子供達の出会いの旅路
謎を抱いたまま、みほとエディは目的地シオミ村にたどりついた。
そこは美花区域にあるだけあり、特色として中華風の建物が並んでいたり、中華服を着た人々が歩いている。
さらに自然豊かでとても気候も良い。
「ここがシオミ村かぁ。美花区域だから当たり前だけど、チャイナな雰囲気いっぱいね!」
みほは、珍しそうに辺りをキョロキョロ見渡した。
「せやな、ミルフィーヌ」
「誰よ」
一言物申してから、みほはさらにこう付け加えた。
「ここに、あたし達の仲間がいるはずなのよね。でもマナ一族って外見フツーだから、どう見分ければいいのか……」
「わいらの場合、外見やあらへんで! 中身で見分ければええんや!」
「そうね! エディみたく変わった外人探しましょ」
「いや、わいが言うたんは人としての器や能力っちゅーコトで……」
そんなやり取りをしている二人。すると、遠くから何やら揉め事のような声が聞こえてきた。
「ん? なんやろ?」
見れば、一人の少年が複数の少年に責め立てられているようだ。
「ち……違います! 僕じゃありません!」
責め立てられている青髪の少年は、着ている水色の中華服の裾を握り、怯えながらも必死に訴えた。
「うそつけ!」
「てめぇ以外に誰がこんな事できるってんだよ!」
「ほ……本当に、僕はやってないですっ……。何も証拠だってないのに決め付けないで下さい!!」
青髪の少年が必死に伝えようとする。しかし、彼を責めている少年の一人が彼を指差し言い放った。
「うそつけ、マナ一族が! 今日は何人殺したんだよ!」
みほとエディは、衝撃のあまり言葉も出なかった。
自分の仲間が、マナ一族が、こんな言葉を投げかけられる事実。それはやはり、人間離れの能力ゆえか……。
マナ一族と思わしき少年は、肩くらいまで切り揃えた青髪を振り乱し首を左右に振り否定している。
「し……知らない……。知らない……ですっ……」
彼の頬を伝う涙を見て、みほもエディもついに黙っていられなくなった。
「おいっ、自分ら! やめんか!」
「そーよ、その子が何したってのよ?!」
「学校で、大量殺人事件が起きたらしいんだよ。警備員もやられて、犯人もまだ見つかっちゃいねぇ」
少年の一人が、村に何が起こったかを説明する。
「それは単に、変質者か何かが入っただけやろ! こないな小さい子に何が出来るんや!」
エディの言葉を、少年達は嘲笑った。
「――ハッ! お前ら、コイツの事よく知りもしないからそんな事言えるんだよ! コイツがどれだけ危険人物なのか知らないんだ!」
聞いてみほは、冷笑した。
「フン、マナ一族が危険人物ですって? とんだお笑い草ね。あーくだらない」
「なら、わいらも自分らには怪物に見えるんか? アホちゃうか。――ほな、行くで」
エディも低く言いながら、マナ一族の少年の背を自分達の方へそっと押し共に来るよう促した。
そのまま三人は、誰もいない村の外へ立ち去った。
おそらく区域の外だろう。大きな山が見え、草木が生い茂っている。
「大丈夫か? ケガあらへん?」
エディが優しい顔で少年に尋ねる。
「はい……。謝謝」
少年は、自国の言語でお礼を言った。
「あなたも、三代目のマナ一族なのね。あたし達もそうなのよ。だから、他人に思えなくてついお節介しちゃった」
「そんな、お節介だなんて……。庇ってくれて嬉しかったです」
「ねえ、あなたはマナ一族の何なの? あたしはウォークマスターなんだけど!」
みほの目が興味津々ですと語っている。
「わいは方角師やで! 自分は何なん? 学者とかか?」
「あいやぁ、ウォークマスターさんに方角師さんなんですね。僕は……。格闘家、です……」
少年は少しためらう素振りを見せたが、自分の能力を素直に紹介した。それを聞いてみほとエディは、「マジ?!」と異口同音して大いに驚いた。
こんなおとなしそうな子が、マナ一族のなかでも特に武術などに秀でた『格闘家』。信じられない。
驚愕し目を丸くする二人を見て、少年は初めて笑い顔を見せる。
「ふふ、意外って顔してますね。まあ、そりゃ僕の外見からは見当もつかないでしょうしね」
「意外すぎるわよ……」
「えへへ……。さっきは、助けて下さってありがとうございました。僕、まだマナのチカラを上手くコントロールできなくて、ああいう事があるといつも真っ先に疑いをかけられるんですよ」
「なるほどな……」
エディは、少年を哀れに感じた。
「じゃあ、あの時モンスターから助けてくれたのもあなただったのね! そっかぁ、強いはずだわ……こちらこそありがとうね!」
みほが感心したように礼を言うと、少年はホッとしたような顔つきになる。
「あなた達も、マナ一族で良かった……。僕、マナ一族の格闘家だなんて知れたら、逃げられちゃうかと思ったもの……」
彼の様子に、発した言葉に、みほとエディはズキッと胸を痛めた。この少年は、なんて重い苦しみを背負いながら生きているのだろうと。
「申し遅れました。僕はミンウです。清明宇。11歳です」
少年――ミンウが、礼儀正しく自己紹介をした。
「あたしは世渡みほ! 13歳よ。よろしくね、ミンウ?」
「エディオニール・フランソワ・ド・ラフォレ・ダンジェラードや! 長いさかいエディでええよ。17歳や! よろしゅー」
みほもエディも、笑顔で自己紹介した。
「ふふっ……。なんだか、お兄さんとお姉さんが出来たみたいで嬉しいです」
「お前はかわええやっちゃなあ。弟ができたみたいや」
はにかみ笑むミンウの頭を、エディが頬を緩めながら撫でる。
「ところで、お仲間に会えたのはラッキーなんですけど、僕は何をしたらいいんでしょうか? どうせ学校にも行きづらい身ですし家族もいませんし、わりと自由に動けるんです。僕は、マナ一族としてどうしたら?」
「あら、じゃああたしとエディと旅しようよ。あたし達、伝来ハカセって子から仲間探しの旅をするように言われてるの」
みほが嬉々として誘った。
「あいやぁ、ではそうしましょう」
「決定ね!」
イエイ、とみほとミンウはハイタッチを交わした。
「ミンウがおったら、旅がもっと楽しくなりそうやね!」
エディがウキウキと声を弾ませると、ミンウははにかみながら頬を染め照れ笑いを浮かべた。
一方その頃、コリア区域では伝来ハカセが宮殿の白い高い壁を見上げていた。凄く高い塀で、普通には忍び込めない高さだ。
「ありゃりゃ……お姫様に会いに来たのに。歩いてはムリだよねー。……こーなったら!」
伝来ハカセは軽く地を蹴り、ふわりと身軽に塀を跳び越えてみせた。
すたんと黒い屋根のような物の付いた白い正門の前に伝来ハカセが降り立つと、人間の身体能力とは思えない突然現れた侵入者に正門の左右に一人ずつ立っている門番は警戒し、伝来ハカセに刀を突き付けた。
「貴様! 何奴だっ?!」
「何の目的で侵入した!! 怪しい者め!!」
「そんな事ないよ、僕怪しくないよ」
刀を突き付けられても、伝来ハカセは慌てたり怯えたりせずあっけらかんとしている。
「ちょっとだけイ・シェムルカ姫に面会したいんだ。勝手に入ったのは悪かったけど、ねえ、ダメ? 大事な話なんだ。姫にもこの世界にも関わる重大なコトなんだ。ねえ、お願いだよおじさん」
まだ声変わりもしてない幼子とはいえ、こんな事をのたまっているようでは放っておくわけにはいかない。門番二人の顔が、より険しくなった。
「怪しくないわけがあるか、このガキめが!! 引っ捕らえて王の前につき出すぞ!!」
やばい雲行きになってきた。
正直めんどくさいなあと伝来ハカセはげんなりした。
だが、このままおとなしくしょっぴかれて殺されるわけにもいくまいし、どうしたものか。
すると、ちょうどそこに救いの神が現れた。黒髪をおかっぱにしたパジチョゴリを着た少年が、門の奥から歩いてきた。年の頃は10くらいだろうか。
少年は、門番達に偉そうな態度で命じた。
「おい、べつにヌナ(姉さん)に会うくらい良かろ?こん世界に関わるしヌナにも関わる大事な話ばしたかつってたやろ」
「し、しかし……」
門番が言葉を濁した。
「しかしも何もなか! ヌナの義理の弟であるこのクォク・テチョル様が言うてるんよ? はよこん客人ば通しんしゃい!!」
おかっぱ頭の少年――テチョルが強く言うと、門番達はしぶしぶどいた。
どうやらテチョルは、姫の義理の弟のようだ。
「ほれ、ついてきんしゃい。姫様に会わせちゃるけんね。ほれほれ、かまわんけん」
伝来ハカセはテチョルの言葉に甘えて、その後ろをトコトコと付いて歩いた。
「チョルくんはな、もともとは平民の生まれなんよ。親も家もなかったし。ばってん、ヌナ……イ・シェムルカ姫のここに連れて来てくれて、助けて下さったんよね。教えてもろうたし、いろーんな事ば。やけん、ヌナの客とあらば歓迎するし」
「ありがとうございます。心がお広いんですね、テチョル様」
「様付けも心地好いっちゃけど、あえてチョルくんでよかよ。あと、タメグチばきく権利ば与えてやってもよか。お前おもしろそうやけん」
「う……、うん、チョルくん」
宮殿の人にしてはフランクだなぁと伝来ハカセは思った。門番のあの態度が当然なのだ。
「んで、お前は? なんちゅう名前と?」
「伝来ハカセ。倭区域から訪れたんだ」
「ふーん。覚えといちゃるし」
そうこう話しているうちに、二人は姫の部屋の前へついた。
そこに何人も控えた家臣の一人が、「王女様。テチョル様とお客人でございます」と低い物腰で告げる。中から「通しなさい」と美しい声が聞こえた。
扉は家臣によって静かに開かれ、チョルくんと伝来ハカセは中へと入った。
そこには部屋の外同様何人もの家臣が控えており、王女の姿は御簾でうっすらとしか見る事が叶わない。王女は、ふかふかした綺麗な背もたれと肘掛けの付いた椅子に優雅に座っている。
チョルくんは、両手を額より上で重ね合わせスッと下ろし、立派な作法に基づいたお辞儀をした。伝来ハカセもそれを真似た。
「お掛けなさい」
王女が命じた。
「はい、ヌナ」
「はい、姫様」
チョルくんと伝来ハカセは、ふかふかとした座布団に腰を下ろした。
女官達が、三人に小さなちゃぶ台のような物とその上にお茶やお菓子を運んで来た。
「あなたはお珍しい方ですわね。父や母ではなく、まずわたくしに面会とは。あなたはどういう身分の人なのですか?」
王女が淑やかに質問した。
「倭区域で『マナ』の研究をしている者です」
「そう……研究者ですのね」
一拍おいて、王女は付け足した。
「あなたは、わたくしや世界に関係深いお話があるとおっしゃったそうですわね。それは一体、どのような事か申して下さい」
「わかりました……その前に、人払いをお願いします。大きな声では言えない事ですゆえ」
「なんやってっ?!」
チョルくんが怒鳴った。
「いくらヌナの心の広かお方とはいえ、王族との面会にそげんこと許されるわけなかやろうが!! 烏滸がましかよっ!!」
「では……チョルくんはこちらへいるままでも良いのなら。人払いしますわ」
「ヌナ?!」
王女は静かに、室内の家臣達を下がらせた。これは異例の事だ。チョルくんは、驚きを隠せずにはいられなかった。
「なんば考えとうとですか?! ヌナ!!」
「チョルくん、わたくしもその方に話したい事があるのよ。とても大きな事ですわ」
王女は、御簾越しでうっすらとしか見えない小さな客人、伝来ハカセを見据えた。
「わたくしは、夢を見たのです。今日この日の夢を。マナ一族の……三代目『巫女』として、旅立つ夢を。地位を捨てる夢を……伝来ハカセ」
名乗ってもいないのに、この客人の名を王女は当てて見せた。チョルくんが目を見開いた。
「やはり、その事を……。僕が話すまでもないですね。さすがです」
伝来ハカセが微笑む。
「な……納得できるわけなかっ!!」
チョルくんがあせったような声を出した。まるで、何かを恐れているかのように。
「人間でなくなってしまったのは、致し方ありませんわ。わたくしも、あなたと離れたくはありませんのよ。お忍びで町へ出た時あなたを見付けてこちらへ連れてきて……いろいろな事を教育して。旅立って、仲間と出会っても忘れませんわ」
王女は、切なそうに俯いた。
「僕も、身勝手な話だってのは承知の上だけど……わかって、チョルくん」
「わかるわけなかよ。ヌナは、王女だし。国民皆の希望だし。チョルくんの希望だし……。……王様や王妃様にも、お知らせして来るし」
再度お辞儀をし、チョルくんは静かに退室した。しかしその数分後、王と王妃、チョルくん、家臣達が部屋に駆け付けてきた。なんという情報伝達の早さ。
さすがの伝来ハカセも、これには驚き身を強張らせた。
「シェムルカよ、考え直せ!」
赤い服を着た王が叫んだ。
「そなたは王女ぞ! ここへおれ!」
王妃も強い口調で説得しようとしている。
「皆嫌がってます! 姫様!」
次いでチョルくんが。
それから立て続けに、家臣達も王女に大声で申し出た。
お考え直し下さい、どうか宮中におとどまりを、義務でございます、お国をお捨てになられるのですか。
そんな声を、王女はたったの一言で静めさせた。
「もはや人ですらなくなってしまった者が、国主であってよろしいとおっしゃるの?」
王女の威厳に、その場がシーンと静寂に包まれた。
「……何とぞ、お許し下さいませ」
王女は、座ったまま深々とお辞儀した。
これ以上、誰も言葉を発する者はいなかった。
こうして三代目巫女イ・シェムルカは旅立ちを果たした。
それから数日が過ぎた頃、みほとエディとミンウの三人は美花区域のはずれをひたすらに歩いていた。
建物ひとつなくどこまでも続く野道は、まるで果てしない長き世界のように思える。
「知りませんでした……区域から一歩外に出たら、こんなに広いだなんて……」
ミンウは少々バテたようだ。
「あたしも、旅に出る前は知らなかったよ? まあ、エディが道案内してくれるから迷わないだけいいけどね~」
疲れ知らずのみほは、ケラケラ笑って答える。
「方角師って、どないな方角もわかるさかい地図いらずなんよね。というか、わいが地図になっとるような……わはは~」
エディはおかしそうに言った。
「ところで僕達、まだ具体的にどこに行くか決めてませんけど、これからどこに向かいましょう?」
ミンウが非常に今さらな質問をした。
「うーんそうね……コリア区域にでも行く?」
みほがそう提案した時だった。
『コリア区域に行く必要はありませんわ』
どこからか、品の良さそうな少女の声が三人の耳に入ってきたのは。
不思議だ。この場には、みほとエディとミンウ以外、誰もいないはずなのに。三人は思わず、キョロキョロ辺りを見る。
「み……みほさんっ、何か言いました?」
「せっ、せや! ムリしてありませんわなんて使う必要はないで!」
「なんにも言ってないわよ、あたしは! てかエディ、意味わかんないんだけど!」
そんなほぼケンカのようなやり取りをしていると、周囲が天からサアアッと輝いた。
すると同時に、ふわりとそこからおかっぱ頭にリボンを二つした、赤いチマチョゴリの可愛らしい小柄な少女が舞い降りて来た。
彼女のそのあまりの神秘的さに、三人は目を奪われた。
「はじめまして、三代目マナ一族達よ。わたくしは、三代目『巫女』のイ・シェムルカと申します」
三代目巫女を名乗る少女は、美しく微笑んだ。
「あなたがたの事は、予知夢で視ておりましたわ。世渡みほさんと、エディオニール・フランソワ・ド・ラフォレ・ダンジェラードさんと、清明宇さんですわね。お見知り置きを」
「へぇー! よろしくねイちゃん!」
みほがそう呼んだ瞬間。
「てめぇ……人を内臓にちゃん付けしてるみたいに呼んでんじゃねえよ」
これまで上品だった彼女の顔付きがガラリと豹変した。声に至っては、ドスまできいている。
まったくの別人が、一瞬にして現れた。
……と思いきや、彼女はコロッと笑顔に戻る。
「できれば、イルカと呼んで下さる? ウフッ、あだ名ってなんだか可愛いじゃないの?」
「は、はい。イルカ……」
みほは思わず敬語になった。
「あの、イルカは何歳なんですか?」
「14歳ですわ。べつに敬語でなくてもよろしくてよ、みほさん」
エディは彼女の腹黒さに、とてつもないやばさを感じた。
そしてきょとんと一連を見守っているミンウ以外、悟った。
そう、彼女は、イルカは――。
「超二重人格ですねぇ」
いや、笑顔で悪気なく言ってのけたあたり、ミンウも感じ取っているのやも知れない。なんという天然ボーイだと、みほとエディは彼の死を覚悟した。イルカの綺麗な顔に陰がかかる。
「てめえ……。いい加減……」
掌には、魔力が。
「ちょっとはそのニヤケ面やめんか――っ! 『気功玉』!!」
巨大な魔力の塊がミンウに迫る。
だがミンウも、慌てず片手を握り前に出し同じ技を放った。
「『気功玉』ッ!!」
二つの魔力はぶつかり合い、相殺される。初めて見るマナ一族の魔術に、みほもエディもまばたきすら忘れ立ち尽くすしか出来ずにいた。
「まあ、やるのね、ミンウさん。あのような魔力を放てる格闘家なんてマナ一族初めてよ」
発散し気がすんだのか、イルカはまたもとのはたから見ればおしとやかな笑顔だった。実に迷惑である。
「そ、そうなのですか……?」
「ええ、そうよ。本来、最も魔術を得意とするのは巫女のはずですもの。あなた、素晴らしいわ」
(ちゅーコトはこの子、ミンウをぶっ飛ばす気まんまんであの魔術放ったんかいな……)
エディは心で呟いた。
魔力がぶつかり合った影響から倒れ、折れた木々を尻目に。
「せ、性格はともかくっ! 初対面のあたしらを知ってて後を追って来れるくらいだから、イルカはきっと凄くチカラのある巫女なのね。マナ一族についても詳しそうだし!」
「せやな、セ・マニフィック!」
エディも、母語で感動を表した。素晴らしいと言ったのだ。……方言まじりだが。
「カムサハムニダ」
イルカは母語で礼を述べる。
「あなた達も、磨けば絶対に光りますわよ。わたくしも是非、旅に加えてね」
「ええ、もちろん!」
みほは嬉しさからニコッとした。
「よろしくお願いしますね、イルカさん」
「ええ調子や! 順調に仲間と会えてくやないか!」
「残りのもう一人とも、順調に会えますわよ。――ほら」
イルカが空を指したので皆そこを見上げると、ひらひらと封筒に入った手紙が降ってきた。真っ白い封筒で、宛て先には『三代目の皆へ』、送り主の名は『伝来ハカセ』と記してある。
「ハ……ハカセから手紙? どーゆー送り方してんのよ……」
封筒をキャッチし中を開けながら、みほがいぶかしんだ。
便箋には、こう書いてあった。
『インディ区域から三代目学者を見付けたよ! 僕の研究所に連れてきたからこっちに来てね!』
「し……信じられない!」
みほは心から驚いた。まるで伝来ハカセがこちらを見ていたかのようなタイミングだとか、不思議な手紙の送り方をしてきただとか、彼が三代目『学者』を見付けていただとか、驚く事が多すぎる。
「こりゃ大変やわ! すぐに向かわな!」
「……凄い……。イルカさんの言うとおりになりました」
「だから言いましたでしょ? 順調に会えますって」
不思議そうに見詰めるミンウに、イルカはひとつだけウインクして見せた。
早く新たな仲間に会いたいという想いから、四人は十日とかけずに倭区域の伝来ハカセの研究所へついた。
相変わらずここは、『マナ』や『マナ一族』に関しての本でいっぱいだ。ほとんどどの部屋もそうだ。
四人が訪ねると、伝来ハカセは非常に喜んで出迎えた。
「ハカセ~。お邪魔するわよー」
「やあ、来たね! みほ! もう待ち兼ねたよ!」
伝来ハカセは嬉しそうに両腕を広げた。
「ボンジュール、ハカセ。ひっさしぶりやなぁ~」
「ボンジュール、エディ! ミンウ君にイルカさんも、こんにちは!」
「ニーハオ。伝来ハカセ」
「アンニョンハシムニカ」
ニコニコと笑顔を振り撒くミンウの隣で、挨拶をしながらイルカは感じた。初対面であるはずのミンウを知っている事、自分の教えてもいないあだ名を呼んだ事、そしてあの手紙。多くが謎だ。
「……みほ、初対面ではないのですけれど、失礼ながら伝来ハカセは何者かご存知?」
「さあ。あたしもよくわからないの。ただ、昔からここに一人暮らしでマナ一族の研究をしてるってコトくらいしか……。そのわりには大きくならないし。うーん」
なんというか不思議な子よね、とみほは小首を傾げた。
「なあハカセ、はよ学者を紹介してや。その為にわいらを呼んだんやろ?」
エディが伝来ハカセを急かす。
「うん、そうだね! 今呼ぶよ。コルちゃーんっ!」
伝来ハカセが後方のドアに向かい叫ぶと、ドアが開き小さな女の子が控えめに歩いてきた。
褐色の肌に丈の短いオレンジ色のサリーと黄色いサンダルが特徴的で、長い黒髪を後ろでお団子に纏めている。
「ハカセ、この子が?」
みほが尋ねた。
「うん、三代目『学者』のコルちゃんだよ! 旅の蛇使いさんだったんだけどね、僕インディ区域からここに招いたんだ」
「はじめまして、皆さん。コルバ・ダズです。8歳です」
コルバ――コルちゃんは、ぺこりと少々人見知り気味にはにかみつつお辞儀した。
「わー、可愛い! あたしウォークマスターのみほよ、よろしくね!」
「はじめまして、コルちゃん! わいは方角師のエディや」
「巫女のイルカですわ」
「格闘家のミンウです。よろしくね、コルちゃん」
各々が自己紹介を終えると、伝来ハカセは満足そうにウンウン頷いた。
「うんよし、ようやく三代目のマナ一族の五つの能力者が揃ったよ! きっと、天上界も安心してるだろなぁ!」
「天上界ってなんなの?」
みほが質問した。
「うんとね、この世界の均衡を保つ『マナ』を司る人達の住んでる所! 先代のマナ一族なんかもそこに住んでるね」
「先代の……?」
エディが呟いた。
「そっ。言うなれば、君達のご先祖様だね! とは言っても血の繋がりはなくて、ほら、美花区域とかはご先祖様を大切にする文化があるでしょ? だから僕らも、それにあやかって先代のマナ一族をそう呼んでるわけで。マナ一族は千年ごとに新たに創り出されるんだけど、君達は三千年目にこの地上に創り出された『三代目の子孫』なんだ。――あっ! 今さ今さ、二代目が君達に会いに行こうと天上界を降りたみたい」
「二代目の、あたし達のご先祖様が……」
「たった今、僕達を探してる……」
みほとミンウが呟く。
「なっ……なんでそれがハカセにわかるん?」
疑問に思い、エディが問う。
「んー? なんでだろうねぇ」
しかし、伝来ハカセはとぼけるばかりだ。
「君達はまだ、三代目マナ一族としての旅を続けててくれるかな。これから君達のやるべきコトは、天上界の人々が導いてくれると思うから……」
――無事に、二代目マナ一族に会えるといいね?
――あとは、彼らに教えてもらって!
――僕も必ず後で力になるから。
――信じてるからね、皆のチカラを!
伝来ハカセはそう言って旅に出したが、エディはどうもスッキリしない気持ちだった。
「どうしたのよ? エディ。よそ見してないで行くわよ?」
「あ、すまんすまん」
エディは研究所の方を見ていたが、みほに注意され前に向き直る。
「まったく、しっかりして頂きたいものですわね。わたくし達の地図代わりなのですから」
「おおいっ、イルカ!! べつに道案内はかまへんが、もうちょい言い方があるやろ!!」
「イルカさんたら……」
コルちゃんが苦笑いを浮かべた。
その隣では、ミンウが楽しそうにクスクス笑っている。
エディは皆と騒ぎながら、心のモヤを振り切った。
そうだ、自分は何を懐疑していたのだろう。伝来ハカセが何者かだなんて。
自分達と同じ、天上界の関係者なのではないか。
『人』ではないのかなんて。
ある種の、自分達以上の能力の持ち主ではないのかなんて――……。
彼はどう見てもマナ一族でも何でもない普通の子供じゃないか。そう、自分に言い聞かせて。