第0話 「なろう病」
「なろう病」。
今、世界を騒がせている不思議な病気の俗称だ。
この「なろう病」患者が初めて発見されたのは、ほんの半年前のことだ。
アメリカはニューヨークのブレズビテリアン病院。
そこに入院中の高校生が、突然、妖精が見えると騒ぎだしたのだ。
読書好きで極めて成績優秀な高校生だったという。
さらにその翌日、同じ病院に入院中の中学生一人も、同様の訴えをはじめたという。
あらゆる検査と治療の結果、新発見の精神疾患だという学説が提起された。
その精神疾患につけられた名前は「ドン・キホーテ症候群」。
その病名はもちろん、世界一有名な小説の一つである『ドン・キホーテ』から採られたものだ。
この小説の主人公アロンソ・キハーノは、恋と魔法と冒険に満ちた荒唐無稽な騎士道物語を読みすぎて、現実と妄想の区別がつかなくなる。
そしてついには、自分は騎士のドン・キホーテである、と言い張って遍歴の旅に出かけてしまうのだ。
恋も魔法も存在しない、なんの変哲もないスペインの田舎を大冒険する、はた迷惑な遍歴の旅へ。
妖精が見えるようになる精神疾患。なるほど、まさにドン・キホーテの名を冠するにふさわしい。
それにしても不思議なのは、発見からわずかひと月、しかもたった二人の症例で、新たな病気だと大々的に喧伝されたことだ。
なんでも、未知のウィルスによって引き起こされる精神疾患なのだそうで、伝染する可能性まであるのだそうだ。
伝染するかもしれないウィルス性の精神疾患。そりゃあ確かに深刻ではある。
合衆国政府の動きは、とんでもなく早かった。
最初の患者発見から2か月後には、「ドン・キホーテ症候群」の疑いがある患者について、全州の病院に政府への通報を義務付けた。加えて電話相談の窓口も設置された。
日本にも、それからわずか2か月遅れの今年4月に相談窓口が設置された。
さすがに病院から政府への通報義務は課されなかったようだが、それでも相談窓口への電話はひっきりなしにかかっていたようで、ワイドショーがさんざん取り上げていた。
最初に取り上げた、ワイドショー番組。「なろう系」小説が大好きな俺からすると、この番組が最大の戦犯だ。
その番組のコメンテーターが「ドン・キホーテ症候群」の病名について説明するときに、ひどい問題発言があった。俺は今でもその内容をはっきりと覚えている。
「『ドン・キホーテ』の主人公は、しがない田舎の下級貴族なのですが、騎士道物語を読みすぎて、現実と物語の区別がつかなくなっちゃうんです」
「なるほど。読書家だったんですね」
「いやいや、当時の騎士道物語というのは本当に現実味がなく薄っぺらい作品ばっかりで……今でいう『なろう系』小説みたいなものですね」
「なろう系? なんですかそれ?(くいつき気味に)」
「『作家になろうよ』という、読者投稿型の小説サイトですね。冴えない無職の童貞が異世界に転生して伝説の英雄として重婚ハーレムを作ったり、異世界のスライムや蜘蛛に転生するという……」
というようなたいへん悪意を感じる紹介のされ方をして、日本のワイドショーはそれからしばらく、なろう系小説の荒唐無稽さを茶化す内容を垂れ流し続けた。
そうやって茶化される作品はいずれも俺の大好きな作品ばかりだったから、本当に腹が立った。
なろう系小説は中身をちゃんと読まずにタイトルを読むだけでも話のタネにしやすいのだろうし、きっと視聴率も取れたのであろう。
そしてそれらの番組は、最後には決まってこんな感じで締めるのだ。
「ね、奥さん。こんな荒唐無稽なお話と現実の区別がつかなくなっちゃあ大変でしょ? だから『なろう病』には気をつけましょうね」と。
そんなこんなで、ここ日本では、アメリカで名づけられた「ドン・キホーテ症候群」という名前ではなく、「なろう病」という俗称ですっかり定着してしまった。
最近、厚生労働省の問い合わせ窓口を検索したら、そこにまで「ドン・キホーテ症候群(なろう病)」と書かれていた。政府公認かよ。
だがまあ、俺から見ると、このようにとにかく話題を大きくしようというのは、当然の戦略だったと思う。
また、最初に発見された二人以降、新たな患者の発見情報をアメリカや日本の政府が伏せていたのも、当然の戦略だったと思う。
俺は知っている。
「なろう病」患者は、特別な力を持つ。
妖精が見える、というのはたしかにその通り。俺も怪しげな生き物をたくさん目にしている。週に一度くらいの頻度だ。
だが、いずれも小さく、ネズミ以下の大きさだ。
しかも、俺が見てきた限り、妖精たちはこの世界の地面以外の何物にも、触れ合うことはできない。
お互いに接触しても、すり抜けてしまう。現実世界に影響をおよぼさない、幽霊みたいなもんだ。
とはいえ、ためしに指でつついてみたら、俺は触ることができた。触られた妖精は、よほど驚いたようで、そのまま空高く飛んで行ってしまった。
妖精たちを見て、触ることができる。それもたしかになろう病患者の特別な力だ。
しかし、おそらくそれはなろう病患者の力の、ほんの一部にすぎない。
少なくとも俺には、それ以上の特別な力があった。
国家レベルで利用されるか、それとも国家レベルで迫害されるか。
そんな力なのだ。
俺は以前の「あの事件」で、自分の能力のすさまじさを知り、恐れ、慄いた。
だから、絶対に隠し通さねばならない。
自分が「なろう病」患者であることを。
たくさんの作品の中からこの小説にお時間を割いていただき、まことにありがとうございます。
もし、少しでもワクワクしていただけたなら、今後も読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




