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嵐の夜

 何度も犯人の名を声高に叫ぶ探偵がいるだろうか。全員を指名すればそりゃあ当たる。けれど、それでは美学に反する。そう、それはとっておきであるのだから一回あればいい。もっとも、そんな物騒なことはそうそう起こりはしないが。


 ◆◆◆


 教室で机を四つ並べた状態で四人は座っている。黒板の正面に宮間、右回りに若林、奥野、佐藤と並ぶ。もはや、夜も更けている。学校行事の日でもないのだからとっくに下校してもいい時間帯である。にもかかわらず四人はたむろしている。


 窓の外に黒い暗い世界がうつるところまでは昨日寝る前と同じで、いつもと違いがあるとしたら、今日のほうがざわついているくらいだ。控えめに言えばだが。実際はうなりをあげている。


 ――季節は五月にさしかかる。不安と期待を織り交ぜた高揚感と一緒に門をくぐってはや一か月。ときおり感じる違和感に折り合いをつける時期に来ている。


 いつの間にか空も移ろう。折々に風情を楽しむほど情緒を解しているわけではないが味覚は別だ。その違いを言語化するのは難しいが、旬の食材は直感で理解する。ただの思い込みである域はでないにせよ、だ。


 ただし、いいこと尽くめではない。季節の恵みと比べれば些細なことだが、悪いほうの風物詩というのもある。だから、台風が上陸すると聞いても慌てたりはしない。いうなれば幼少期よりの勝手知ったる仲なのだから挨拶みたいなものだ。


 玄関の扉を開けて脳裏に舞い降りてきたのは、確信といえる予感であった。視界に入るのは、壊れたおもちゃのごとく首振りをしている木々と、宙を舞う残骸である。


 突っ立ってる間にも横殴りの雨が顔にかかる。それでも、再度天気予報を確認してしまうのが人の性分ではある。警報がでているのなら仕方ない、自宅待機だとのんきに構えていた。それが、前日。画面に映るのは、変わらず黄色い注意報の印。すなわち進めだ。


 歩きはじめてすぐに肩まで雨にかかり、学校に着く頃にもなるとびしょぬれになる。そこはいい。しかし、もう授業前だというのに人が少なすぎるのは聞いていない。だが、すぐにその理由は判明する。黒板にでかでかと書いてあった。


 休校、と。


 周囲から漏れてきた話しによると、学校に向かっている途中に警報の発表があったらしい。思い返すまでもなく、傘を持ちながら雨と格闘していた。確認する余裕はなかった。


「ふふっ」


 渇いた笑いが漏れる。やり場のない気持ちをが出たのか、はたまた徒労が押し寄せてきたからか。否、悟ったのだ。こうなったら開き直るしかない、と。


 お達しには続きがある。徒歩以外の手段があれば帰宅、なければ校舎にて待機せよ、とのことだ。これからどうするべきか。少々の雨ならとんぼ返りをしただろうが、本日はおとなしくしているのが賢明だろう。天気図でみたとおりなら、今まさに頭上を台風が通過中といったところだ。


 ◆◆◆


 異変に気づいたのは、図書館を出たときだった。本を読み終え、凝り固まった体をほぐそうと散歩がてらに扉を開けた。飛び込んできた暗闇に一気に目が覚める。


「おいおい」


 若林は二、三歩進み周りを見渡す。思い違いでないことを確認し、きびすを返す。


「悪い知らせがある」


「いい知らせからで」


 宮間は冗談めかしながら心の準備をする。深刻な口調で話しはじめたなら、いやでも警戒する。


「いい方? 何だろ? 残っているのは俺らだけみたいだぞ」


「全員が?」


「――かは分からないけど、明かりはなかった」


「どうやって帰ったんだよ」


 腑に落ちないといった顔を奥野はする。本来なら明かりが消えていれば正しい。だが、今は平時ではない。各々が教室に散らばっているのだから、まばらに電気がついていないとおかしい。各家庭の諸事情があるので全員が帰宅手段があるとは考えづらいからだ。まさか、この雨の中を突っ切ったわけでもあるまい。


「教員が送ったとか?」


「まだ、残ってるんですが」


「じゃなくて、その途中とか?」


 なんのことはない。ただ順番が後になった。それだけだ。


 ――そんな会話を確かに数時間前にした。それからついぞ誰一人訪れることはなかった。疑ってなかったといえば嘘になる。時間とともに、ひょっとしたら来るかもしれないから、おそらく来ないかもしれないへと心情も変化する。だが、どうしようもないため極力考えないようにしていた。


「もう、そういうことじゃね?」


 沈黙に耐えかね若林は言う。さすがに流石に、この時間帯まで誰も来る様子がないとしたらいよいよもって、そういうことになる。


 状況から察するに教員が手分けして輸送できるくらいの人数が校舎内にいたとか、自動車ならものともしない雨足になってきただとか、生徒の住居が近隣だったとか、とにかく複数の要因が重なり校舎を後にした。決めつけるのには早すぎる気もするが、待ち続けるのは精神上よろしくないためひとまずの結論を出す。


「だよね」


 その言葉に、宮間も同意しつつ読んでいた本を閉じる。疑念を抱きつつも、学業を小一時間はした。だが、雑念が邪魔をし集中が続かない。気分転換に読書を始めたはいいが、もやもやは晴れずじまいである。


「そういうことだとしたらよ、なんか忘れてねーか?」


 奥野はその気だったら出るとこ出るぞ、と付け加える。可能性はなきにしもあらずだ。けれども、責任、露呈したときの後始末だとかを考慮すると意図的とは考えづらい。


「お腹すいた」


 誰に言うでもなく佐藤はつぶやく。いつもなら夕食を済ました頃合いだろうか。別に一食抜いたところで死にはしない。ただ、そういったいつもと違う光景に、非日常だということを実感する。


 そのとき灯りが落ちる。本日何度目かの現象だった。雷が鳴る前から時たま光量が落ちて暗くなるので、老朽化だろう。そもそも、外で鳴っている雷は遠くのほうで聞こえる。最初は驚いたが数度経験すると慣れきて、今では慌てるほどでもない。


 だから、全員が動揺しているのは別件になる。


「これか?」


 脱力した声をあげたのは奥野だ。なんぞやの正体見たりとはよく言ったもので、あっけない真相だったりする。


 一同は図書館の奥の方にいた。教員が暗くなったタイミングで見回りにくる。開閉の音は聞こえないか、もしくは開けなかった。例えば巡回の当番が学校に向かえず代理を立てるが経験者はいなかった。初めて行う業務に引継がうまくいかなかった。有事の際の手順書には性質上漏れができやすい。ところどころ強引だがありえなくもない話だった。


「とりあえず、移動しない?」


 宮間は提案する。誰も戻ってこないとは思うが、もしも引き返したときに二の轍を踏むのは避けたい。


「賛成」


「同じく」


「決まりだね」


 佐藤の返事はまだだが賛成多数で可決する。足取りは軽い。内容は別にしても、真相は明らかになったからか気分が上を向く。ということにでもしとく。


 そうして今に至る。


読んでいただきありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。



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