第20話 北条芳介の事件簿1 水色の研究 前編
「ほ、北条君とお話しできるなんて、光栄です」
僕の正面に座る依頼人は、こちらに目を合わせず、ずっと顔を伏せたまま挨拶してくる。
(キャー、北条君と机一つ隔てただけでお話しできるなんて! カワイすぎて、正視できない!)
という心の声も、同時に僕の脳裏に侵入してくる。
以前、姉の魔法で常時洗脳されていたころは気づかなかったが、どうやら僕は姉の人気取りのための道具にされていたらしい。
毎週水曜日の放課後は、生徒会へのよろず相談日、という名目で僕があらゆる相談事を解決するべく、洞察力と推理力を壮大に無駄遣いさせられているのだ。
高校生活を送っていると、しばしばどこに相談していいのかわからないようなことも出てくる。ことに自由な校風で知られるうちの高校では、なおさら多い。
そこで姉は、生徒会の管轄じゃないことでも、学校での悩みならばなんでも相談していいという日を、水曜日に設定したのだ。
当然ながら姉は出てこない。基本は奥の部屋でだらだらゲームをし、ときどきこちらの部屋を覗いてくるくらいのものだ。
僕はその間ずっと、相談者の対応をさせられるのだ。
最初のころはよかった。相談に来る人じたいが少なかったからだ。しかし、僕が姉の期待に応えようと真面目に対応してしまっていたのが良くなかった。
僕に頼めばなんでも正解を教えてくれる、なくしものでも恋の相談でもなんでも対応してくれる、というとんでもない噂が全校に広まることになってしまったのだ。
とくに恋の相談はまずかった。
女性の相談ごとは、自分の中では答えが決まっていることを延々相手に話して、自分の背中を押してもらうだけのことが多い。
僕は相手の心が読めるから、相手がどんな言葉を言ってほしいかが手に取るようにわかる。
だから僕はただ、相手の言ってほしい言葉を適切なタイミングで言ってあげていた。
それだけなのだ。
しかし、僕は女性の心がよくわかる、まるで女性みたいだ、という謎の噂が独り歩きし、ついには「美少女名探偵」という謎の称号をいただくことになってしまった。
僕は男だというのに。
さらには僕のファンクラブとかいうものまでできてしまったらしい。僕はアイドルではない。本当に困ったものだ。
「では、僕への依頼内容を聞かせてくれたまえ」
僕に促されて、目の前の女性は口を開く。
「私、とても好きな人がいるんです(あなたのことなんだけど!キャー!)」
「……」
「その人とはクラスと学年が違うので、なかなか接点がありません(まさに今が接点なんだけど!)」
「……」
「どうしたらその人と接点が持てるようになるでしょうか?(言っちゃった!本人に!)」
「そんな無理矢理に接点を持とうとしなくてもいいのではないかな」
「なるほど! 自然体にっていうことですよね! 自然と近づけるように、ちょっとずつ距離を縮めていきますね!(さすが美少女名探偵!いいこと言ってくれる!)」
おかしい。今回は冷たくあしらったはずなのに、勝手にいいように解釈している。
これが虚像というやつか。信者の耳には、僕の言葉が勝手に名言に聞こえてしまうらしい。恐ろしすぎる。
「とってもためになりました! また困ったことがあったら来ますね!(また来週にでも!)」
「……」
女性は勝手に結論を出すと、「ありがとうございました!」と頭を深々と下げて去って行った。
女性が立って空いた席に、順番待ちをしていた別の女性が座る。
そしてまた僕と話す時間をとるためだけのくだらない要件を話してこようとした途端……、
一人の女子生徒が列を割り込んで生徒会室内に駆け込んできた。ジャージを着ている。軟式テニス部のジャージだ。
「急ぎなんです! 生徒会の人、ちょっと来てもらえませんか?」
「なにかあったのかい?」
いちおう返答すると同時に思考を覗き見る。たしかに急ぐに値する事件だった。
「うちの部活の女子部室が、水浸しになったんです」
運動部の部室棟は、校内の一番奥にある。安アパートのような作りの3階建ての建物。軟式テニス部の女子部室はその3階にある。
ホースが届く距離じゃない。バケツに水を入れて往復するのも大変だ。
しかも……目の前の女子部員の脳裏の記憶を探る限り、水浸しというのは控えめすぎる表現だ。彼女自身もそう思ったのだろう。必死な表情で、さらに言葉を重ねる。
「水浸しどころじゃありません。部室全体が完全に水没したみたいな濡れ方なんです」
「部室の外はどうなんだい?」
「それが、部室前の外廊下はまったく濡れていないんです」
なるほど。3階にある部室だけが水没したのか。たいへん興味深い事件じゃあないか。
「面白そうだね。すぐに行こう!」




