。
そんなフェンスと並行して、細長い3階建ての建物が並んでいる。それが部室棟だ。
部室棟には外廊下側に面してドアがたくさん並んでいて、ドア1つにつき、小さな部屋が1つある。
生徒たちは授業が行われる校舎から一度土足で外に出て、そのまま部室棟に行き、土足のまま部室に入って行く。
部室棟は3階建てなので、上の階に行くには外付けの階段を上がっていくようになっている。家賃が安そうなアパートなどによくある作りだ。
運動部には原則としてひと部屋づつ部室が与えられている。カギは1部屋につきスペアも含め3つ配られており、基本的には各部の幹部学年が管理している。
部室は用具置き場であると同時に、着替え用の部屋でもある。
男性が多い部活の場合、一部の女子選手やマネージャーは、バレー部やバスケ部など体育館を本拠地とする部活と同様、体育館に併設されている女子更衣室を使うことになっている。
しかし男子選手・女子選手ともに人数が多い部活――たとえばテニス部や陸上競技部など――は、女子部室も用意されている。
その場合、用具置き場兼用の男子部室は1・2階を占めているため、3階の部屋が割り当てられるのだ。
僕が到着すると、部室棟の3階は喧騒に包まれていた。
軟式テニス部女子と陸上部女子が集まって、言い争いをしているようだった。その群れの中に白銀さんの姿も見えるが、一番後ろの方でうんざりしたような表情を浮かべている。そして僕が来たことに気が付くと、安堵の笑顔を浮かべて片手を振るのだった。
「生徒会書記の北条芳介だ。まずは現場を見せてくれたまえ」
僕は最初に知らせに来た女子部員の思考を覗くことで、この部室の惨状は知っている。だが、誰かの思考から探れるものは、必ずその人物のバイアスがかかっている。
軟テ女子の一人が部室のドアを開けてくれる。
開けた瞬間、鼻腔を水の臭いが襲ってくる。
そして目の前に広がっているのは……たしかに水没し、その後に水が引いたとした思えないような、惨状だった。
比較的低い位置の壁や、奥の窓に貼ってある、なんかの男性アイドルのポスターがしなしなに濡れているのだ。入口付近に散らばっているたくさんのローファーは、まだ水が溜まっていた。
通学用カバンだけは部屋の一角にある高い棚にまとめて置かれていたようで、たまたま濡れなかったようだ。これは不幸中の幸い。
しかし着替えの服は一段低い棚に置かれていたようで、水流にもみくちゃにされたかのごとく、散乱している。
床全体に、見るも無残に濡れてぐちゃぐちゃになっている。制服のブラウスや、スカート、……たくさんの下着が。
僕は慌てて部屋から出る。
「た、たしかに……凄い量の水で濡らされているようだな」
軟テの3年生と思しき一人が、僕に近寄ってくる。
「ね、ひどいでしょ。これじゃ私たち、帰りに着る服さえないじゃない!」
怒っている女性には、まずは共感を示すに限る。「たしかに、これはひどい」
「でしょ?! ひどいのよ」
「わかった、僕にできることはしてみよう。今日はたいへん申し訳ないが今着ているジャージで帰ってもらうとして……明日着る制服が用意できない人もいるだろう。だから、生徒会長を通じて、軟式テニス部女子は私服でもいいよう、先生たちに交渉することを約束しよう」
「本当? そうしてもらうと助かるな」
僕は携帯で姉に電話をかける。
姉は「いまちょうどボス戦で」などとくだらないことを言っていたが、美男美女が多い軟式テニス部で人気が増すチャンスだと言ったら、即、職員室に行くことを約束してくれた。ちょろすぎる。
姉は相手を洗脳する魔法を持っているから、確実に思い通りの結果をもたらしてくれるはずだ。これで、課題の一つは解決したことになる。
「では次に、なんで軟テと陸上部が言い争っていたのかな? 教えてくれたまえ」
「そりゃ、陸上部員が怪しい動きをしてたからね」
「なに言ってんの!? うちの可愛い新入部員を犯人扱いしないでくれる?」
どうも、軟テのリーダー格が陸上部の一人を怪しいと思っていて、陸上部のリーダー格がそれに反発しているようだ。
僕は仕方ないので二人の間に仲裁に入る。
「こんな異常事態なのだから、論争になるのも当然だ。でもここは、一度僕に任せてほしい。中立の立場から話をきくために、僕がきたんだから。まずは当事者の話を聞かせてくれたまえ」
「……まあ、美少女名探偵がそこまで言うなら……」
それから軟テと陸部から一人ずつ、僕の前におずおずと並んで、それぞれ話をしてくれた。
どちらも最近入部したばかりの一年生で、二人ともたまたま先輩に頼まれてカギを預かり、部室に忘れ物を取りに来たそうだ。
軟テの一年生は語る。
「私が部室に戻ろうと階段を上がっている間、ずっと上からガチャガチャガチャ、ってドアを鳴らす音が聞こえていたんです。
なんかちょっと気にはなったんですが、まあ普通に階段を上がっていきました。
そうして3階まで上ったとき、焦った顔をした陸上部員と目が合いました。彼女は軟テの部室のドアノブを持って、ちょうどドアを開けたところだったんです。
他の部の部室のドアを勝手に開けるなんて、さすがにおかしいと思って声をかけたら、焦った様子で『私はやってない』と繰り返すばかりで。
で、部室の中を見たら、このありさまなんです」
次に陸部の一年生が語る。
「私も、陸部の部室にストップウォッチを取りに戻ったんです。カギを差し込んでドアノブを握ったのですが、なぜかまったく開かないんです。何度もドアノブを開けようとガチャガチャやったのですが。
そうしたらなぜか、隣の部室で水が流れるような不思議な音がしだして。私は思わず隣の部室……つまり軟テの部室の方に行きました。
やっぱり中から、まるで滝のような音が聞こえてきます。もちろん、本当に滝のように水が流れているなら、ドアの隙間から水が流れ出してくるに決まっています。でもそれもない。
あまりに不思議で、思わず軟テの部室のドアノブを握ってガチャガチャやったんです。そうしたらドアノブが回る感覚はあるのに、なぜか部屋が開きません。
さらにガチャガチャやっていたら、出し抜けに何かが折れるような音がして、ドアが開きました。部屋はこんな惨状になっていて……ちょうどその瞬間、軟テの人と目が合ったのです」
二人が話している間、僕はずっと二人の思考を覗き見していた。そして分かったことがある。二人とも、嘘をついていない。
この不思議な体験談は、すべて本当のことなのだ。
と、同時に……。
現状の手持ちのピースでは埋められない部分もあるものの、この事件の大まかな成り行きと真相を、僕は把握したのだった。




