第9話 井の頭公園と血に飢えたサイコパス
放課後、俺たちは再び校舎裏の女子トイレに忍び込み、その鏡に二人で飛び込んだ。
鏡を通り抜け、俺たちが入ったのは巨大な部屋だった。天井は2階建て分くらいある。しかも壁の2面が全面ガラス張り。外の風景を見る限り、マンションの高層階らしい。
俺は慌てて靴を脱ぎ、靴底を上にして床に置く。
「前回の部屋もびっくりしたけど、今回はさらに凄まじい部屋だな」
「うふふふ。いい秘密基地でしょう?」
白銀さんも靴を脱ぎ、それから窓際に歩いていく。俺も続く。
「ほら、吉祥寺の駅から徒歩10分。夜には素晴らしい夜景を楽しめるんですよ」
「……すげぇ。ここも白銀さんのお父さんの会社の持ち物なのか……」
「ええ。駅の反対側なんで見にくいですが、あっちの方の緑が目立つところが、井の頭公園です」
そう言って、白銀さんが指をさす。
「ふうん」
なるほど。あれがかの有名な、リア充カップルどものデートスポットか。
「今日は井の頭公園に行きます。で、妖精さん探しをしましょう」
「いいんだけど……。なんで井の頭公園なんだ?」
そんなところを、こんな目立つ美人と一緒に歩くのは嫌なんだけど。
「今までの経験上、井の頭公園には妖精さんが多いんです」
「……うーん……」
「私が磨き上げてきたとっておきの魔法、秋葉野くんに見せちゃいますね!」
そう言って白銀さんは「うふふふ」と笑うのだった。
それから俺たちは、順番にバスルームに入って着替えた。
ところがそのバスルーム、扉部分が曇りガラスになっていた。そのため、外側からもなんとなく肌色のシルエットが見えてしまう……。今何を脱いでいるかもだいたいわかる。
めっちゃスタイルが良くって思わず見入ってしまいそうになるが、なんだか悪い気がするので見るのはちょっとだけ。……いや、そこそこだけ。
白銀さんの用意した私服は、なんだか細やかな刺繍のしてあるデニムのスカートに、かっこいいレザーのジャケット、ツバが大きめな帽子にサングラスという、たしかに高校生らしくはない格好ではあった。
目立つ美人なのは隠しきれないが、まあ、たしかに白銀さんだとはわからないだろう。
俺? 俺はブラックデニムに、持っている中で一番おしゃれなチェックのシャツだ。高校一年のオタク男子、渾身の私服だ。
「わあ、そのチェックのシャツ、いいですね!」
白銀さんが満面の笑みを見せてくれる。
「だろ?」
「はい。すごく典型的なオタクっぽくて、見事な変装ですね」
「……ありがとう」
「でも、うーん、次回は二人の変装の方向性を合わせた方がいいかもですね」
「……そうだね」
合わせるもなにも、他の方向性はないのだが。
私服に着替えた俺たちは「秘密基地」を出て、家電量販店やスーパーが立ち並ぶ大通りを駅の方に向かっていく。そして中央線の高架下をくぐって駅の反対側に出て、マルイの横の道を進んでいく。
さすがは井の頭公園への道だけあって、平日なのに人通りがそれなりにある。
高級ブランドの服ばかり並んでいるっぽい古着屋や、犬と一緒に入店OKなカフェなど、こじゃれた店が軒を連ねている。道を歩いている人々もどことなく上品そうだ。
物心ついてから自分で来たことはないのだが、どことなく既視感がある。
「なんだか懐かしい気がするなぁ。幼いころ、両親に連れてきてもらったのかなぁ。……そういえば、ボートに乗ったり、動物園にも行ったりした気がする」
「じゃあ、象のハナコがまだ生きていたんじゃないですか?」
「うーん、象……見たかもしれない。そういえば、ゴーカートや新幹線の乗り物に乗った気も……」
「ああ、それ間違いなく井の頭動物園ですね」
「小さい動物園だったよな」
「ええ。狭いから、ハナコが死んじゃってからは、もう象は飼えないらしいです」
「残念だな。今はなにが看板なんだろう」
「モルモットです」
「え?」
「さわれるんです。かわいいですよ。歌まであるんですから。『モルモットとなかよくなろうの歌』っていう」
「へぇ……」
白銀さんは小声で『モルモットとなかよくなろうの歌』を歌いだした。美声だが……うん、けっこう変なやつなのかもしれない。
そんな他愛もない会話をしながら、焼き鳥屋の横の石段を、俺たちは降りていく。
「やっぱり、広い公園はいいな」
「うふふふふ。血に飢えたサイコパスのひそむ公園ですから、気をつけてくださいね」
「え……冗談だろ?」
「本当ですよ。最近、井の頭公園で、鳥や猫が殺されているそうなんです。しかもみんな死因は窒息死。ヒモのようなもので首を絞められていたそうです。許せないですよね」
「新聞にでも書かれていたのか?」
「動物の惨殺はさすがに新聞ネタではありませんよ。まだ地元の警察と町内会程度の範囲で知られている情報にすぎません」
「じゃあなんで白銀さんが知ってるんだ?」
「うふふ。私は不動産会社の創業者一族ですから。そういう情報は不動産価値にかかわりがあるので、会社の共有データに書かれていました。それを盗み読みしただけですよ」
「……もしかして、そっちの犯人捜しの方がメインだったりする?」
「いえいえ。そんな都合よく出会えるわけがないじゃないですか。……でもまあ、たとえ出くわしても、私の魔法でこらしめてやりますよ! 私の魔法は凄いんですから!」
その表情は、明らかに犯人に会いたくてうずうずしている表情だった。
でもまあ、そう簡単に出くわすはずがないだろう。
……と、その時の俺は思っていたんだが……。
俺たちは井の頭公園の池の中央を橋を渡り、対岸へ渡っていく。
「あ、ほら、あそこに妖精さんが見えます」
そう言って白銀さんが指で示す先に、1つ、何か小さな輝くものが見える。
それは、木の根元に座っているようだった。
人のような姿に羽がついていて、その羽が太陽の光をちらちらと反射させている。
俺も以前に何度か見ているからわかる。あれは確かに妖精だ。
「じゃあまずは、私のとっておきの魔法、『白の女王』を見せてあげましょう! Sランク魔法ですよ」




